« 2011年08月 | メイン | 2011年11月 »

2011年09月14日

滑らなかった話と滑った話 タイサイエンスショー2

2日目も科学実験ショーを午前午後1回ずつ行った。
マイクの調子は、例によって不調が続くが、もともと私は、日本語しか話していないので、通訳の方のマイクが作動していれば基本的に問題なく、あまり神経質にならずに進めることにした。心もち身振り手振りを派手目にして。

子供たちの反応が非常に良く、実験ショー進めるうちに徐々に気分が乗ってきた。講師と言っても、私自身が楽しんでいなければ子どもたちも楽しめない。
いくら顔の表情が笑っていても子供たちは敏感である。言葉が通じなくても、万国共通。そういう雰囲気は通じてしまうのだ。
これは、雑誌の記事の原稿や実験キットの開発も同じで、自分が思いっきり楽しんで作ったものでないと子どもたちにそっぽを向かれてしまうのだ。乱暴なことを言ってしまえば、大人向けの記事や商品はある程度テクニックでカバーできるが、子どもはそうは行かない。30数年ものづくりをしてきて幾度か痛い目を見て学んだことである。
そういった意味で今日のショーは、合格点だったと思う。
110914event.jpg

翌日は、科学フェアの会場へ行く前に一仕事。私立の小中高一貫教育校で実験ショーを行った。
女子校である。女子校に入るのは国内国外合わせて4度目である。いつもの緊張感に加えて独特の緊張感が加わり、自分でも顔がこわばっているのが分かる。
この学校では、月に1度、科学の研究の成果を発表する日があり、その特別ゲストとしてお招きいただいた。 

校内に入ると1000名を越す女学生の朝礼中。
しっかりと統制の取れた、見ていて気持ちのいい朝礼だ。
校内の清掃も行き届いているし、教育の高さをうかがい知ることができる。
ここで空気が一気に張り詰めた。理事長先生のお出ましである。正装された理事長先生と思しき方々が入ってこられた。

最初はペットボトルロケットの発射実験で、スタートを切るようだ。
すでにロケットには水と高圧空気がセット済みである。
理事長先生が発射装置に近づいていく。
どうやら、自ら開始の合図となる発射レバーを操作するらしい。
「発射!」の合図とともに集会場の端から端へ張られたケーブルに沿ってロケットが発射された。
成功!
ただ、噴射口から吹き出した水が想定外に飛び散り、理事長先生の服にかなりかかってしまった。
あわてて周りにいた先生方がふき取ろうしたが、理事長先生は問題ありませんといったしぐさをしている。顔の表情も怒ったようすは無く、かえって微笑を浮かべているようだ。

110914gakko01.jpg

何事もなかったように私たちの紹介が始まった。いよいよである。
それにしても、理事長先生が怒らなくてよかった。
もし、怒っていたら、さらに別の緊張が加わって、緊張の三乗(緊張×緊張×緊張)で始めなければならなかっただろう。

110914gakko02.jpg

最悪の状況が避けられたので、かえってリラックスして始めることができ、いつもどおり自ら実験を楽しむことができた。調子に乗って、理事長先生にジャンボ空気砲の弾も当ててしまった。恐らく理事長先生も始めての経験をされたのだと思う。科学の面白さを分かってもらうには、体験してもらうのが一番。「百聞は実験にしかず」である。

110914gakko03.jpg

会場は、かなりの盛り上がりをみせ、好評のうちに(自己評価)終了した。
控え室に向かう途中、セグウェイのような乗り物を運んでいる人たちに遭遇した。
その乗り物に熱い視線を送っていると、よほど物欲しげな顔をしていたのか、いろいろと説明を始めてくれた。どうやらセグウェイと同等の性能を持ったものを開発したらしい。この技術を持っているのは世界でタイと韓国、それにもう1国(聞き漏らした)の3カ国しかないそうである。
そして、ついに乗ってみませんかと進めてくれたのだ。
早くそういってくれないかな〜とうずうずしていたのだ。
操作の説明を聞くと早速飛び乗り、試運転を始めた。
以前、セグウェイには乗ったことがあって自信満々で操縦を始め、初めてにしては割と上手に運転できた。
少しこの乗り物の癖を体験してからスピードを上げるべきだったのだが、自分の出番が終わった安堵感も加わり、ついつい調子に乗った操縦をしてしまった。
好事魔多し。見事にすってんころりん。
歩くだけで社屋の床が揺れるといわれる巨体が、勢い良く校庭に打ち付けられてしまった。
ただ、うまく受け身の体勢になったのか、体のどこも痛めることがなった。
そのため、性懲りもなく再挑戦。
110914segway.jpg
写真は、落車後の試乗の様子である。
少し髪も白衣も乱れているのがその名残りである。
落車の写真を自分への戒めのために載せようと思ったが、残念ながら撮影されていなかった。
ただ本人は、写真がなくても十分反省をした。
人生、いくつになっても勉強である。タイ出張で学んだことの一つである。