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2012年04月18日

桜と後輩

今年の桜の開花は例年より遅れたが、待ちわびた分、数段きれいに咲き誇っているような気がした。
冷静にみればそれほど例年と変わらないのだろうが、人は気分次第で違う見方をしてしまうものだ。
昨年は、3.11の直後で花見は自粛されたとことが多かったが、
今年はその反動かどこへ行っても花見客であふれかえっているように思えた。

私の思い出の中にも、成長の節目節目に桜の花とともに思い出す記憶がある。
桜の花の盛りは、関東ではちょうど入学式のころ。
中でも1969年、高校入学時の正門から続く桜並木の見事さは、43年経った今でも深く心に刻まれている。
そして、その年の夏にアポロ11号が月に降り立った。
人類初の快挙だった。
2年生の時、大阪万博が開催され、「月の石」が目玉展示物だった。
このとき私は残念ながら、月の石を見ることができなかった。
しかし30年後、仕事で訪れたケネディー宇宙センターであこがれの石と対面した。
しかも触ることができ、嬉しさと興奮のあまり指先が震えていたのを覚えている。

人生計画通りには全く行かない。
行き当たりばったりというか想定外のことの連続だ。

先日、桜並木の美しい高校の同窓会から、後輩にあたる新1年生に向けての講演依頼を受け、「科学ほど楽しいことはない」と題して話をしてきた。
まさか自分が卒業して40年後、後輩に向けて話をすることになるなんて想定外も想定外。
夢にも思っていなかった。
講演は、50分の予定だったが、後輩となると力が入ってしまい少々オーバーしてしまった。
(まあ、毎度長くなることはあっても短く終わった試しはないが)
200余名の後輩たちは、1泊2日のオリエンテーション合宿で英語や数学のテストなどびっしり組まれた予定をこなし、疲労困憊状態。
その最後が私の講演だったので、生徒からすれば1分でも1秒でも早く終わってほしいと思っていたに違いない。
大先輩としては、そのあたりを酌んで少し早めに終えようと思っていたが…。
でも後輩だからこそ、科学のすばらしさをより強く伝えたかったのだ!
ごめんね、後輩諸君…。
事ほど左様に世の中想定外の連続なんだ。
だから、人生おもしろいんだよ。ふっふっふ。

2012年01月18日

書き初めは健康から

遅くなりましたが、新年あけましておめでとうございます。
皆様方は、良い新年を迎えられましたか?

私は毎年恒例の正月行事を家族で済ませて、例年通り家でゆっくり過し、平穏のうちに仕事モードにチェンジし始めた1月4日。
明日から、いよいよ仕事始め。普段の生活に戻すため、ウォーキングに出かけようとしたとき、「キュルルル」。突然お腹の調子がおかしくなった。
少し様子を見ようとコタツに入ったが、どんどん具合が悪くなる。何度もトイレに駆け込む。吐き気もする。胃の辺りが絞り上げられるように痛む。これはただ事ではない。
仕事柄、何度かインドやタイなどアジアの国に行き、運悪く食中毒やそれに近い症状を幾度か体験が、これはそれらと同等もしくはそれ以上の未体験ゾーンに突入したかもという予感が…。

予感は的中。その日から三日三晩苦しむことになってしまった。
血液検査の結果、CRP値が異常に高く、腸に菌が入って炎症を起こしたらしい。
数種の薬を飲んだがなかなかよくならず、多少の風邪では減退しない食欲もまったくない。
水分もほとんど体を通り抜けて、脱水症状の影響なのか体温は35.4度。平熱より1度以上下がってしまった。

こんな状況になると、人間、いきなり反省モードに入る。
暴飲暴食はやめよう。早寝早起き、毎朝欠かさずウォーキングをしよう。持病の薬は、毎日必ず飲もう。
次々と反省を思いつく。いかに普段、身体に対して裏切り行為を行っているかということだ。日ごろの不摂生が原因だとは、お医者さんは言っていないが、自分自身が一番わかっている。

本当に調子が悪いと、お医者さんの言うことをよく聞く。薬も服用時間や用法用量を守るし、飲食物にも気をつけた。
その甲斐あってか7日には何とか調子が戻ったが、大事をとって無理をせず体を休めることにした。9日は、板橋教育科学館での毎年恒例の「お正月実験ショー」が予定されており、子どもたちが多く集まるのだから完全に治しておかないと…。
 
そして9日。調子も体重もすっかり元通りになり、科学館へ向かった。
実験テーマは、「科学で書初め」である。
ヨウ素デンプン反応や塩水の電気分解、静電気など身近な科学現象を使っての書初めである。今回は化学反応を利用した実験が多いため、下準備に時間がかかる。普段なら少し面倒に感じることも、今回は健康になった喜びとともに準備した。
物事は何でも気の持ちようである。

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「お正月実験ショー」は、大勢の親子が参加してくれて、準備した実験もことごとく成功。しかも、子どもたちはただ不思議な現象を見るなく、「なぜ、どうして」といった科学的な疑問を持ってくれ、質問や意見が活発に飛んだ。
日本の将来もこれなら明るい!と思わせてくれた、手ごたえのある実験ショーとなった。

実験ショーの後に行われた「ベーゴマ大会」でも、子どもたちの明るい未来を予見させるでき事があった。
大会は、大人も子どもも同じ土俵で戦う年齢制限なしのトーナメント方式。
最初の対戦は、1m90cm近くの大男と1mちょっとの年長さん。
明らかに大男の圧勝と思われるが、実際には年長さんの勝ち。
身体は小さいがコマの扱い方やベーゴマのまき方は、まさに名人芸。ベーゴマを覚えて何十年も経つような手つきである。
やはり、鉄は熱いうちに打てである。
最近の若手プロゴルファーも、始めてクラブを握ったのは2歳とか3歳という人が増えいると聞く。
子どもの吸収力には、いろいろな場面で本当に驚かされる。

その年長さんが自分のミスから3試合目で負けてしまった。
負けが決まり席に戻るや、母親の胸で大泣き。相当悔しかったらしい。
コンピューターゲームは、すぐリセットしてやり直せるが、リアル世界ではそうは行かない。
人間は、いろいろ挫折を味わって成長する。
昔の子どものように実生活での体験があまりできなくなった現代では、この子はいい経験をしたと思う。
ほかにも2人の子供が試合に負けて泣いた。
悔し泣きの姿を見て、「この国はまだまだ大丈夫」と思った。

今年も板橋教育科学館では、夏イベントや発明展など多くの催しが予定されている。
折に触れ、普段経験できない刺激を子供たちに与えていけたらと思っている。
それが子どもたちの明るい未来につながると信じて。
そして体調管理のため、生活習慣も改めて…。
 

2011年12月22日

大分県知事が来社

先日、大分県の広瀬知事が正月番組の収録のため学研に来られた。
大分放送の正月特別番組で1月2日(7時~)に放送される1時間の対談番組である。

広瀬知事の対談の相手は、私!?
2ヶ月前くらいに出演依頼の連絡を受けたとき、正直人違いだと思った。
TVで有名なサイエンスプロデューサーのY先生とか?
それともうちの社長かもしれない…
他にもいろいろな方の名前が頭に浮かぶ。
お受けして、打ち合わせ等で進めていくうち人違いだと判明したら、先方に申し訳ないし、こちらも身の置き所がない。
聞きづらいことだが、確認してもらうことにした。
すると、
「子供の科学教育のことや科学のふろくの開発、大人の科学についていろいろお聞きしたい」
とのこと。
ここまで内容が絞り込まれれば、ほぼ私に間違いないだろう。
私には荷が重いと思ったが、依頼された仕事はなるべくお断りしないことをモットーにしてやってきたので、今回もお引き受けすることにした。
しかし、この「お受けしましょう」の一言が、私が「気が重い」と言っているだけではすまない事態を招くこととなった。
知事が来社されて、しかも正月特別番組1時間の収録をするということは、私の想像をはるかに超えた大変なことだったのだ。
広報室や秘書室、防災センターなど関係する部署と、警備体制や収録場所のセッティングから、飾るお花やお出しするお茶の準備まで、大から小までさまざまなハードルを越えていかなければならなかった。

関係各部署、担当者のご協力をいただき、また当日もその場その場の対応が要求されたが、概ねスムーズに進行することができた。
広瀬知事も非常に気さくな方で、いろいろとお気遣いいただいた。
おかげで、必要以上に緊張することもなく収録に臨めた。
事前に知事のプロフィールを拝見していて、すごい経歴の人だと身構えていたのだが、良い意味で拍子抜けだった。
「実るほど頭を垂れる稲穂かな」とはまさにこういう方のことをいうのだなと思った。
滞りなく収録を終えられた達成感と、広い視野と深い思慮を持つ方と言葉を交わすことができた充足感で満たされた。

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やはり自分のところに飛び込んできた仕事は断ってはいけない。
断っていたらこんな充実感は味わえなかっただろう。

2011年12月13日

科学のツリー

クリスマスが近づいて街がイルミネーションで彩られると、子どものときのように胸がワクワクする。
残念なことに、我が家では子どもも大きくなり、クリスマスツリーもここ数年は出番がない。
ツリーに飾り付けをするときが、ワクワク度MAXだったのだが…。

ところが、思ってもみなかった嬉しい話が飛び込んできた。
我が社のロビーにクリスマスツリーを飾ることになったのだ。
それも社長の発案で、今の社会情勢を配慮してできるだけ電飾を押さえた
地球に優しいエコツリーとし、しかも「科学の学研」らしい科学の楽しさの詰まったツリーを…
ということになったのだ。
そして、それが科学創造研究所に託されたのだ。こんな嬉しいことはない。
クリスマスツリーの飾り付けに加われるばかりか、科学的な仕掛けも思う存分盛り込めるのだから。

ただ、厳しい条件が1つ。飾り付けまでに与えられた時間は10日ほど。
しかも「実験のアイテム数は10個は欲しいですね♪」という無邪気な担当者の要望が加わった。
これらをクリアーするためには、1日1個のペースで制作しなければならない。
なので手放しで喜んでばかりはいられない。すぐにアイデアを練り始めた。
自分の好きな分野の仕事というものは、脳も全面的に協力をしてくれるもので、
大まかな方向性はすぐに決まった。
手回し発電機を10個ツリーの周りに配置して、それを回すと仕掛けが作動するというものだ。
煙突を登ったり降りたりするサンタ、空中を飛び回るトナカイとサンタ、
電車も走り回ったら楽しそうだ。アイデアは次から次に出てくる。
実験だけでいいのであれば、私でもできるが、せっかくのクリスマスツリーなので、
「科学のタマゴ」「大人の科学」で数多くの試作を手がけてくれた
デザイナーの黒沢さん(会社の先輩でもあるし、中学校の先輩でもある)にお願いすると、
二つ返事で了解してくれた。こんな無茶な話を・・・感謝、感謝。

翌日、打ち合わせに現れた黒沢さんも自分なりのアイデア持ってきてくれた。
私のアイデアも織り交ぜながら打ち合わせていくと、二人の脳がフル回転し、
あっという間に10アイテムが固まった!
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      黒沢さんと。

予定通りに作品が完成し、先日、クリスマスツリーの点灯式を
宮原社長と「学研こども園」の皆さんと行うことができた。
正直、5~6歳のお子さんではちょっとむずかしいかなと一抹の不安があったが、
予想以上に子供たちの反応がよくほっとした。
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出来上がった作品は次の9つ。(1つは、作品が重過ぎて飾ることができなかった…)

○空中をくるくる サンタさんとトナカイ
 モーターが回ってツリーのてっぺんに取り付けた
 モビール状のサンタさんとトナカイがくるくる回転。
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○煙突の中で大忙し ふわふわサンタ
 ブロワーを作動させ空気の力でサンタさんを
 煙突の先端まで持ち上げる。吹き矢の原理を利用。
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○音と光で盛り上げろ 電子ブロックミニ登場
 発売したばかりの「大人の科学マガジン・電子ブロックミニ」も発電機で作動。
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○にぎやかサンタさん
 サンタさんにセットされた光ファイバーからいろいろな色が放たれる。
 手に持ったろうそくを揺らすのが可愛い。
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○音と光で鮮やかに クリスマスカード×2種
 クリスマスカードに仕掛けたLEDが光り、音楽も流れる。
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○走れ!ブルートレイン
 12V仕様の模型機関車が走る。スピード調節も発電機で思いのまま。
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○くるくるミニセロス
 セットしたブロワーから風が吹き出ると、
 その風が「大人の科学マガジン・ミニセロス」の風車に当たり動き出す。
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○浮かぶ文字「X’mas」
 「大人の科学マガジン・ジャパニーノ」で空中にX’masの文字を描く。
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みなさんも一回、学研本社へ見にいらっしゃいませんか?
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2011年11月21日

相対性理論の考察と未来の家族

先日、あらためて「時間」とは何かを考えてみる機会があった。
だが、今まで分かっているつもりだった時間だが、つきつめてみると実は奥が深くよく分からなくなってきた。

そもそも「時間」とは、いつからあるのだろう。
宇宙が誕生する前は、何もない無の世界だったといわれているので、ビッグバン直後に空間やエネルギーとともに時間も生まれたということになるらしい。
では、宇宙が誕生してから137億年のあいだ、時間は常に等しく進んできたのだろうか。実は、そうでもないらしい。

アインシュタインが1905年に発表した特殊相対性理論によると、速く動いている人の時間は、止まっている人の時間よりもゆっくり流れている。
もしも、光に限りなく近いスピードで宇宙を進むロケットに乗ったとすると、ロケットの中の1年は地球上では何十年も経過してしまっていることになるというのだ。
この理論は、私たちの普段の生活とかけ離れているようだが、実は多くの人が体験している。
たとえば、時速300kmの新幹線で博多まで行ったとすると、博多で暮らしている人とは違う未来へタイムトラベルしたことになる。
つまり特殊相対性理論により新幹線で移動している間は僅かであるが時間がゆっくり進むからだ。
そうは言っても、10億分の1秒の未来世界なので実感することは全くできないのだが…。
当然、飛行機に乗って移動したときは、新幹線のときより少し先の未来へ行くことになる。

私は、仕事柄飛行機や新幹線をよく利用する。
移動の間は、座って本を読むか、うたた寝をするかのどちらかだ。だから体力はそれほど使わない。
それなのに僅か数時間の移動の割には、なんともいえない疲労感に襲われるので不思議に思っていた。
でも、次回からは、未来へのタイムトラベルをしたための疲労ということにしよう。
そう思うことで気持ちがワクワクして疲れが吹き飛ぶような気がするからだ。
特に家路につくときは効果てきめんのはずだ。
未来の家族に会えるのだから。

2011年11月10日

秋岡芳夫展

 心待ちにしていた「秋岡芳夫展」。
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秋岡さんの名前は、創刊当時の「科学の付録」のデザインで大変お世話になった方としてよく知っていた。
当初は個人的な立場で企画に参画してくれたが、しばらくして秋岡さんが仲間と作った、戦後日本の工業デザインの草分け的な事務所「KAK」にお願いしていた。
残念なことに、私が「1年のかがく」の編集長として付録の企画に携わったときには、秋岡さんはKAKを去られていたため、仕事をご一緒する機会には恵まれなかった。
ただ、その後も仕事関係の人から度々秋岡さんの話は聞いていたし、その頃観たNHKの番組で「科学の付録」を手に持って熱っぽく語られている姿は強く印象に残っている。
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目黒区美術館の方が今回の展示企画の相談に来られたのは、1年ほど前のことだった。
集めた資料を基に、熱心に話される様子は非常に好感が持てた。
説明を聞くうちに自分の中の秋岡像がどんどん膨らみ、
「何と多才な人なんだろう。仕事をこれほどまでに楽しんだ人は、そういないだろう」
と感じた。秋岡さんに直にお話を聞いてみたいと心底思った。
ただ、14年前に他界されているので、お会いすることは叶わない。
作品を通して、または使った道具を通して、少しでも秋岡芳夫という人を肌で感じられればと、当社に保管していた秋岡さんデザインの付録や資料などをお貸しすることにした。
館に入ってすぐ目に飛び込んできたのは、晩年取り組んだ、「スーパー竹とんぼ」の作品群だ。
生涯制作した竹とんぼは、5000種類を越える。
その中から今回千数百もの作品が展示してある。
それらはウイスキーのビンに無造作に刺されている。
しかし、そのビンには秘密があった。
秋岡さんはお酒をこよなく愛し、しかも理科の実験器具に似たビンも大好きだったのだ。
だからこのビンは、秋岡さんが竹とんぼを作りながら飲み干したウイスキーのビンなのである。
この展示を見ただけでも、少し秋岡さんの人となりに近づけたような気がする。
また、仕事部屋も再現されている。愛用の机も道具も本物だ。
一気に秋岡ワールドへ入り込む展示構成になっている。

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2階へ行くと、「科学の付録」をはじめラジオ、カメラ、バイク、ジューサーなどの工業デザインを始め、童話の挿絵、ワークブックの装丁、紙工作など、その多彩な才能が垣間見える展示物が並んでいる。
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商品としては世に出なかったが、学研の学習机の企画もある。
子どもの心や身体の発達段階を克明に研究し、子どもが活き活きと使いやすい学習机を考案している。
それは現在でも色あせることのない斬新かつ機能美溢れるデザインである。
単なる仕事ではなく、自身が楽しんで作ったことが伝わってくる。

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秋岡さんを表して
「子供のための大人であり、大人のための子供でもある」
と展示パネルにあったが、まさに言い得て妙である。
そして
「楽しくなければ仕事ではない。楽しい仕事でなければしない」
とした仕事へ取り組む姿勢は、うらやましくもあり、少しだけ自分にもオーバーラップする部分を感じた。
この展覧会は、ものづくりの素晴らしさと厳しさを再認識させてもらえた。
会期はほぼ2ヶ月あるので、しばらくしたらまた秋岡ワールドへ行ってみようと思う。
ただし、元気がみなぎって絶好調のときか、
落ち込んでどうしようもないときのどちらかにしようと思う。
そのほうが、次へのステップに弾みがつきそうだから。

2011年09月14日

滑らなかった話と滑った話 タイサイエンスショー2

2日目も科学実験ショーを午前午後1回ずつ行った。
マイクの調子は、例によって不調が続くが、もともと私は、日本語しか話していないので、通訳の方のマイクが作動していれば基本的に問題なく、あまり神経質にならずに進めることにした。心もち身振り手振りを派手目にして。

子供たちの反応が非常に良く、実験ショー進めるうちに徐々に気分が乗ってきた。講師と言っても、私自身が楽しんでいなければ子どもたちも楽しめない。
いくら顔の表情が笑っていても子供たちは敏感である。言葉が通じなくても、万国共通。そういう雰囲気は通じてしまうのだ。
これは、雑誌の記事の原稿や実験キットの開発も同じで、自分が思いっきり楽しんで作ったものでないと子どもたちにそっぽを向かれてしまうのだ。乱暴なことを言ってしまえば、大人向けの記事や商品はある程度テクニックでカバーできるが、子どもはそうは行かない。30数年ものづくりをしてきて幾度か痛い目を見て学んだことである。
そういった意味で今日のショーは、合格点だったと思う。
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翌日は、科学フェアの会場へ行く前に一仕事。私立の小中高一貫教育校で実験ショーを行った。
女子校である。女子校に入るのは国内国外合わせて4度目である。いつもの緊張感に加えて独特の緊張感が加わり、自分でも顔がこわばっているのが分かる。
この学校では、月に1度、科学の研究の成果を発表する日があり、その特別ゲストとしてお招きいただいた。 

校内に入ると1000名を越す女学生の朝礼中。
しっかりと統制の取れた、見ていて気持ちのいい朝礼だ。
校内の清掃も行き届いているし、教育の高さをうかがい知ることができる。
ここで空気が一気に張り詰めた。理事長先生のお出ましである。正装された理事長先生と思しき方々が入ってこられた。

最初はペットボトルロケットの発射実験で、スタートを切るようだ。
すでにロケットには水と高圧空気がセット済みである。
理事長先生が発射装置に近づいていく。
どうやら、自ら開始の合図となる発射レバーを操作するらしい。
「発射!」の合図とともに集会場の端から端へ張られたケーブルに沿ってロケットが発射された。
成功!
ただ、噴射口から吹き出した水が想定外に飛び散り、理事長先生の服にかなりかかってしまった。
あわてて周りにいた先生方がふき取ろうしたが、理事長先生は問題ありませんといったしぐさをしている。顔の表情も怒ったようすは無く、かえって微笑を浮かべているようだ。

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何事もなかったように私たちの紹介が始まった。いよいよである。
それにしても、理事長先生が怒らなくてよかった。
もし、怒っていたら、さらに別の緊張が加わって、緊張の三乗(緊張×緊張×緊張)で始めなければならなかっただろう。

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最悪の状況が避けられたので、かえってリラックスして始めることができ、いつもどおり自ら実験を楽しむことができた。調子に乗って、理事長先生にジャンボ空気砲の弾も当ててしまった。恐らく理事長先生も始めての経験をされたのだと思う。科学の面白さを分かってもらうには、体験してもらうのが一番。「百聞は実験にしかず」である。

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会場は、かなりの盛り上がりをみせ、好評のうちに(自己評価)終了した。
控え室に向かう途中、セグウェイのような乗り物を運んでいる人たちに遭遇した。
その乗り物に熱い視線を送っていると、よほど物欲しげな顔をしていたのか、いろいろと説明を始めてくれた。どうやらセグウェイと同等の性能を持ったものを開発したらしい。この技術を持っているのは世界でタイと韓国、それにもう1国(聞き漏らした)の3カ国しかないそうである。
そして、ついに乗ってみませんかと進めてくれたのだ。
早くそういってくれないかな〜とうずうずしていたのだ。
操作の説明を聞くと早速飛び乗り、試運転を始めた。
以前、セグウェイには乗ったことがあって自信満々で操縦を始め、初めてにしては割と上手に運転できた。
少しこの乗り物の癖を体験してからスピードを上げるべきだったのだが、自分の出番が終わった安堵感も加わり、ついつい調子に乗った操縦をしてしまった。
好事魔多し。見事にすってんころりん。
歩くだけで社屋の床が揺れるといわれる巨体が、勢い良く校庭に打ち付けられてしまった。
ただ、うまく受け身の体勢になったのか、体のどこも痛めることがなった。
そのため、性懲りもなく再挑戦。
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写真は、落車後の試乗の様子である。
少し髪も白衣も乱れているのがその名残りである。
落車の写真を自分への戒めのために載せようと思ったが、残念ながら撮影されていなかった。
ただ本人は、写真がなくても十分反省をした。
人生、いくつになっても勉強である。タイ出張で学んだことの一つである。

2011年08月25日

タイでアインシュタインに遭遇!? タイサイエンスショー1

昨年に引き続き、タイ王国で開催された「サイエンス・フェスティバル」に行ってきた。
昨秋タイ国IPST(教育省科学技術教育振興研究所)の視察団が弊社を訪問され、ぜひ来年の「サイエンス・フェスティバル」でタイの子供たちに科学の面白さや不思議さを紹介してほしいとの依頼があったからだ。

会場に近づくと子どもたちを乗せたバスの大渋滞に巻き込まれた。
ほとんどのバスが2階建てで、2クラス分は十分乗れそうだ。
そのバスが会場に向かって何十台も群れを成している。
このイベントは、多い日は入場者数が10万人を超えるそうだが、この状況を見ていると今日の入場者数も相当な数に達するに違いない。

会場に入り早速実験ショーの準備を始めた。
準備は順調に進みそろそろリハーサルかなと構えていたが、何時までたってもお呼びがかからない。マイクの調子やカメラのテストも気になって仕方がない。
そうこうしているうちに私たちの前の講演が始まってしまい、結局、何のテストもしないまま本番に突入。
緊張するのはいつものことだが、今回は何か不吉な予感がして極度の緊張に襲われた。
MCが私を紹介し始めた。タイ語なのでさっぱり分からないが、自分の名前が入っているので間違いないだろう。
通訳の方の合図で登壇し見回すと、参加者はざっと見て600人から700人くらい。
用意されたエリアから人があふれ、立ち見の子どもや大人もかなりいる。

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挨拶から始めた(昨年覚えたタイ語の挨拶が極度の緊張で出てこないため、日本語で挨拶)が、不安が的中。マイクの音が全く入ってないのだ。
通訳の方のフォローで進行はできるが、日本語で内容が分からないとはいっても口パクではサマにならない。スタッフがあわててハンドマイクを持ってきてくれたが、実験をしながらのハンドマイクというのは非常に不便である。
しばらくしてスタッフが別のヘッドセットを持ってきた。私の背後に回ると、器用にも話しているまま私の頭から故障したマイクを外し、すばやく代替マイクをセットしてくれた。これでやっと…とホッとしたのも束の間、すぐに作動しなくなってしまった。
今度は慣れたものですぐに交換してくれた。さすがに三度目の正直で今度は機能してくれたが、始める前にリハーサルをして機材のテストをやれば、こんな単純なトラブルは起きなかったのに。

こんな感じでドタバタでショーの始まりとなったが、進めるうちに子どもたちの反応も良く達成感を感じつつショーを終えることができた。
次は別の会場での実験ショーだが、そちらでは午前中にいくつかの講演があったので、マイク問題ないはずだと思いテストもせずに本番に臨んだが、蓋を開けてみるとやはりマイクトラブル発生。
ここもあふれんばかりの子どもたちが参加してくれている。動揺を察知されないようにと実験に集中。不思議と実験を始めると落ち着きを取り戻せるものである。すべてのプログラムを終え子どもたちの顔を見渡すと、いい表情をしていたので安心した。

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その後、少し時間があったので会場を見て回ることにした。環境関連のものや自然災害、デジタル技術を駆使した宇宙の展示などなかなかの充実振りである。
ワクワクしながら歩いていると、あるブースでとてもなじみのある方が立っているのを発見!
アインシュタイン博士である。
こんなところでお会いできるとは…!
もちろん蝋人形だが、いろいろな媒体で拝見してきたアインシュタイン博士にそっくりなのだ。
記念にツーショット写真を1枚。

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アインシュタイン博士との遭遇で、途端にウキウキ。
今日起きたトラブルはすべて吹き飛んでしまった。
上機嫌でホテルへ向かう電車を下りると、空がSF映画さながら、この世の終焉の様相を呈している。明日は、一体どんな日になるのだろうか…。


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2011年07月14日

火事場のくそ力?

 「子供のときにこんなキットがあったら、人生変わっていただろうな」
これは、自分でも想定外のアイデアが出たときに思わず口をついで出てしまうフレーズである。
ただこれは、相当な傑作(自分で言うのもなんだが)でない限りなかなか発することはできない。
今までに数多くの科学雑誌のふろくや実験キットを創り出してきたが、記憶に残っているものを整理してみると、自分を上手く追い込めたときにいい作品が出来上がったようだ。
ただ、自分で自分を追い込むのはなかなか大変。だから、自分が主体となって開発を進めたものより、他人に依頼されて開発したもののほうが、良い作品になる確率が高いようだ。

科学創造研究所には、さまざまな依頼が飛び込んでくる。
先日もある科学コンテストの「会場で盛り上がる問題作り」を依頼され、所員と一緒に問題作りに励んだ。
なかなか納得できず、締め切りぎりぎりに搾り出していると…つまり自分たちを追い込みだすと、普通では思いつかない想定外のアイデアが生まれたのである。

今、海外の玩具メーカーと共同で新商品開発に取り組んでいるのだが、諸事情により自分をかなり追い込む状況に陥り、産みの苦しみをさんざん味わった後、とうとう冒頭のフレーズが出てきた。
ただ、これは自分の評価であって、まだ商品になったわけではない。ここで作品をお見せして評価をいただきたいところだが、契約上それもかなわない。
来年の今頃、実はこの玩具だったのですと、ここで紹介できるような機会が来ればいいのだが・・・。

想定外のアイデアは、TV局の企画でも同じようなことが言える。度重なる打ち合わせの中で、「ひょっとするとこんなことできるかもしれない。」と後先考えずに言ってしまうことがある。
一応、原理とか今までの経験を踏まえて言っているのだが、半分以上は上手くいかないだろうなと思っている。でもできたらおもしろいだろうなぁと思うので、ワクワクが抑え切れなくなって言ってしまうのだ。
たいがいTVディレクターはそういう企画に飛びついてきて、すっぽんのように離さない。
言いだしっぺが自分だから、仕方がないのだが、それから実現に向けての果てしない予備実験が始まる。
不思議なのは、予備実験初っぱなは上手くいってしまうのである。
そして、TVカメラの前で確実に行える実験にまとめ上げるのに想像以上の苦労をすることになる。
そのような苦労の末にできたのが、「飛び出せ!科学くん」で昨夏に放送した「液体窒素ロケット」や、今年の正月に放送された「鏡餅に録音する実験」などである。

こうして書いていたら見えてきた。結局、火付け役は自分!?

2011年06月01日

エジソンと自動車と節電と…

日本のベンチャー企業が開発している電気自動車のニュースをTVで見た。
1回の充電で300km以上走行可能だそうだ。普通に使う上では、申し分のない走行距離である。
気になる販売価格は150万円台を目指すとのこと。発売予定の2013年が待ち遠しい。

電気自動車の要は、何と言ってもバッテリーの性能だ。実は、発明王エジソンも100年以上前にアルカリ蓄電池を使った電気自動車を開発している。だが、ガソリンエンジンの性能にはかなわず、実用化にはいたらなかった。
ただ、この開発をめぐって、エジソンとヘンリー・フォードの出会いがあり、以後親交を深めることになるのだから人と人との出会いとは不思議なものだ。
それに、このとき開発したアルカリ蓄電池は、今使われているアルカリ乾電池と基本的には同じものだ。つまり、エジソンは時代を先取りしていたことになる。さすが、天才発明家だ。

私が電気自動車のニュースに興味を持ったのは、バッテリーの能力に着目したから。つまり、もしも自宅に電気自動車があったら、福島原発事故に端を発した計画停電や今夏、政府が打ち出した15%の節電に十分対応できると思ったからだ。
300kmも走行できるということは、1500W/hくらいの電力が家庭電源として転用できることになる。自動車として使わないときは、電力使用の少ない夜間に充電して、昼間は家庭電源として使うのである。
工場が、平日に比べ電力使用量が少ない土日に稼動して、平日休むのと同じで、個人レベルでも十分節電に貢献できる。

しかし、現実的には冒頭の電気自動車は、まだ入手不可能なわけで、15%節電は、知恵を使ってクリアーしなければならない。
TVなどでも、いろいろ紹介しているが、要は、いかに電気を使わない(消費しない)ようにするかである。
エアコンと扇風機を併用したり、窓に赤外線をカットするフィルムを貼ったり塗料を塗ったり、昔ながらのすだれやよしずも想像以上の効果があるようだ。驚いたのは、電化製品の待機電力だけでもかなりの消費になることや冷蔵庫を壁から数センチ離すだけで15%程度(冷蔵庫自体の消費電力)の節電になってしまうということ。だから、ちょっとした気遣いで15%節電が達成できてしまいそうなのだ。

逆に言うと、普段いかに電気の無駄遣いをしていたかが分かる。
人との出会いで人生が変わったり、いろいろなことが学べたりするが、今回の電力不足といった環境(状況)の変化でも、普段の反省すべき行いに気づくことができる。
災い転じて福となす、を実体験中の今日この頃である。

2011年04月08日

アイドル? インド出張顛末記 最終回

やっと、小学校に到着。
ここでも、子どもたちの大歓迎が待っていた。
美しい花のレイを首にかけられ、迎えてくれた子どもたちが、次々に花束を差し出してくれる。
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生徒代表の賢そうな子が敬意を払っているのか、私の足をなめるまねをする。
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しきたりを知らない私は、ただひきつった笑顔を振りまくしかなかった。
後で聞くと、そのような時は頭をなでてあげなくてはいけないらしい。
実は、自然に頭をなでたい衝動に駆られたのだが、以前タイに行ったとき、子どもの頭は絶対になでてはいけないと注意されたのを思い出してやめたのだった。
また、せっかくレイをかけてもらったのだからとずっとつけていたら、そのレイもすぐに取って謙虚さを表さなければならないとのこと。レイをつけっぱなしだとたいした人物ではないと判断されてしまうのだそうだ。国が違えば風習や常識は違う。そのようなことは事前に把握しておきべきことだったと反省した。

それにしても、こんなに歓待されるとは夢にも思っていなかった。想定外である。
その上、歓迎式典は、これからが本番だった。地元紙に載った写真を見て欲しい。
完全に目が泳いでいる私がいる。
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式典終了後、いよいよ400人の子どもたちの前で実験ショーを始める。
通訳のパンディアさんとの息も合ってきたのか、子どもたちの反応もすこぶるいい。
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講演終了後、達成感を味わいながら貴賓席に座ると、人生初の体験が待っていた。
子どもたちからのサイン攻めにあったのだ。同行していた学研エデュケーショナルの船見さん曰く「キムタクよりすごかったですよ。」(爆笑)
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確かにはじめは、次々に出されるサイン帳に悪い気はしなかったが、終わる気配が全くない。
ここに来る車の中で、ドアハンドルを握りしめたため握力は使い果たしている。
「誰か止めてくれー。」と心で叫んだ瞬間、先生が止めに入ってくれた。
ホッとしていると、それは見るに見かねて止めてくれたのではなく、次の仕事が待っていたのだ。
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フィリピンやタイもそうだったが、講演のあとは写真撮影が恒例となっている。次から次へと何枚撮ったか分からないが、先生が終わったら生徒、生徒が終わったら関係者、そしてまた生徒、先生。
果てしなく思えた撮影会も無事終了。しかし今日は、ここで終わりではない。

次の会場へ行くと200名の子供たちが整然と並んで待っている。
準備もそこそこに予定の30分をフルに使って実験を披露した。子どもたちの喜ぶ姿を見ると疲れも吹き飛んでしまう。
そしてまた次の学校へ。そこでも子どもたちからレイや花束の歓迎を受け、科学実験ルームのオープニングセレモニーにも参加した。私のテープカットで、今日から子どもたちがここで科学実験を楽しむのだ。
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次に会場に入ると、子どもたちの歓迎の歌や踊りが始まった。練習を重ねたのだろう、素晴らしいパフォーマンスだった。
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今度は、私の番だ。今日は、アイドルタレントのように夜中の2時半に起きてから分刻みのスケジュールで、疲れはピークに達していたが、精一杯科学実験を披露した。
空気砲はインドでもかなり盛り上がる。
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いよいよ最後の実験。例によって、コップに録音する「エジソン式コップ蓄音機」の実験だ。こちらでも、この実験は、非常に盛り上がり、最後の締めにもってこいの実験だ。
子どもと一緒に吹きこんで、いざクライマックス。再生をしようとしたとき、プツンと停電。やはり、何かが起こる国インド。
広い会場なので、再生音を拡声するための音響機器が使えないと、折角の再生音が全員に届かない。
しかし、ここで終わるわけには行かない。全員に静かにしてもらったら、聞こえるかもしれないと伝え、再生を試みる。何とか聞こえたようで、あちこちから拍手が上がった。

今日の予定は、これで終了。明日のハイデラバードでの講演が最後となる。
空港まで車で送ってもらう道すがら、来たときほど急いでいないからか、ハードな運転に慣れたのか、講演が終わった安堵感からなのか、街をゆっくり眺める余裕ができた。窓から見る人々は、活気にあふれ、来るべき明るい未来を追い求めているように見えた。自分が子ども時代をすごした昭和30年代とダブり、タイムスリップをしたような感慨を覚えた。
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ところで、ダイエット。かなりハードなスケジュールだったし、食事回数も少なかったにも関わらず、体重が増えて帰ってきた…。食べ物が美味しく栄養価が高かったためなのか、ここで頑張らねば!と思ったときの私の体内吸収率の良さのためか、実に不可解だ。

何かが起きる不思議の国インドだった。

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このインド講演のために作った「携帯空気砲」は、
サインをして進呈してきた。

2011年04月01日

手配中 インド出張顛末記 その3

インド講演2日目の会場は、プネー。
ムンバイから170km南へ車での移動だ。
10時開演なので、準備を含めその1時間以上前の到着を目指す。夜中の3時半起床、4時45分出発。

講演は2回目と言うこともあり、準備もスムーズに行え、実験装置の損傷もなく平穏無事な講演となった。
講演自体は何事もなく終えたのだが、帰りの高速で山火事に遭遇した。
高速道路のすぐ脇がボウボウ燃えているのだ。かなり広範囲で野球場2面分はあったであろうか。だが、運転手はそれを気にする様子はなく、止まって消火活動をするとか、連絡を取るわけでもない。他の車も全くその気配がない。火事が発生してから、かなりたっていると思うがそれに対応する様子が全然ないのだ。
以前、取材したカナダのパークレンジャーの言葉を思い出した。
「私は、たとえ子ジカが怪我をして倒れていても助けないし、山火事を発見してもそれが人に被害を及ぼす恐れがない限り消すことはしない。」と。
正直ビックリした。でも、その判断が自然の摂理を守る最善の策だと悟ったのを覚えている。
インドの山火事もそうなのかもしれない。
何しろ広い。見渡す限り原野で、人が住んでいる気配がない。
お国柄もあるだろうが、自然の摂理に従っているのだろうと妙に納得した。

3日目は、ヴィシャカバトナムへ飛行機での移動。
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例によって、朝は早い。夜中の2時半に起床。5時15分発の飛行機に乗って3時間の空の旅。
空港に着くなり、恐縮するくらいのお出迎え。
小学校の理事長を筆頭に4・5人の方が丁寧に迎えてくれたかと思うと、手荷物をすばやく受け取り車に積み込んでくれた。ものすごくすばやい。おそらく、同じ飛行機の乗客の中で一番早く空港を出たのではないだろうか。
そのとき、インド初日に感じた、何かが起きそうな予感がした…。

その予感は、見事に的中。
まず、アクション映画さながらのカーチェイスが始まった。そんなに先を急がなくてもと思うのだが、車で埋め尽くされているのに、1台でも先に行こうとクラクションをブーブー鳴らしながら、隣の車に数ミリ単位にまで接近してすり抜けていくのである。
私はドアハンドルを力の限り握り締める。100メートル進む間に「危ない!ぶつかる。」と心の中で3回は叫んだと思う。
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しばらく進むと、変なところに車を止めた。
運転手が指差す先を見ると、巨大な看板があった。
しかも、そこに写っていたのは、なじみのある私の顔。隣の看板(世界のホンダ)より大きい。
恥ずかしいような、嬉しいような妙な気分である。
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再び車に乗って、先を急いだ。街に入ると、さらに驚く光景が待っていた。
中央分離帯に並ぶ私の顔………
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少しオーバーに言うと、街中に私の看板が設置されているのだ。
こうなるともう、逃亡犯の指名手配状態である。
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最終回へ続く…

2011年03月04日

ヒマラヤ並みの…  インド出張顛末記 その2

インドに入って2日目。
今日は、インド講演の初日。
しかも、今回の出張の成否を占うといっても過言ではない重要な講演だ。

午前9時開始予定のため、移動や準備時間を考慮してホテルを6時半出発する。
国内出張の際も、必ず朝風呂に入る習慣なのでインドでもそれに習う。ハッキリ目を覚ますことと、大勢の人とお会いするので心身ともにスッキリして臨むため、そして、しつこい寝癖を直すため。正直言うと、最後の理由がメインなのだが・・・。
ホテルの朝食は、7時からなので食べられず、日本から持ってきた非常食袋から栄養食品(腹持ちの良いクッキーのようなもの)を食べて空腹を紛らわす。ダイエットのために朝食を抜くことも考えたが、逆効果という説があるのを思い出し即却下。
それに、「腹が減っては、戦はできぬ。」である。

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緊張して道中あれこれ思い巡らしていたせいか、思いの外早くホテルに着いた。
7つ星の一流ホテルである。
われわれが泊まっているホテルもセキュリティーは厳重だったが、さらに厳しいチェックが行われる。
トランクやボンネットの中を開け、火薬探知犬による検査を行ったり、鏡を使って自動車の床下を検査したり、非常に念入りだ。聞くところによると、数年前にテロがあったホテルとのこと。
これから行う講演の緊張に、さらに別の緊張が加った。
日本ではなかなか味あわない極度の緊張状態で、講演の準備に入る。

当然、実験のチェックも念入りになる。
特に冒頭に行う実験は、参加者を自分のペースに巻き込むための大切な実験である。
この出来次第で今回の講演の成否が決まると言ってもよいほど重要である。

冒頭で行う2つの実験の一つは、圧縮空気でエンジンを回してヘリコプターを飛ばす実験。
やるからには、最高の飛び方を見せたい。
天井までの高さや部屋の広さを検討し、参加者の頭上を旋回して戻ってきたところをキャッチするという、最高難度の業を練習し始めた。
しかしなかなか思うように行かず、繰り返し実験するうち、6回目か7回目にヘリコプターが変な落ち方をした。
あわてて駆け寄ると何と!エンジンが真っ2つ。
前日の嫌な予感が見事に的中。それも今までになったことがない無残な壊れ具合。
昨夜のスモークマシンに続きこれもインドの地でお釈迦となり、仕方なく補欠機の登場となった。

講演はほぼ予定の時刻に始まった。「予定の時間通りに電車が運行されたり、会議が始まったりするのは日本ぐらいで、多くの国では多少の時間のずれは当たり前。特にインドには“インド時間”というのがあって、開始が多少遅れることを覚悟してくださいね。」と事前に言われていたので覚悟していたのだが、異例の定刻開始。これもインド特有の予想外の出来事か。

開始の挨拶が終わり、いよいよ私の講演の番だ。
不安な気持ちを顔には出さないようにして壇上に上がる。

冒頭のヘリ実験。
補欠機は、頑張って会場を飛んでくれたが、私の手元まで戻ってくるほどのパワーはなかった。
そして、後5回の講演を補欠機で乗り切らなければならないと思うと…。
想定外のことが起きるインドで補欠機が最後まで無事に任務を全うできるのだろうか?
不安はヒマラヤの峰を越えた…。

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ほぼ順調に講演は進み、最後の実験は私の最も好きな実験である、
音を捕まえる蓄音機の実験。
この頃になると、参加者の表情を一人ひとり読み取るような余裕が出てくる。
蓄音機から再生された声に、会場は拍手に包まれた。講演は、初回としてはまずまずの出来のようだ。
さらに終了後、握手攻め写真撮影攻め質問攻めに会い、この講演は成功したのだと確信した。

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海外では、通訳を介すのでまどろっこしい感は否めないのだが、基本的には科学実験を体感してもらう講演である。通訳のパンディアさんの話術も絶妙らしく(私にはよくわからないが…)、時々笑いを誘いながら会場をまとめてくれた。講演が進むうちに、会場が一体となっていく空気が感じ取れ、科学は世界の共通語だと肌で感じた。
まさに「百聞は実験にしかず」である。

まだまだ続く、インドの旅…

2011年02月16日

インド出張顛末記 その1

1月31日から2月7日まで、インドへ行ってきた。海外に出ると、お腹を壊すことが多く、またインド国内での移動距離もトータルで3000km近くになるため、様々なケースを想定した薬や、万が一の非常食などを旅行鞄に詰め込んで。心配した食あたりは、避けることができたが、小さなトラブルや事件が目白押しで記憶に残る出張となった。

今回の出張の目的は、学研教室の科学実験教室をインドで展開するにあたり、私立学校の関係者の方に、「科学実験教室」のカリキュラムの素晴らしさを体感してもらうことだった。
実質4日間でインド国内4都市6会場をまわるという、インドの国土の広さを考えるとかなりの強行スケジュール。また、実験を見ていただく方たちが、理事長や校長といった、仕事上、採決権を持つ方たちが多く、かなりの緊張を覚悟して行った。

昼過ぎにホテルに到着後、間もなく最初の打ち合わせが始まった。
インドの方たちは、基本的に真面目である。
しかも、1日目の会場は、初日にも関わらず、今回の出張の中でもっとも重要で、この事業の成否を決めるかなりの影響力持った方たちが大勢集まるという。
必然的に細部にわたって事細かに打ち合わせが進む。
全部で14種類の実験があり、実験のポイントや通訳する上での注意点などを1つ1つ確認するのは大変である。

私がもっとも気がかりだったのは、100V仕様のスモークマシンが220Vの電源で作動してくれるかである。
もちろん、トランスは現地調達。そのトランスの性能が1番の不安材料であった。
打ち合わせの冒頭で、そのことを真っ先に確認したい旨現地スタッフに伝えると、すぐにホテルと交渉し、おしゃれなテラスを実験場所に確保してくれた。
一安心したものの、1時間経ち、2時間経ち、3時間経っても一向に確認作業に入れない。
やっと確認実験を始められるようになったときには、夜の帳もとっぷり下りて、テラスは宵に集うお客様で一杯である。ここで、スモークマシンを作動させたら、きっとパニックになってしまう。
実験場所を変更して欲しいと再度交渉してもらうが、状況的にはかなり難しい。
現地語や英語や訳のわからない言語が飛び交い、入れ替わり立ち替わり色々な人がやってくる。
新しい人が出現するたびに、ホテル側の人はなんとなく偉そうになっているのがわかる。
通訳してくれた人は「大丈夫、何とかなるよ。」と言うが、交渉はかなり難航しているようだ。
1時間も経過した頃、やっと許可が下り、場所も庭園の奥のプールサイドを貸してもらえることになった。

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スモークマシンの準備も整い、現地調達のトランスも届いた。
不安を誘うかなり小ぶりのトランス。
しかしこの件に関しては、日本から最重要事項として、再三確認をしているはずである。
「大丈夫、新型の高性能トランスに違いない。最近のパソコンのトランス(アダプター)もどんどん小さくなっているし…」
頭の中で、都合のいい神頼み的なフレーズが浮かぶ。
不安を振り払うかのように勢い良くスイッチオン!電源のLEDランプが点灯し、やった!と思った瞬間、プスッ…という情けない音を残して電源が落ちた。どうやら、ヒューズが飛んだようだ。
ホテルの設備係にヒューズをもらい、無謀にも再度スイッチを入れた。ブシューッ。今度は、先ほどより派手な音と共に火花が飛んだ!
スモークマシンが煙を出さずに火を噴いたのである。絶望的な現象である。
スモークマシン1号機は、インドの地でお釈迦になった。

異国の地では何が起きるかわからない。
現地で対応できないものは、予備の道具を持っていくという鉄則のもと、スモークマシンももう1台予備がある。
しかし、もう1台と言っても最後の1台でもある。失敗は許されない。
現地で用意してくれたトランスは、分解してみるとICを使ったものだった。電気製品によっては何の問題もないのだが、スモークマシンには不適であった。
やはりコイルを使ったものがどんな製品にも対応できるので、それを手に入れるようにお願いしたが、時刻は夜の9時を回っている。今から、町に出て探すのは無理である。藁にもすがる思いで、ホテルの設備係に頼んでみた。
待つこと半時間。直方体の重そうなトランスが運ばれてきた。自分で持って重さを確認すると、2kg近くはありそうだ。この重さは、間違いなくコイルを使った重さである。
マイケル・ファラデーが最初に実験したコイルの実験装置を頭に浮かべながら、今度は神ではなく、ファラデーさん頼みでスイッチを押した。
今度は、何の問題もなく白い煙がプールサイドに広がった。
やった〜。日本語やらインド語やら英語やらいろいろな言語が混じった歓声が上がった。
やはり、電気の父・ファラデーは偉大である。

インド出張の1日目が、これである。
明日から始まる6カ所の実験講演。
不安でめまいがしたのは言うまでもない。
     ・・・つづく(と思う)

2011年01月27日

世界初?

「多くの人に科学の面白さや不思議さを伝える」ということを目標に、学研科学創造研究所を立ち上げてから5年が経過しようとしている。
実験装置の開発や実験メニューの考案、各種実験ショーや実験教室の開催、大人向けの講演や講習会など、様々な機会を与えてもらった 。
そしてこの頃はTV番組からも、時々出演依頼を受けるようになり、科学の普及には良い機会だと思って受けている。

当然のことだが、打ち合わせに来られるディレクターは、面白い番組にしようと思っている。視聴者にインパクトを与える実験にしたい、オリジナル性も追求し他局でやったようなことはしたくない、と意気込んで来られる。
しかし、話していて一番感じるのは、何よりディレクター氏自身が楽しみたいのだな、ということである。
必然的に全く新しい実験にチャレンジすることが多い。企画段階では一般常識を大きく逸脱していたり、開いた口がふさがらない実験を「できますか?」と聞かれて絶句することもしばしばだが。

1月8日に放送されたTBS「飛び出せ!科学くん」では、世界初の実験に挑戦した。鏡餅に人の声を記録するという実験だ。
番組を観ていない人のために工程を説明すると・・・
 1.大人の科学「プレミアム蓄音機」を鏡餅で録音再生できるように改造。元々は薄いプラスチック盤に録音するように作られているので、厚くて重い鏡餅を乗せて回せるようにしたのである。
 2.蓄音機のラッパから大きな声で歌うと、ピックアップの振動板が揺れ、振動板についている針も震える。鏡餅にこのピックアップの針を載せてターンテーブルを回すと、レコードの溝のように音の溝が傷となってつく。
 3.録音を終えた溝に針を落として回転させると、溝の波によって針が振動する。すると、振動板も揺れて音(歌)が再生されるのである。
本番では中川翔子さんが実験を担当。「メリーさんの羊(エジソンが録音実験のとき唄った歌)」を力一杯歌ってくれた。結果は見事成功!鏡餅のレコード盤から中川さんの声が再生された。
セットの影では、毎日ずっと餅屋さんに通って、様々な条件の鏡餅を作ってもらっては運び、予備実験に立ち会ったディレクター君とアシスタントディレクターさんが涙目で小さくガッツポーズ。
試行錯誤で蓄音機を改造し、何度も何度も実験を重ねた私もホッとし、膝から力が抜けるような感じだった。

蓄音機での録音実験は、私の好きな実験の1つである。
普通のプラスチック板に録音再生しても、多くの人が驚く実験だ。
それが、鏡餅だからさらに不思議さが倍増したのではないかと思う。
収録では、ガレッジセールのゴリさんから
「鏡餅を使っての録音実験なんて誰もやらないし、そもそも思いつかないですよね。だから、本当に世界初の実験ですね。」
と言われた。
いろいろなものに録音してきた私でも、ディレクター君と打ち合わせをしなかったら、考えもしなかった実験である。

TVの企画では、今まで思いもよらない実験や、普通に行ってきた実験でも新しい切り口で行うなど、いろいろな実験にチャレンジすることができる。だから、TV番組の出演依頼は、できるだけ断らないようにしている。そんなこんなで、結構楽しいからだ…(笑)。

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2010年11月18日

風の郷

「1年のかがく」の編集者だった頃…今から30年ほど前。
「風が吹けば美味しい焼き芋の出来上がり」
という記事を作った。風力発電機を作った町の発明おじさんを取材して構成したページだ。
その日はちょうどいい風が吹いて、最良の実験日和だった。プロペラが勢いよく回転し、発電した電気が電線を伝わって焼き芋装置に送られる。焼き芋装置といっても植木鉢にニクロム線をセットした分かりやすい装置だ。芋を入れて数十分経った頃、ふたを開けるとホッカホカの芋が現れた。

先日、六ヶ所村に出張した際、30年前に取材した発電機の数十倍も大きな風力発電機を見た。
それも、林のように沢山の発電機が丘の上に立っているのだ。
後で聞くと、この村は国内最大の風力発電導入量を誇り、77機もの発電機が林立しているそうだ。

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せっかくなので、風力発電機を近くで見ようと、すぐそばまで車で行ってみた。
まず驚いたのは…、車から降りられない。あまりの風の強さにクルマのドアが開かないのである。
風と戦って外に出ると、そこは風洞実験装置の中のよう。
風神が私のすぐそばで風を吹き付けているかのような強さだ。
ここまでくると風と言うより、暴力的な空気の流れ。
体重が0.1t近くある私でも飛ばされそうなのである。
ニュースの台風中継で飛ばされそうになっているレポーターを見るが、あの気持ちがよくわかった。
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風力発電機の大きなプロペラは、その暴風と言っても良いほどの風を受けて、気持ち良さそうに勢いよく回っている。六カ所村ではこの風力発電と太陽光発電で、安定した電力供給を目指しているそうだ。とりあえず、焼き芋なら何千個も焼けることだろう。

驚きはまだ続く。その風力発電機が林立する場所に、ゴルフ場があるのである。その上、暴風の中、コースに出ている人がいる。どのように「風を読んだら」プレーが成立するのかわからない。

風力発電は、風がなければ何にもならない。おそらく、いろいろなところを調査して、この場所が年間を通して安定した風力が得られる場所だったのだろう。
納得である。

2010年09月21日

微笑みの国  …後編

さてさて、タイ出張の報告後編です。

ホテルでも不思議な体験をすることができました。まず驚いたのはベッドの大きさ。縦の長さよりも幅のほうがはるかに長いのです。小学生2人の4人家族なら、4人一緒にゆったり寝られるくらいの広さです。
真ん中で堂々と寝てもいいのですが、どうも落ち着かず、端っこに寝ることにしました。はじめは、これで落ち着いた感じがしたのですが、時間が経つにつれ、また落ち着かなくなってきます。
仕方が無いので少し斜めに寝ることにしました。意味が無いような行動ですが、これでなんとなく落ち着いて寝ることができたのです。

ホテルの部屋には、まだまだ不思議があって、奥にドアがあるので隣の部屋にいけるのかと開けてみると、そこはただの壁。ふさがっているのです。
クローゼット備え付けのハンガー掛けの位置が異様に高くて、日本人では背の高いほうの私(約179cm)でも背伸びをしないと上着がかけられないのです。
また、部屋には立派な額が飾ってあるのに絵が入っていなかったり、バスタブが日本と同じくらいの水深がありそうなのに浅かったり(上げ底になってるので出るときに床で滑りそうになった)するのです。
それぞれ、深い訳がありそうなのですが、言葉が通じないので聞くことができません。
ちなみに、このホテルは現地の人にとっては、一生に一度で良いから泊まってみたいという、あこがれのホテルなのだそうです。でも、宿泊料は日本のビジネスホテル並みです。これも驚きのひとつでした。
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日本に帰ってからもタイ関連の驚きが待っていました。
日本が得意とする技能オリンピックで、タイの青年が金型部門で優勝をしたという番組をテレビで放送していたのです。帰国して間が無かったこともあり、興味を持って観ました。
番組では、今やタイは優秀な工業製品の生産国で、日本でも限られた人しかできない難しい技術を習得している人も珍しくないと説明していました。もちろん、優秀な日本人技術者の指導によるのですが…。
一番ショッキングだったのは、日本資本のタイ工場で生産が間に合わなくなり、逆に日本の工場に発注し、上がってきた製品をタイ工場の検査員がチェックするシーンで言った一言です。「タイで作ったほうが、もっと仕上げのいいものができたのに」この言葉が忘れられません。
高度な生産技術が日本独自のものとして誇れなくなったとき、日本は何で世界をリードしていけばいいのでしょう。
資源が無い日本は、新しいものを作り出す開発力に磨きをかけるしかない、というのが日本国民共通の認識です。
しかし、理科離れが進み、大学の理工系志願者が激減している状況で、果たしてそれができるのでしょうか。
科学技術立国日本を唱えるだけでなく、今こそ政府に、われわれが進むべき正しい道への旗振りをして欲しいものですが…。
最優先すべき課題を行わない国日本。日本こそ驚くべき最も不思議な国なのかもしれません。

2010年09月15日

微笑みの国  …前編

今年は、長い人生の中でもそうそう体験できない記録的な猛暑が続く夏でした。
しかし残念だったのは、各地で最高気温の更新が続く、最も暑い日本の夏が体験できなかったことです。なぜなら8月14日から1週間ほど、タイ(バンコク)出張だったからです。
タイは、日本と比べものにならないくらい暑いと覚悟して訪れたのですが、今年の日本の異常な暑さを経験していたので、意外と過ごしやすい(滞在中は32℃でした)気候で、ちょっと拍子ぬけでした。

タイは、小学校の先生方や教育関係者に、タイではほとんど無名に近い「学研」という会社を知ってもらうための講演と、子供向けの実験ショーを行ってきました。
講演は、「科学のふろく開発裏話」を中心に試作品や実験などを交えて、2時間ほど行いました。タイの小学校の先生たちは、科学教育に熱心で、質問攻めにあったり、意見交換をしたりと非常に充実した時を過ごすことができました。

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子どもたちも、科学実験ショーを楽しんでくれて、実験装置に頭を突っ込んで中を探ったりする子も出てきて、探究心旺盛ぶりをみせてくれました。好奇心や探究心に満ち溢れたきらきら輝く子どもたちの瞳は、世界共通だとあらためて感じました。

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今回のタイ出張では、刺激的なことがたくさんありましたが、会場となったコンベンションセンターにも驚かされました。日本でも類を見ないほど大規模な科学技術展を開催していたからです。毎年、14日間の会期中に100万人もの人が来場するそうです。
展示内容も多彩でユニーク。原寸大のハッブル望遠鏡が展示してあるブースでは、子どもが一人張り付いていて(常駐)いかにも自分が作ったかのように得意満面で解説をしてくれたり、巨大なニシキヘビを操る人がいて、来場者に蛇を抱かせて(?)くれたりしました。おかげで私も生まれて始めてニシキヘビを触るという貴重な体験をすることができました。また、殺人現場が再現され、科学的に犯人を探し出すイベントを行っているブースなど、科学を楽しもうという精神であふれている会場でした。
PISAの調査では、科学リテラシー部門でタイは下位に甘んじていますが、将来日本と肩を並べるに違いありません。

2010年08月13日

究極の温故知新

先日、弊社の車雑誌「ル・ボラン」の企画で、レクサス・ハイブリッド車の試乗体験に行ってきました。
車の試乗体験という企画は、自分自身では何の違和感も無く、ハイブリッド車に乗れる嬉しさで2つ返事で受けたのです。ところが、研究所のメンバーや私の周辺の人からは、「無謀なチャレンジ」と受けとられたようです。特に家族の反応は、「そんな大変な仕事請けて大丈夫なの?」という心外な反応でした。今までTVや新聞などの取材や各種講演等いろいろな仕事を受けてきましたが、これまでに一度もなかった反応です。「こんな大きな会場で、偉い先生方を差し置いて、しかも基調講演を私がして良いのだろうか」と、柄にもなく気後れ気味な表情で家族に語りかけても「ふーん」といった反応だったのに…。

当日、この企画に対する周りの反応の理由が、運転席に座った瞬間にわかりました。
自分が今乗っている13年前の車と、最先端技術の粋を集めたマシンは、同じ「車」というカテゴリーに入るか不明なほどでした。
端的に言えば、燃料の噴出量、ブレーキの利き具合、ハンドル操作、エンジンとモーターの切り替えなどが、全てコンピュータで制御されている車です。

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入社当時、編集は赤鉛筆と青鉛筆、それに電話があれば仕事ができると言われた部署ですから、コンピュータと縁遠い職種のイメージがありますが、職場への導入も比較的早く、今や仕事をする上で、コンピュータは必要不可欠です。当然、私も使っています。
が、傍からみると、私とコンピュータはすこぶる相性が悪そうに見えるらしいのです。
フリーズは日常茶飯事、原因不明のクラッシュで今まで何台ものパソコンを再起不能にしました。
「手から悪性の電磁波を出しているのでは?」
という失礼極まりない、しかしあながち否定できない噂が立ちました。趣味の骨董品とは、相思相愛のように相性が良いのに…。
要するに「昭和30年代型人間」、「三丁目の夕日の生き残り」といった感じでしょうか。確かに、「三丁目の夕日」の鈴木オートの社長に妙なシンパシーを覚えます。

その鈴木オートの社長的人間が、最先端のハイブリッド車をレポートするというのですから「無謀」と思われたのかもしれません。
正直言って、運転席に座った瞬間、確かに戸惑いがありました。洗練されたデザインもさることながら、キーが無い!!ただボタンを押すだけ。しかもエンジン音がまったくしないので、アクセルを踏んでも動くかどうか、慣れ親しんだ振動から体感することができません。
ところが、走り出してみるとその運動性能の素晴らしさに魅了されてしまいました。街中はもちろんのこと、高速道路での加速の良さには感動すらおぼえました。0km/h~の加速や追い越し時の加速は、今までに体験したことがないものでした。一言で言えば、裏切らない加速。アクセルを踏んだ量だけ、こちらの気持ちを察したかのような加速で答えてくれるのです。
なのに燃費は、私が乗っている車の数倍もいいのですから…。

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今回の試乗は、科学の粋を集めた車を運転した心地よさとともに、もうひとつ不思議な感覚を私にもたらしました。
それは、先端科学技術の基礎を築いた人たちを、より身近に感じたことです。ファラデーやボルタ、エジソンといった多くの科学者や発明家が、頭の中に次々に浮かんできたのです。
私たちの身の回りにあるもののほとんどは、先達たちが発見したり改良したりして作り上げたものを使い、便利な生活を送っているのですが、今回ほどそのことを強く意識させられたのは初めてでした。
先人たちの様々な技術が、素晴らしいものづくりの力を得て、想像を超えた形に結実したとでも言いましょうか。自分も多くの人に感動できるものづくりをしなければという想いを強く思い起こさせてくれる体験でした。

(photo/Y.Kashiwada)

2010年06月21日

駆け込み寺?

最近、科学創造研究所には、TV局や企業から相談をいろいろ持ちかけられる。
主にTV局からは、「番組で面白い実験を実演・紹介してもらえませんか」といった感じの出演依頼が多いのだが、「巨大○○を造ろうと思うのですが、うまくいかないのでアドバイスを」といった、困ったときの…的な相談も結構飛び込んでくる。
企業からは、講演依頼のほか、「こんなもの作れませんかね。できれば、来週中に見通しだけでもお願いできませんか?」といった感じのものもある。
共通して言えることは、時間があまりないということである。科学創造研究所は、科学関連の「駆け込み寺」というか「科学よろず相談所」に見えているのかもしれない。

メンバーからは「あまりにも時間が無さ過ぎ。」といわれるが、もともと私は切羽詰らないとできないタイプの人間。
いかに自分を追い込むかにいつも苦労しているので、すでに追い込まれた状況が作られている依頼なので、集中して取り組める。
ほとんどの場合、考え始めると、ある瞬間に方向性が見えてくるので、それに沿って行えば先方の期待にこたえられるような形にできてきたように思う。
勿論、できないものもあるが、少し考えて何も浮かんでこなければ、私の力には終えない課題と言うことだ。

このような依頼は、自分にとっては楽しい仕事だ。
元来怠け者なので、興味がわくもので無ければチャレンジできない人間のようだ。
無理難題を投げかけられると、今まで思いつかなかったアイデアが生まれるし、普通であればこんなチャレンジなんか絶対しないといったことにも取り組めるので、結構楽しませてもらっている。
まあ、中には「マンガや特撮ヒーロー物じゃないんだから…」というような依頼もあるが…。

「科学のよろず相談所」は、ある意味、私の描いている理想像の一翼を担っているのかもしれないと、最近思うようになってきた。 

2010年04月28日

ゴルフ場の火事

4月10日、宮城県のゴルフ場で火事があったのをご存知ですか?
ゴルファーがアイアンでスイングしたときに飛び散った火花が、出火原因と言われています。そんなことありえないと言う意見もあるようですが、私は、条件が整えば十分起こりうると思っています。

すぐに、頭に思い浮かんだのが、時代劇などで登場する火打ち石。
火を起こすのに大変な手間がかかるようなイメージがあるかもしれませんが、実際に実験してみると割と簡単にできます。
本物の火打石は、鋼鉄とチャートを打ち付けるように擦り合わせ、火花が実に良く飛び出ます。火花の先に燃えやすい火口(ほくち)があれば火種ができ、藁などを足して息を吹きかければ燃え移ります。

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   砥石に金ノコの刃を叩きつけると、火花がバチバチ飛びます。
   近くに火口(紙を蒸し焼きにしたものなど)を置けば燃え移ります。

ですから、ゴルフ場の火事に当てはめれば、アイアンはチタン製。チタンは鉄よりも固い金属ですから、火花が出やすいですね。フィールドに固い小石でもあれば、擦れあって火花が飛び散ることは十分考えられます。
そして、火花の先には枯れた芝や草があることが想定できます。さらに当日は、異常乾燥注意報が発令されて5日目。強風も相まって、不幸にも条件が完璧にそろってしまったようです。

私も、3年ほど前からゴルフを始めて、家の車庫などで練習していますが、たまにコンクリートの床にグラブをぶつけて火花を飛ばすことがあります。これからは、近くに火口になるような燃えやすいものがないかを確認してから、練習したいと思いました。ちなみに、綿埃も燃えやすいので、日ごろから掃除も心がけたいと思います。

信じられない、火災の原因ですが、他にもいろいろな事例があります。
もう、10年以上前ですが、東京の蒲田に新しいビルが完成しました。大きな窓が特徴で。しかもその窓は半円柱形に凹んでいたのです。完成して間もなく、ビルの前に駐めてあったバイクのシートが燃えあがるという事故が起きました。いろいろ調べても、放火やいたずらなど原因が断定できず、不思議な怪奇現象のように思われていました。ところが、ついに原因が分かったのです。ビルの巨大な凹んだガラスに太陽の光が集光され、一点に集中して反射した光の焦点が、ちょうどバイクのシートに当たり、燃え上がったと判明したのです。

似たようなケースで、ひげそり用の凹面鏡を窓際に置いていて、太陽の光を集光してカーテンなどが燃えたり、ダッシュボードに置いたペットボトルが集光して車が燃え上がったりする事故が年間数件起きるそうです。

電気製品のプラグの扱いにも注意が必要です。
プラグをコンセントに中途半端にさしておくと、埃が少しずつ溜まっていき、ついにはプラグの両端に埃の橋ができたようになることがあります。水気なのどの条件が整い電気が流れると、短絡(ショート)して電気抵抗により熱が発生します。最終的には、燃えだして火事になってしまうことがあるのです。

共通して言えるのは、掃除や後片付け、整理整頓を普段から心がけておくと少しは事故の起こる可能性が低くなるということ。私が、もっとも不得意とする分野ですが、命にはかえられません。少ずつ努力していきたいと思います。とりあえず、スタッフに「学研科学創造研究所のブラックホール」と呼ばれる机周りからでも…。

2010年04月20日

台湾 刺激的な8日間(4部作)その4:科学コンテスト…台湾の子どもの将来は明るい!

出張最後の仕事は、科学コンテストの審査員です。

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全国の小学校、中学校、高校の代表153組(約600人)が朝からコンテスト会場に集まりました。審査は、午後3時からですが、作品作りに取り組む子どもたちの様子を見に、11時には会場に入りました。

科学コンテストの作品は、NHK教育テレビの「ピタゴラスイッチ」に登場するからくり装置のようなものです。作品の中には、仕掛けのポイントがいくつか設けられ、てこや錘の働きといった科学的な原理がうまく使われています。
また、地球環境にやさしいアイテムを使ったポイントもあって、太陽電池や風力発電が作品にうまく盛り込まれています。
もちろんこれらが「何箇所設置されているか」「内容はどうか」など、重要な評価対象になるのです。

事前にかなりな準備をしているとはいえ、当日の朝、作品を作るためのブロックセットを会場でもらい、3〜4時間かけてゼロから作り上げるのです。子どもたちの集中力や創作力には、本当に感心させられます。

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それに、このような「科学コンテスト」を国と大学、そして企業が支援して、もう10年も続いていることもすごいことだと思います。

私は、小学生部門の審査を台湾の先生2人と組んで行いました。
通訳を介していますし、わずかな時間なので、子どもたちの説明を全て理解するのはかなり難しいことです。ただ、子どもたちの取り組んだ姿勢、苦労した箇所、工夫したアピールポイントなどは、作品を観れば大体わかるので、子どもたちに負けない集中力で隅から隅まで観察しました。
作品の構成を理解したあと、実際に作品を作動させてもらいます。スタートさせれば、数時間の苦労の結果は、数十秒で出てしまいます。

スタートの前は、子どもたちや審査員にも緊張がみなぎります。50組ほど審査しましたが、設計どおり最後まで作動したのは、3チームほどでした。ほとんどは、事前のチェックではうまくいっていたのに、なぜか本番ではいろいろな問題が起きたてしまったのです。それだけに、最後まで作動したときは、子どもたちも審査員も本当に感動をおぼえます。私たち審査員がこれだけ感動するのだから、子どもたちの感動はいかばかりでしょうか。このコンテストは、香港や韓国でも行われていて、その代表が台湾のコンテストにも参加しています。

このコンテストは、科学の面白さや科学の楽しさを味わわせるために、最良のテーマを設定していると思います。科学的知識を活かすのは実際には非常に難しいことですが、うまく使いこなしたときの感動は何物にも替えがたいものがあります。
しかも、国と大学、そして民間企業が三位一体となってバックアップしていることが、長年続けられている大きな要因だと思います。
日本でも産官学の連携でいろいろな活動が推し進められていますが、昨今の事業仕分けでは科学・技術関連の予算が圧迫されているような感じがします。私が長年関わってきた科学教育支援活動の予算がカットされたので、余計そう感じるのかもしれませんが。
厳しい予算組の中で行われた苦渋の選択だったのでしょうが、日本という国の将来を、どのような方向へ導いていくのか考え、それに見合った予算配分をして、このような科学コンテスト的な活動をどんどん増やしてほしいと思います。

真剣なまなざしで説明をする子どもや、作動がうまくいって喜び合う子どもたちを見ながら、こんなことを強く思いました。

2010年04月12日

台湾 刺激的な8日間(4部作) その3:神の手の整体師

私は肩こりがひどく、今から20年前には、自分の首が支えられなくなってしまったことがありました。
整形外科に駆け込むと、院長先生が長くて太い中国針で治療してくれました。すると、あんなに頭が重くて持ち上がらなかったのに、首でしっかり支えられるようになりました。中国4000年の歴史は、やはりすごい。それからしばらく通院していたのですが、完治することは無く、数年後には病院に行かなくなってしまいました。

講演終わりの雑談の中で私が肩こりがひどいという話を聞き、台北に「神の手」を持つ整体師がいることを教えてくれた人がいました。
その人の話では、知り合いは皆治っているということです。それも110分くらいの治療で、です。当然大人気で、1ヶ月待ちの状態です。知り合いを通して頼んでみると、意外にも短時間なら見てくれるとのこと。

当日、半信半疑の状態で整体治療院をたずねると、たくさんの人が待っていました。これでは、相当待たされるなと思っていると、20分ほどで私の番がやってきました。

日本での診断を説明すると、首のあたりをなでるように触り、首を2往復すると
「ハイ、わかりました。患部はそこではなく、第一頚椎と頭骨の接合部ですね。」
というなり、仰向けになった足を持って治療を始めたのです。
曲げたり伸ばしたり、引っ張ったりを、両足それぞれ2〜3度ずつ行うと、
「ハイ治りました。」
と言われたのです。
恐る恐る首を回すと、何とスムーズに動きます。
さすがに後ろにそらすと少し痛みが走り、完治とはいえないのですが、ずいぶん楽にりました。
ついでに、3ヶ月ほど前から痛みが取れない左肩も診てもらうことにしました。すると、痛がっている肩から手首まで軽く手で触れ、またまた意外な診断が。肘の関節の接合がきつく、それが悪さをしていたとのこと。腕を曲げたり伸ばしたり、ひねったりして、「ハイ、治りました。」肩を上げてみるとすっと上がって痛くありません。
「神の手」は、存在するのだと確信した瞬間でした。
そして神の治療は、6分ほどで終了。

次回、台北を訪れるときは、一ヶ月前に予約して、全身をオーバーホールしてみたいと思います。
やはり、行動すればいろいろなことが起き、時には今回のような幸運に巡り会うこともあるのです。

2010年04月02日

台湾 刺激的な8日間(4部作) その2:日本の建築はすばらしい 

台湾での主な仕事は、国立科学館での講演でした。テーマは、「科学の楽しさを多くの人に」です。
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私が今までに開発した付録の失敗作や成功例を見せながら、本作りや付録作りの裏話をさせていただきました。参加者は、小学校の理科の先生たちです。皆さん熱心に聴いていただき、講演終了後も演台にきて、いろいろな質問をされました。失敗作も含め、付録の評価はおおむねよく、「よい教材を求めて、ネットで世界中の情報を探しているが、こんな素晴らしい教材は無かった。どこへ行けば、購入できるのか?」と聞いてくる先生もいました。わざわざ台湾まで来て講演をした甲斐があるというものです。
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 ところで、会場となった国立博物館ですが、今から100年以上前、日本の統治時代に建てられたそうです。台湾は地震が多いのですが、びくともせず、日本人が作ったものはすごいと博物館の方はおっしゃっていました。そんなことでも、褒められるとついつい気分よくなってしまう私です。
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 びくともしないと言えば、こんなことがありました。ある講演のちょうど中盤にさしかかったとき、「グジャッ」という、妙な音が会場内に響き渡ったのです。音のする方を見ると、私と一緒に来たMさんが、椅子の肘掛けの間に落ち込んではまり込んでいます。どうやら、座る部分が落下してしまったようです。かなり頑丈そうな椅子ですし、暴れたわけでもなく、体重も私の半分くらいしかない人です。なぜ、壊れたのか未だにわかりません(写真参照)。予期せぬことが起きるものです。
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2010年03月29日

台湾 刺激的な8日間(4部作)  その1

 台湾出張で一週間ほど日本を留守にしていました。わずか1週間ですが、いろいろなことを経験することができました。新米編集者の頃、編集長から席でじっとしているな、動け!行動しろ!ネタは、足で稼げ!とよく言われましたが、まさにその通り。普段と違う行動を起こすと、さまざまな体験ができるものです。素晴らしきかな人生。

その1:台湾がこんなに寒いなんて

台湾へ出発したのは、3月8日。
まず、沖縄で重要な打ち合わせがあったので、アジア支局のMさんといっしょに、沖縄経由で台湾に入ることになりました。台湾には何度か行っていますが、初めてのルートです。

沖縄空港は国際線の方がはるかに小さく、私が知っているどの地方都市の空港よりも小さくてかわいい空港でした。双発の小さなジェット旅客機で、日本人の乗客は、私たち二人だけ。大部分が、中国系(中国語らしき言語を操っているから)の方で、インド人風の方と西洋人の方が何組かいるくらいです。とても日本の空港とは思えない雰囲気です。

驚いたのは、飛行機に乗っている時間です。離陸して水平飛行に入り、食事が出たと思ったらもう着陸態勢に入る感じなのです。50分ほどで外国に到着です。ほとんど羽田→八丈島と一緒です。いつも成田から行っている私にとって、初めての経験でした。
一緒に行ったMさんは沖縄生まれなので、学生時代は本土に旅行するより、近くて安い台湾によく行っていたそうです。なるほどと感心したものの、考えてみれば当然ですね。

出発早々に目からうろこ状態になっていましたが、着くとまた驚くべき展開が…。空港を出たら吐く息が白い!亜熱帯地方に属する台湾が、凍えるくらい寒いのです。気温は、何と摂氏8度。後で聞けば、大寒波に襲われていたそうで、香港もやはり8℃、日本は雪が積もったとか。

このような体験をすると、環境の変化というのは地球規模で起きることを肌で感じます。そして地球が大宇宙の中の奇跡の星と言われるのがわかる気がします。

台北市内の様子です。
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ホテルの部屋から
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台北の本屋さんで「大人の科学」を見つけました!
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2010年02月19日

また会う日まで〜ありがとう「科学」と「学習」


昨年の12月に、「科学」と「学習」の休刊を発表して以来、お手紙やメールなどで多くの方から反響が寄せられました。
それは、小学生の男の子の「やめないで」と一言書かれた手紙であったり、元読者の方からの「科学」と「学習」が子どもたちに与える影響力の大きさや必要性を切々と訴えるものだったり。
多くの方に愛されていた商品だったことを、今さらながら痛切に感じました。

このことでTVや新聞、雑誌などの取材も多く、私もいくつか対応させていただきました。
取材は、弊社のショールームで行うのですが、取材にこられたほとんどの人が「科学」と「学習」の元読者。年代別に展示された創刊から現在までの付録の中から、めざとく自分の記憶に合致するものを探し出し、「懐かしいなあ…」と思い出話をされます。
私自身も「科学」の元読者。「科学」から受けた子どものときの心地よい感動が忘れられず、その「科学」を作りたくて学研に入社した人間です。
時代のずれはあっても、共通の体験を持つ者同士、取材中も取材後も、「科学」にまつわる裏話を熱く語り合いました。

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取材では、“百聞は実験にしかず”という毎度のおなじみのポリシーのもと、年代ごとに代表的な付録の実験を披露しました。
取材される方にとって懐かしい実験もありますが、始めて体験する実験も多いらしく、子どものように喜び、感動しているのが印象的でした。
そしてそのほとんどは、私と同じ気持ちを抱くようになったのではないかと勝手に思っています。 
取材後、放送された番組を観たら、コメンテータの方が「こういう商品は絶対に無くしてはだめだ!」と力強く話されていたのが印象的でした。

負け犬の遠吠えに聞こえるかもしれませんが、この読者・元読者の声や、取材に見えた方々の反応などから、改めて「科学」の必要性を再認識することができました。現在の時代だからこそ必要不可欠な物なのだと…。ただ、いろいろな要素や条件が複雑に絡み合い、商品としては一度お休みしなければならないのも事実です。

1963年に創刊された「科学」は、時代の要求で生まれた商品でした。
ですから、今の時代の要求にこたえる形で、「科学」は生まれ変われるはずです。
雑誌という形にとらわれることなく。
「科学」は、永遠に不滅なのですから。

2010年02月09日

ものづくりは、ひとづくりから

1月末に、名古屋市で開かれたシンポジウム「モノづくり文化交流講座」に講師およびパネリストとして呼ばれました。

講演の演題は、「科学のすばらしさを多くの人に〜モノづくりほど楽しいものはない」。
付録作りがしたくて学研に入った私の30年に及ぶ悪戦苦闘ぶりを、実験など織り交ぜながら語りました。
講演は、おおむね好評だったようですが、このシンポジウムのシリーズの中ではかなり異色だったようです。テーブルの上は、過去の科学の付録や失敗した試作モデルなどでおもちゃ箱をひっくり返した(関係者の方の講演後の表現)ようですし、全員で行う実験があったりもしたからです。
世界に類を見ない学年別科学雑誌(自画自賛)の付録の開発裏話です(我田引水)から、画期的(過剰表現)だったかもしれません。

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画期的だったのは、基調講演の後に行われた、パネルディスカッションも同じです。
何しろ、パネラーが、赤池学氏(科学技術ジャーナリスト)、荒俣宏氏(作家)、栗岡莞爾氏(名古屋商工会議所副会頭・元トヨタ自動車株式会社副社長)と私の4人。
最初の自己紹介から、熱い想いの連鎖が繰り広げられ、大まかに決められていた持ち時間を守る者など誰もいません。自己紹介でいきなり盛り上がるパネルディスカッションなんて、滅多にありません。詳しく紹介できないのが残念ですが、普通のシンポジウムと違うのはわかっていただけますよね。
もちろん、司会役の飯尾歩氏(中日新聞社論説委員)の懐が深く、パネラー一人ひとりの個性を引き出させるための名司会ぶり(名仕掛けぶり)が火付け役になったことは間違いありません。

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会場での盛り上がりのまま懇親会になだれ込み、当然のごとく延長戦に突入しました。
そこで、まとまった結論は2つ。
  「高度な科学技術力を支えているのは、人であり、板橋区と大田区である。」
前者は言うに及ばず、後者は、両区とも都内有数の精密機械工業の集積地として有名であるとともに、荒俣さんが板橋区出身で、赤池さんと私が大田区出身だからです(笑)。
そして、明日を担う子どもたちに科学の面白さやものづくりの楽しさを伝えることの大切さと難しさを共通認識したのです。しかし、この難題を解く手法も、次から次へと湧き水のごとく溢れ出したのです。こういう人たちが一同に会すると、お互い刺激し合い、様々な角度から思いもよらないアイデアが出るものです。

久しぶりに少年のようにワクワクどきどきし、心地よい気持ちになった有意義なひと時でした。

2010年01月27日

グルグル回る、時代も回る

2010年の仕事始めは、毎年お正月恒例(?)となった、湯本名誉館長の実験イベントから始まった。おとそ気分も抜け切らない1月4日だったが、板橋区立教育科学館には、9時の開館とともに大勢の親子連れが訪れてくれた。
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 実験のテーマは、「グルグルサイエンス」。回転することで起きるいろいろな科学現象を子どもたちと一緒に楽しもうというものだ。
自転車のタイヤを使った、ジャイロ効果の実験。回転させることで不思議な体験できる錯視実験。回転すると音が再生できる蓄音機実験。そして、最後の実験は、巨大バケツに音を閉じ込める録音実験だ。バケツの大きさは、700リットル。小学生だったら、すっぽり入ってしまうくらい大きなバケツだ。以前、TVの科学番組用に予備実験として試作したものに、今回手を加えて子ど実験できるようにした。
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実は、この装置、公開するのは今回が初めて。TVでは、他の装置が採用されたためお蔵入りとなっていたのだ。おそらく、バケツに録音するのは世界で始めての快挙(?)のはずだ。このめでたい実験をお正月イベントのメインにした。
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子どもたちはこのユニークな実験を喜んでくれたが、この実験のベースになっているレコード盤そのものをほとんど知らなかった。レコード盤を見せて、「これなんだかわかる?」と聞いてみた。一番多かった答えは「CD」。今の小学生が生まれるずっと前に、CDがポピュラーな記録媒体となっていたのだから当たり前の話だ。
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考えてみれば、1980年以降の録音や録画の記録媒体の変遷はすさまじいものがある。VHS、ベータ、VHSC、8ミリビデオ、S-VHS、レーザーディスク、CD、MD、DAT、DVD、ブルーレイ、ハードディスク、SDなどなど、多種多様な記録媒体が登場した。今では、もうすでに使われなくなったものもいくつかある。携帯電話やパソコンに代表されるように、ここ20数年のすさまじい技術の発達は、後世、人類の歴史の中でも特筆すべきことになるだろう。
私は、まだ56年の人生しか歩んでいないが、それでも幼少の暮らしぶりは、水道や電灯を除けば江戸時代とさして変わりはなかったような気がする。それなのにわずか50年後の現代は、子どものときに雑誌などで描かれた夢物語の未来世界を遥かに超えてしまっている。

このように、便利なものが氾濫する世の中だからこそ、紙コップに竹串を張っただけのサウンドボックスを、回転しているレコード盤に落とすだけで音が出る実験や、バケツに録音・再生するような実験は子どもたちにとって新鮮だったようだ。
イベント終了後、テーブルに多くの親子が寄ってきて、音を再生する実験を夢中でやっているのが印象的だった。ブラックボックスのない、仕組みや理屈が見える実験は、子どもたちのみならず大人にも魅力的だ。

ただ、残念だったのは、再生実験に使ったレコードが古すぎて、再生された曲を知っている子どもがほとんどいなかったことだ。ちなみに、その曲は「かわいい魚屋さん」。私にとっては、もっともポピュラーな童謡なのだが・・・。

2010年01月05日

世界で3人目の男(後編)

あけましておめでとうございます。
本年もどうぞよろしくお願いいたします。

さて、昨年から引っ張っているファイヤージェルの後編。やっと本題です。

身近なものを使ってファイヤージェルと似たような性質のものが作れないかということになりました。
PVA入りの洗濯のりと硼砂を使って、スライムに似たものを作り、早速実験です。遠目には、生身の指から火がボウボウと燃えているように見えるし、時間も20秒以上保ちます。
「これで行きましょう。」
どうやら、ディレクターの満足のいくものができたようです。ファイヤージェルとは違うかもしれませんが、人間が火だるまになっても大丈夫な裏づけ実験には使えるだろうということで、私も納得し目前に迫っているロケに臨むことになりました。

ロケでは、ファイヤーマンの行う、実際のファイヤースタントに圧倒されましたが、私にとって一番の関心事はファイヤージェルの成分です。いったい何を使っているのでしょう?スタッフからファイヤージェルを作れるのは、世界で二人しかいないということを聞いて、なお一層興味がかき立てられました。
「なぞの白い粉に水を混ぜて慎重にかき混ぜています。」
「先日、実験で作ったスライムより粘性度は低いみたいです」
一緒に実験したスタッフから逐一情報が届けられます。
私に正体を暴いて欲しいと言いつつ、本人が一番その正体を知りたいようです。

いよいよ本番。
局側が準備した実験と平行して、本当のファイヤージェルを使った実験も行います。

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「どうぞ、触ってみてください。においをかいで見てください。味見してもいいですよ。」
この心の広い言葉に甘え、五感のうちの四感と第六感をフルに使って分析を始めました。正体を暴くのにそんなに時間は必要ありませんでした。
学研で長年「科学」のふろくの開発に携わってきた私の頭の中には、創刊以来40数年、アイテム数にして3500を超えるふろくのデータベースができあがっています。ファイヤージェルを触りながら、その中の一つがヒットしたのを感じました。ロケでは、それに言及することはありませんでしたが、早く実際に実験したくて仕方なくなりました。

翌日、早速、湯本データベースにヒットしたアイテム〜「4年の科学」のふろくのある素材を使って実験し、昨日の推測はほぼ間違いなかったことを確信しました。指に火をつけてもまったく熱くありません。ついに正体を見つけたのです。
この瞬間、私は世界で3人目の男になったのです!!
ロケは終わったので、3人目の男が活躍できる場はありませんが、それでも十分満足でした。「科学のふろく」を活用して正体を暴くことができたからです。

数日後、番組スタッフから電話が入り、私がロケで作った“ファイアージェルもどき”を使って、スタジオで実験したいとのことでした。これは願ってもいないチャンスです。
「科学のふろくの素材で実験し、世界で3人目の男になれたことが証明できる!」

打ち合わせをすると、大きな問題が出てきました。
ロケで使った、ホワイトガソリンやベンジンなどは、消防法の関係でスタジオ使用ができません。比較的引火性の低い灯油を使わなければならないのです。灯油は、ストーブの燃料として使われるので、燃えやすいと思われがちですが、芯になるものがないとなかなか火をつけることができないのです。
ファイアーマンたちはさすがに火の専門家です。スタジオで演じる時は、灯油にシリカ系の細かい粉を混ぜていることがわかりました。早速、実験室にあるシリカゲルを使って実験してみると、見事に火がつきます。私にとって新たな発見です。科学する喜びに胸を躍らせながら、最良の素材を見つけるべくさらに実験を進めました。結局、スタッフが当たりをつけて取り寄せてくれた粉が最良で、その粉を灯油に混ぜて当日の収録に臨みました。

収録当日、楽屋で“学研版ファイヤージェル”を準備していると、そこへ先日のロケで顔見知りになった通訳のアメリカ人(おそらく)が現れました。流暢な日本語の挨拶とともに、私たちが準備しているものを覗き込み、ヒョイとジェルを指につけました。そして、
「ロケのときも日本の科学者(私のことらしい)は、すごいと、ファイアーマンたちと感心してたんだけど、本当にすごい。ついに、作ってしまったんですね。」
と言ってくれたのです。私としては0から作ったのではなく、あくまでも「科学のふろく」を利用しただけなので、多少後ろめたい気もしましたが、直感的ではあったものの、ファイアージェルが科学のふろくの素材に近いと見破ったということへの評価と解釈して、その賞賛を素直に受けることにしました。

結局、放送で実験はそれなりに成功したものの、ファイヤージェルに近いものを作り上げた話などは出ませんでした。これは、本作りでも往々に経験することですが、調べたり準備したことをすべて載せるわけには行きません。ページの関係もあるし、こちらの意図を汲み取ってもらうためにわかりやすく構成するのが編集の仕事です。TVも編集作業が一番大変だと聞いています。放送された番組から、相当苦労されて、編集されたことが伝わってきました。結果と成果は私の頭の中のデータベースにしっかりインプットされましたので満足です。

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今回の番組作りを通して、いろいろな実験にチャレンジすることができ、また私の財産が増えました。
だから、実験はやめられないのです。

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このブログ、今年もこのようなボチボチペースで更新していきます。
よろしくおつきあいください。

2009年12月21日

世界で3人目の男(前編)

最初にお断りしておきます。
今回も前後編です。その上、長いです。本当に長いです。

先日、TBS系で放送された「お茶の水ハカセ」は、観ていただいたでしょうか。
この番組は、11月にスタートしたばかりの番組です。10月のはじめに番組協力依頼があったとき、「科学をまじめに取り扱う親子で安心して観られる番組」というコンセプトが気に入って、二つ返事で協力することにしました。

私が、担当したテーマは、「人間が火だるまになってもなぜ平気なのか」でした。
人間が火だるまになって平気なわけはないのですが、アクション映画などに出てくる撮影の秘密を科学的に探りたいということでした。打ち合わせで資料映像を見せてもらうと、私が見たことがあるスタントとは違って、生身の体に火が燃え移っています。聞くと、カナダにあるスタント会社「Fire4Higher」が開発した「ファイヤージェル」というものを体に塗り、数10秒は熱くないということでした。「なるほど、うまく科学を利用しているな…」。

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おおよその推測がついたので、スタッフに昔から伝わる「火渡りの術」や「真っ赤に焼けた鉄棒をなめて平気な奇人変人」などの話をして、すべて科学の恩恵を受けた上での離れ業であることを説明しました。しかし、スタッフの顔を見ると頭から疑問符(???)が零れ落ち、全然理解できないようでした。「百聞は実験に如かず」です。いくつか実験を体験してもらうことにしました。

最初の実験は、指に火を灯す実験です。
用意したベンジンと水を使って、指に火をつけてみました。「火をつけて2秒ぐらいは熱くありません。私は、奇人でも変人でもないので、誰がやっても同じです。ぜひやってみてください。」尻込みするかと思いきや「はいっ、やってみます」という、返事が返ってきました。さすがTVマン。好奇心が旺盛で、チャレンジ精神もかなりお持ちなようです。実験は遊びではありません。実験手順のポイントと注意事項、それと一番大事な科学的な根拠(気化熱と断熱効果)を理解して取り組んでもらうことにしました。「本当だ。熱くないですね」スタッフの顔が少年のような表情に変わりました。こんな顔を見せられると、私もうきうきしてきます。

「今度は、ライデンフロスト現象の実験。」
スタッフは、聞いたことのない単語が出てきたためか、先ほどよりさらに疑問符が成長したようです。
「さあ、このくらいでいいでしょう」。コンロでフライパンを空焚きして熱くしたところに、水滴を落としてもらいます。すると、ジュと音を立てて一瞬で水が蒸発してしまいます。
「これは、よくご存知の現象ですね。では、さらにフライパンを熱します。さあ、今度はどうなりますか。」
「・・・・・・?」
「さあ、先ほどと同じように水滴をたらしてみてください」
チッとかすかに音を立てましたが、水滴は蒸発しません。それどころか、まん丸になって熱く焼けたフライパンの上を元気に動き回っています。スタッフの「?」は山盛りです。
「さっきより、はるかに熱くなっているのに、どうして蒸発しないのですか?」当然の疑問です。
「これが、ライデンフロスト現象です。水滴がフライパンに落ちた瞬間、表面の水が蒸発し、その水蒸気の上に水玉が乗ってしまうのです。ちょうどホバークラフトのように水玉が浮かんでいる不思議な状態になってしまうのです。水蒸気の上に乗っているため、断熱効果の働きでフライパンの熱さ(300℃以上)はほとんど水玉に伝わらないのです。スタッフの顔は、科学の面白さに触れて幸福感に満たされた(私にはそう見えた)表情に変わっていました。私もどんどん調子に乗ってきました。

「今度は鉛を溶かして、指を入れて見ましょう」。
この過激な実験提案に、スタッフの頭には疑問符に加え、疑いの気配が現れてきました。
ノリノリの私は、口調もすっかりマジシャン風。
「ハイッ、溶けた鉛は350℃以上ですから、割り箸を入れると一瞬で真っ黒。マッチを落とすと、ハイッこの通り。一瞬で火がつきます」。
いかに熱いかをしつこく強調してから、いよいよ実験の開始です。指をアルコールに漬けてから、ためらわずに溶けた鉛の中に指を突っ込みます。もちろん1秒以内の短時間です。私も10年ぶりくらいにする実験で、少し緊張しましたが全く熱くありません。そしてこの実験では、普段味わうことができない強い浮力を感じることができます。
当然、スタッフにもチャレンジしてもらいました。例によって、実験手順と注意するポイントの確認の後、科学的な裏づけを解説し、十分実験の意義を理解してもらった上でのチャレンジです。しかしいくら頭でわかっても、指を持っては行ってもなかなか溶けた鉛に入れることはできません。二度三度のためらいの後、ついに指を投入。「本当だ、ぜんぜん熱くない!!」科学の面白さや不思議さに触れた喜びでいっぱいの表情です。「指に塗ったアルコールが、溶けた鉛に入れた瞬間、蒸発してバリアーみたいなものを作ったんですね。だから熱くなかったんだ。指で、ライデンフロスト現象のようなことがおきたんですね。」この自分なりの表現を使った解説から、体で理解したことが十分伝わってきました。「百聞は実験如かず」です。

さて、いよいよ、本題のファイヤージェルのなぞに迫る実験です。
(やっと本題に入ったと思ったら、次回に続く…)

2009年11月19日

フィリピンと自己診断、および「口は災いの元」に関する考察(後編)

前回から続いて…

それは…食あたりです。台湾や中国でも経験をしているので、水などには細心の注意を払い、レストランなどで出る水は勿論のこと、氷が入っているものなども一切口にせず、歯磨きさえもミネラルウォーターを使っていました。ところが、最後の講演が終わった夕方、おなかの具合が何か変なのです。台湾・中国でのつらい経験が頭をよぎり、一抹の不安はあったのですが、全ての予定が終わった安堵感から疲れが出たのだろうとポジティブにとらえることにしました。

ところが、その不安が的中。夕方予定されていた地元新聞社の取材中に、恐れていた兆候が出てしまい、僅か1時間半ほどの取材で2度も退席しトイレと往復することになってしまいました。ところが、これはほんの序章だったのです。夕食もほとんどのどを通らず、翌朝にかけてトイレとベッドとの間を1時間おきに行き来する定期便が始まってしまったのです。頭痛や吐き気がなく、腹痛もあまりないので、入社してすぐに懸かった食中毒の経験と照らし合わせてもそれとは違うようです。

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     夜中の行動半径

あまりにもひどいので、夜中にインターネットで調べるこことにしました。調べるうちにどんどん不安が募ります。変な病気に感染していたら帰国後速攻隔離だ…、最悪日本に帰れないかもしれない…。頭の中は考えられる不安材料でどんどん膨れ上がって行きます。これは発熱していないから違うな。これも吐き気がないから違うな。と、症状に当てはまらないものをどんどん外していくと、一番当てはまるものがみつかりました。コレラです。「そんなばかな」再度、コレラの項目を読み込んでいくと、米のとぎ汁のような便が、一晩に十リッターほど出ると書いてあります。こうなると人間なんて勝手なもの(私の特有なむやみなポジティブさ)で、できるだけ当てはまらないような解釈を始めるのです。腹痛はほとんどない(ネット)→少しはある(自分)、とぎ汁のような便が一晩に十リッター出る(ネット)→回数はかなり行ったが、全部足しても十リッターは出ていない(自分)。それに、体重は平均的な成人男性の1.5倍(こんなときはかなり多めに見積もる)だから、自分に当てはめると、十五リッターということになる。いくらなんでもこんなには、出ていない。結局、ただの食あたりという結論に無理矢理着地させました。

翌日、帰国の飛行機は、午後の便でお腹のほうも安定してきたのですが、念には念を入れて一番後ろの通路際に席を変更してもらうことにしました。結局、フィリピンでお世話になった方からいただいた、薬やりんごが効いたのか、飛行機のトイレは一回入っただけでした。

フィリピンの学研教室の皆様、本当にお世話になりました。この場を借りて、お礼を申し上げます。

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           お世話になった方々

この話には帰国後、もう一つの顛末があります。
出社してこの「フィリピントイレ騒動」の顛末を、夜中、トイレにいる以外はパソコンと向き合い、真剣にネットで調べて青くなったり赤くなったりしていたくせに、のど元過ぎればで何とかで「コレラの症状にそっくりなんだ」と面白おかしくしゃべってしまったのです。もともと私の声は大きいので、隣の部署の人にまで話は筒抜け。隣の部署のメンバーの間でどんどん不安が増していったようなのです。

翌朝、隣の部署の知人から、「うちの女性たちが非常に気にしていました。ちゃんと検査しているのかしらと…。」確かにコレラといえば法定伝染病で、江戸時代には「ころり」と呼ばれ、多くの人命を奪った恐ろしい病気です。焦って隣の部署を見渡せば、女性の姿が誰一人見あたりません。まさか自己防衛で出社拒否?これは大問題です。恐る恐る件の知人に確認してみると、研修か何かで出かけているとのこと。ほっと、胸をなでおろすとともに、自分の無神経さを猛省し、職場では受けを狙うより、誤解のないコミュニケーションに努めようと肝に銘じました。

2009年11月16日

フィリピンと自己診断、および「口は災いの元」に関する考察(前編)

 10月は、子供向けの「実験ショー」や「特別授業」、一般の方向けの「ものづくり講演」などの活動に加え、フィリピンでの講演やTVの収録もあったので、毎度のバタバタ状態にさらに拍車がかかり、あっという間の1ヶ月でした。

ただ、忙しい日々の中でも、見知らぬ土地に出かける出張は、私にとってささやかな楽しみの一つです。「○年の科学」の編集者時代も月に1・2度は必ず出張があり、編集作業に追われる過酷な毎日の中で、ひとときのオアシスとして最大限に活用していました。見知らぬ土地で見知らぬ人に出会う。取材を通しての新たな情報と出会いから生まれる心と心のふれあい。出張(取材)を通じて得られる貴重な体験は、何にも変えがたいものがあります。

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     フィリピンのバス

今回のフィリピンは、初めて訪れる未知の国。その期待は否が応でも膨れ上がります。そして期待以上に興味深い場所であり、時間でした。街は活気にあふれ、その空気に触れると自分が少年時代をすごした昭和30年代の懐かしい風を味わうことができました。またいろいろな方と知り合い、心を豊かにさせてくれる体験をすることができました。

今回の出張は、フィリピンで始まったばかりの「学研科学実験教室」の先生たちの勉強会と、私立小学校の先生たちに「学研科学実験教室」の素晴らしさを体験してもらう講習会への出席です。「科学の学研」と呼ばれるに至った歴史や果たしてきた役割、科学の付録や実験キットの開発裏話などを、異国の地ということもあってか少しヒートアップ気味に語らせてもらいました。通訳を介しての講演だったので、こちらの意図することが伝わるかどうか不安だったのですが、トランク一杯に持って行った過去の失敗例や成功例の試作を使っての実験や実演だったので、十二分に理解してもらえたようです。まさに「百聞は実験にしかず」です。ですから、終わってからの先生たちからの質問やアンコール実験(自分もやってみたい)の要請は、想像以上のものがありました。実験装置が壊滅状態に陥るという痛手を負いましたが、我々が培ってきた科学に関するノウハウに対する評価と興味と理解すれば嬉しいものです。

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              講演風景

いろいろな体験をさせてくれたフィリピンですが、最終日に今までにないつらいことがありました。それは…

以降は次回へ続く………(笑)

2009年09月30日

幸せな失敗

毎年夏は、実験イベントや講演で地方出張に行ったり、自由研究関連で取材対応があったりなど、かなり目まぐるしい日々を送ります。
今年は9月に入ってからも、大阪や宇都宮で実験ショーや教室、それに大至急開発しなければならない仕事も入ってきて、気がつけば中旬も過ぎ…。このペースで行くと、来月あたりに正月がやって来ても驚くことはないような気がします。

でも、忙しい毎日でしたが、多くの方にお会いすることができ、いろいろなことを学ばせてもらったり勇気を与えてもらったりと、自分にとって非常に有意義な日々を送ることができました。もちろん、大人の方からの言葉は心にずっしり響きます。そして子供からの一言は本当にうれしいです。「いつも楽しみにしています」子供からのこの一言は、どんな疲れも吹き飛んでしまいます。

シルバーウイークのまっただ中、21日に行った板橋区立教育科学館の「秋のイベント」も、楽しみにしてくれる子供たちのためにいろいろな実験を用意しました。テーマは、「水の不思議」。身近にある水ですが、あらためて整理してみると、本当に不思議がいっぱいなのです。表面張力や水の三態、水素ロケットに燃料電池実験、ぬれない砂の不思議実験など。10アイテムほどの実験を子供たちと感動を共有しながら進めていきました。

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入念に準備したはずの実験でしたが、失敗もありました。予備実験では何の問題もなかったのに、本番では大失敗。せっかく準備した実験を成功させられなかったのは残念ですが、失敗があるから実験は楽しいのです。負け惜しみではなく…。多くの発明や発見は、失敗から生まれることが多いのです。

早速、会社に戻ってからまた実験です。「なぜだろう?どうしてだろう?」繰り返し実験を進めるなかで、やっと原因がつかめました。この瞬間が疲れも吹き飛んでしまう、至福の瞬間なのです。

2009年08月07日

おぼれる者は掃除機をつかむ?

毎年のことですが、夏はイベントや講演の依頼が普段の月よりも格段に多くなります。一つ一つを何とか乗り越えて、隙間?で本来の仕事をこなし(笑)、やっと一息つけるなと思った頃にはもう8月も終わり…という過ごし方をここ数年しています。もっとも、学年誌「○年の科学」の編集者時代も夏は忙しく、まとめて休みを取ったことなどほとんどありませんが。

だからという訳ではありませんが、どんな仕事も必ず自分なりの楽しみを織り込むことにしています。イベント、講演、TV等の企画でも、新しいことにチャレンジするたびにちょっとしたワクワク感を楽しんでいます。それは実験の手法であったり、技術的な変化であったり、実験開発途中の思わぬ発見だったり。

すでに放送は終了してしまいましたが、フジテレビの「全国一斉!日本人テスト」で行った、水素ロケット打ち上げ実験や円筒鏡を使った立体像作りも心地よいワクワク感を味わうことができました。

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  愛機を手に…

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  出番直前まで調整に励みます。

今、板橋教育科学館で行われている夏のイベントで、子供たちの人気を集めている「有人ホバークラフト」。これもも新たなチャレンジの結果生まれた実験アイテムです。

ブロワーなどを利用した「有人ホバークラフト」は、今までにいろいろなところで紹介されていますが、どれも100ボルトのAC電源を使った物でした。つまり、コードがついているため、行動範囲が決められてしまうし、じゃまくさい。縦横無尽に動き回れるホバーの良さが、半減してしまっているのです。

「有人ホバークラフト」はもともと、屋内でホバークラフトを手軽に体験できるアイテムをと開発を始めたものです。なので、エンジンを使うのは排気ガス等のことを考えると現実的ではありません。そこで、充電式掃除機に着目しました。ブロワーなどに比べると、格段にパワーが落ちるので、スタッフの間では最初、このアイデアには悲観的な意見が多かったのです。しかし、百聞は実験にしかず。パスカルの原理をもっともらしく並べ立て、制作に強行突入。完成してみると、それは見事に浮き、動きだしたのです。80数kg(自己申告値←スタッフ注:約90kg)の私が乗っても、ホバークラフト独特のスムーズな動きでグングン進みます。

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  板橋区立教育科学館活躍中の有人ホバークラフト

板橋区立教育科学館の夏イベントでは、他にも学研の手がけたリニアモーターカーや空気エンジン自転車など、いろいろな動力を使った動く展示物がいっぱいあります。
ぜひ遊びにきてください!!

2009年06月19日

三つ子の魂

私は仕事柄、いろいろな方とお話をする機会があります。
相手は、新聞や雑誌の記者やTV関係者、教育関係者、役所の方、広告代理店など職種や年齢も幅広く多種多様な方々です。お会いする目的はさまざまで、終始緊張しっぱなしの場合もあれば、はじめからフランクに話が進む場合などいろいろです。
ただ、話の本題が終わった後は、なぜか子供の時の話や、自分が今なぜこの職業に就いているかなどの話に話題が広がることが多いのです。どうやら、私の仕事の内容が、見方によっては遊んでいるようにしか見えない(内実は結構大変な仕事なんですよ・・・)という特殊性に興味を覚え、「この人はどんな子供時代を過ごしたのか」ということになるらしいのです。
そんなとき、私も相手の方に聞くようにしているのです。「今のお仕事に就くきっかけは?」と。すると、必ずと言っていいくらい、小学生時代のエピソードが出てきます。先生にほめられたのがきっかけだとか、買ってもらった本がきっかけだったり、家族で出かけたときのある経験がきっかけだったりするのです。ですから、ずーっと、たどっていくと、小学生の時の何かの経験がきっかけになって、今の自分の仕事につながっていることが多いのです。
ちなみに私も、小学校6年生の時に読んでいた「6年の科学」がきっかけなのです。

 6月8日から、足立区教育委員会が主催する「足立区理科実験体験プログラム」が始まりました。学研のスタッフが2年かけて、足立区内の全小学校を訪問して、科学のおもしろさや不思議を伝えようという企画です。良い機会なので、私も、できるだけ多くの学校へ行って、子供たちのいいきっかけ作りをしてきたいと思っています。数十年後、なにかを成し遂げてTVでインタビューを受ける人が「子供の時に学校に来てくれた実験授業が、今の自分を作ってくれるきっかけになったのです」な〜んて言ってくれるシーンを夢見て。

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2009年05月13日

災い転じて…

今から50年近く前、「嵐を呼ぶ男」という映画が大ヒットしました。小学生だった私は、映画の主人公のかっこよさににずいぶんあこがれたものです。
その私が、今や「嵐を呼ぶ男」と呼ばれるようになったのです。勿論、羨望のまなざしと共にそう呼ばれているのではありません。このブログでも何回かお話ししていますが、本当に嵐を呼んでしまう困った(迷惑な)人として、スタッフにため息混じりにそう呼ばれているのです。

皆さんの周りにも「雨男」と呼ばれる人がいると思います。楽しみにしていたお祭りや花火大会、野球大会などが雨で中止になると、必ずその人がメンバーの中にいたりすることはないでしょうか。
私も自分自身で感心するほど、撮影やイベント等で出かけると天候が崩れることが多いのです。
時には、嵐になったり、吹雪になったり。ちょっと、度を超した「雨男」なのです。以前から、自分でもついてないなと思ってはいましたが、いつの頃からか、そのように呼ばれるようになってしまったのです。

今回のゴールデンウイークのイベントでも、雨にたたられてしまいました。
何しろ、1週間前の週間予報では、「今回のゴールデンウイークは、近年まれに見る晴天が続くでしょう」といっていたのですが、イベントが近くなるにしたがってどんどん天候が怪しくなり…。それも私が実験ショーを行う連休後半に限って。
ついに当日は雨。
イベント会場は、百貨店の屋上。
大きなテントが張ってあるので、雨でもぬれることはないのですが、客足には影響が出てしまいました…。こんな雨の中でもきてくれた人に感謝しながら、精一杯楽しみながら実験ショーを行いました。

でも雨の日も、悪いことばかりではありませんでした。
ショーを観に来てくれた人は少なかったのですが、その代わり1人1人と密に接することができたのです。
私がレギュラー出演しているTV東京の「ロボつく」を見てくれた男の子が、自分で作った「ホバークラフト」を見せてくれたり、宇都宮からわざわざ見に来てくれたご家族(1日3回公演を全てを観てくださいました)と一緒に写真に納まったり。
そして、最も印象的だったのは、以前に私のイベントに参加してくれた男の子が、その日以来、将来の夢が変わったという話を伺ったときです。お母さんがおっしゃるには「この子の夢は、ハンバーガー屋さんの店長になることだったのですが、先生のイベントに参加してから、先生のような人になる事が夢に変わったんです。その日から、実験が大好きになったんですよ。ですから今日も参加させて頂きました。」と。
そのときしみじみ思いました。「こういう仕事ができて本当に良かった。そして、今日が雨で本当に良かった。」と…。

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写真は、連休後半を荒らした低気圧が通り過ぎた後、東京の空にかかった2連の虹です。

2009年04月13日

未来への第一歩

先日、この4月に開校した「横浜市立横浜サイエンスフロンティア高等学校」の開校式にご招待いただき、行って参りました。
実は私はこの学校の科学技術顧問をお引き受けしています。

横浜市立横浜サイエンスフロンティア高等学校は、横浜開港150周年記念事業として創立された、神奈川県内唯一の理数科高校です。先端科学技術4分野の実験室をはじめ、最先端の、見ているだけでうらやましくてたまらなくなるような施設・設備を備えています。

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うらうらと暖かい春の日差しの中を学校へ。
受付後の待合室では、結婚式のような桜の花びらの入ったお茶が出され、立ちのぼる桜の香りに春らしさとおめでたさがあふれていました。

この待合室はライフサイエンスの展示コーナーになっていて、DNA二重螺旋モデルやセントラルドグマの解説、DNAシーケンサなどが展示されていました。

式は交流棟にあるアリーナ(講堂)で行われました。
アリーナ内には、緊張した面持ちの新入生やそれ以上に緊張して見えるご父兄の方々、私たち科学技術顧問や関係者など、5~600人が入りました。また、注目されている学校の開校式ということもあって、新聞・TVなどのメディアも多く取材にきていました。

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そして壇上には、科学技術顧問席が設えられ、この学校のスーパーアドバイザーを務められる驚くべき顔ぶれが…。
世界初の高速自動ゲノム解析機(DNAシーケンサ)開発を行い、DNAの解析に取り組んでこられた和田昭允先生、宇宙ニュートリノを世界で初めて観測しノーベル物理学賞を受賞された小柴昌俊先生、元文部大臣で原子核物理学の分野で世界に知られる有馬朗人先生、光触媒反応「ホンダ・フジシマ効果」を発見された藤嶋昭先生と、世界に名だたる先生方が一堂に会していたのです。これはあり得ない光景です。この壇上の情景を拝見しただけでも、ものすごくありがたい気持ちになってしまいました。

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式典は、午前10時、君が代、横浜市歌の斉唱から始まりました。
中田宏横浜市長は、ダーウィンの進化論の「生き残るのは強い者でも賢い者でもなく、環境に適応できる者」という言葉でご挨拶を締められ、小柴昌俊先生は「科学とは社会の役に立つためのもの、という一面もあるが、社会には何の役にも立たない基礎科学も大事にしてほしい」という、ご自身の研究になぞらえたアドバイスなど、理数科高校ならではの祝辞が続きました。

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いろいろ興味深いお話とともに印象に残ったのは、校歌でした。「知の開拓者」という題名で、横浜市出身のシンガーソングライター・オオゼキタクさんという方が作られたそうで(この方面疎いのですみません…)、穏やかながらも芯のある心に残る校歌でした。販売したらヒットするのでは?と思いました。
記念すべき第一期生の未来が、この校歌の歌詞にあるように輝けるものであって欲しいと願っています。

そして事前の内覧会の時にも感じ、今回の開校式に出席させていただいてさらに強く思ったことは「40歳若ければ入学したい!!」です(笑)。もっとも、合格できるかどうかわかりませんが…。

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追記:ちなみに、校歌を作られたのは↓この人だそうです。
http://www.oozekitaku.com/index.html

2009年02月06日

新しい生命の形

「ビーチアニマル」をご存じですか?
私は確か2年ほど前だったと思いますが、テレビで「ビーチアニマル」の歩く様子を見たときの衝撃を今でも忘れることができません。まさに、新たな生命体という表現ぴったりでした。この新しい生命体の産みの親は、テオ・ヤンセンというオランダ生まれの画家の方です。
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このふしぎな魅力を放つ生命体が、日比谷パティオ内特設会場で見ることができるというので早速行ってきました。テオ・ヤンセン氏は1975年まで物理学者だったそうなので、この生命体の機構には非常に興味がありました。

会場には、この生命体の創造主、テオ・ヤンセン氏の工房の再現や生命体の進化の過程が展示されていました。この生命体のエネルーギー源は風です。しかし会場は屋内なので、人が押して動かせるようになっていました。私も早速やってみると、以前に見たあの感動的な動きが再現されたのです。すばらしい!
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仕組みをよく観察すると、計算され尽くした無駄のない機構です。しかし、動きは決してロボット的ではなく、生命が宿っているような動きなのです。日本のダヴィンチと言われたメカモの発案者、富谷先生の作られた作品と限りなく近い共通点があるような気がしました。

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最後のコーナーでは、一番進化した生命体の動きを見ることができました。大きさは、高さ3m、幅は15mはあるでしょうか。その生命体に圧縮空気を送り込んでバルブを開けると、ダイナミックに歩き出しました。わずか、30年ほどでここまで進化したわけですから、10年後、20年後にはどのような生命体になっているのでしょう。本当にわくわくします。
4/12まで日比谷パティオで行われています。小学生以下は無料ですので、お近くにお出かけの際は是非見てみてください。私の表現がオーバーではないことがわかってもらえるはず…?

くわしい情報は公式ホームページへ:http://www.hibiya-patio.jp/theo/

2009年01月09日

仕事始めは、負け始め

新しい年が始まりました。
今年もどうぞよろしくお願いいたします。

私の仕事始めは、4日の板橋教育科学館から始まりました。
『名誉館長と遊ぼう~こまのひみつ~』と題したサイエンスショーでした。今年の正月休みは1週間以上あったので、身体(頭)がなまってしまって仕事始めは少し不安を覚えていました。何しろ、年間を通じてこんなに長期間の休みを取ることがないもので…。でも、今年も本社ではなく「板橋教育科学館」での仕事が最初だったので、すぐに身体も頭もシャキッとしました。なんといっても実験は楽しいし、適度な緊張感も味わえて、それに元気な子どもたちからはエネルギーをもらえるし、最高です。できれば『名誉館長と遊ぼう』を、正月恒例のイベントにしていきたいと思います。
今年のテーマ「こま」は、今までに幾度となく行っている実験なのですが、子どもたちと実験をするうちに新たに「小さな発見」をすることができました。だから実験って楽しくて、幾つになってもやめられないのです。
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サイエンスショーの後は、ベーゴマ大会!
どれだけ長く回せるかのタイムトライアル戦と、実際にベーゴマ同士をぶつけ合うバトルの勝ち上がり戦で行われました。タイムトライアルは子どもだけでしたが、バトルの方は子どもから大人まで制限なしの真っ向勝負。これには私も参加させてもらいました。久しぶりに回すベーゴマに燃えました(笑)。ハッキリ言って、子どもが相手でも容赦しない!くらいの大人げない燃えっぷりでした。



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が、しかし、速攻負けました。それも4歳の子に…。
侮ってはいけません、この4歳児。負け惜しみで言うのではありませんが、ものすごく強いんです。ベーゴマもオリジナルカスタマイズされたもので、キラキラ光っていました。それが稲妻のように飛び込んできたと思ったら、あっという間に私のベーゴマは土俵の外へ弾き飛ばされていました。あとから聞いたところによると、この子は地元の「ベーゴマ友の会」に所属する強者だったのです。
科学的思考と熟年パワーで勝てると思っていましたが、4歳児の会得した「コツ」の方が遙かに勝っていたというお話でした。ベーゴマ、かなり奥が深いです。

今年はこうして4歳の子どもからも謙虚に学びながら、コツコツやっていきたいと思います。

2008年12月12日

パワー全開

先週は石川県の方へ、講演で行ってきました。
前にもお話ししましたが、私が動くと天変地異が起きる「嵐男」なので、行く前日の天気予報、「明日から下り坂」が引っかかってはいたのですが…

空港に向かうため、3時頃会社を出たときは、この時期にしては妙に暖かく、生ぬるい南風が吹いていました。
モノレールに乗る頃には空は真っ黒になり、強風が吹き付けていました。
大井競馬場を過ぎたあたりから、叩きつけるような土砂降りとそこかしこに光る稲光。まさに風雲急を告げる様相。
案の定、飛行機には遅延が出て、ロビーで待機。
やっと搭乗…となっても「上空でトイレに行く余裕がないことが考えられるので(揺れがひどくて)、搭乗前にトイレに行っておいてください」というアナウンス。覚悟を決めろということですね。
やっと搭乗し、強風の中を離陸、小刻みに揺れながら黒雲の中へ突進しました。
飛行中は案の定、シェイク、シェイク、シェイク。
這々の体ながらもなんとか小松空港に降り立ち、ホテルへ直行。
その夜は霰が窓を打つ「カンカン」という甲高い音を聞きながら眠りにつきました。

次の朝、それほど天気はひどくなく、多少の雨という感じでした。
タクシーに乗って一路会場へ。会場は山の中腹、標高100mちょっとのところにありました。
会場へと坂道を登って行くにつれ、みぞれ→霰→雪と、徐々に状態が悪化し、会場玄関についたときには吹雪…。
出迎えてくださった所長さん曰く「いやぁ、今日が初雪ですわ縲怐Aはっははは。」
いや、笑い事じゃなくて、今日が初雪って…。
加えて「大丈夫ですよ。初雪というのは、えてしてたいして降りませんから」
地元の人が言うならそうなんだろう。
だめ押しで所長さんは、雪に混じる直径5mmほどの霰の粒を指して
「それに霰が混じると言うことは、気温が高めということですから積もりませんよ」と。
ほう、そうなんだ。気象の方はあまりよくわからないので、即座に納得。

しかし・・・・・・・・・・・
準備をし、リハーサルをし、昼食を取り。
その間にも間断なく雪は降り続き、風は吹きすさび…。
結果、気がつけばこの状態↓。

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すっかり根雪状態です。

そしてこの嵐男パワーはまだまだ続きます。
講演も終わり、帰りの空港に向かう頃には雪も小降りになって、これなら海沿いの平地にある空港は晴れているだろうと思われました。
そして着いた空港は…猛吹雪+稲妻+強風。とことん荒れていました。
当然、乗る飛行機は遅れており、1本前の別の航空会社の便はとうとう着陸できずに名古屋へ去っていきました。
基本的にはポジティブな性格なので、そのうちなんとかなるだろうと、まったりお茶をしたりお土産を買ったりして時間を潰している内に、私の乗る飛行機の根性ある(?)パイロットさんは降りてきてくれました。そこからまた、降っては積もる翼の雪を溶かしたり、滑走路の除雪をしたり、天候調査をしたりしてようやく出発です。
離陸時の機内の画面映像は、吹雪の中に突っ込んでいくので、白い線が放射状に流れ、2001年宇宙の旅みたいになっていました。

と、ここまで悪戦苦闘だった石川行きのお話をしてきましたが、モノレール及び飛行機の中の描写は、実は同行者からの伝え聞き書きです。
私は乗り物に乗ると、あっという間に睡魔に捕まり、深い眠りの世界へと誘われてしまいます。(同行者談:眠るというより気絶)
飛行機に至っては離陸前に混沌とし、着陸の振動で目を覚ますといった次第です。機内で目を覚ますときは、飲み物サービスのカートが足に激突してきたときくらいです。自分でも呆れるくらいに安眠、熟睡、爆睡です。出張に出るときは、機内や車内で読むように本や雑誌を持っていき、持っていないと慌てて売店で購入したりするくせに、単なるかさばる出張の友となり果てます。
乗り物の震動が、私の睡眠中枢の何かとシンクロしてしまうようです。
私と出張に行くと必ず天候は大荒れになるし、その元凶の私はグーグー寝てしまうしで、一緒に行きたがる人がいなくなりました。誰か、雨男(嵐男とも言われる)の科学的な因果関係を教えてください。

最後になりますが、このような天候の時に集まってくださったみなさん、ありがとうございました。

2008年11月28日

最後の実験

取材で電気と磁気の実験を行ったお話の続きです。

最後の実験は、磁気記録の実験です。
磁気記録装置を発明したポールセンが始めて実験をした針金に録音する実験を再現したものです。録音・再生実験は、やってみると本当に面白いのです。
私がよく講演などで紹介する、エジソンが発明した蓄音機の再現実験も同じで、初めて自分の声が再生されたときは、震えるほど感動しました。始めてエジソンが蓄音機の実験に成功したときに匹敵する感動を味わったと勝手に思っています。

磁気記録も、手作り磁気ヘッドで針金に録音できたときは、小躍りしたいくらいの感動をおぼえました。きっと、ポールセンと同じくらいの感動だったはずです。撮影のときは、リハーサル無しのぶっつけ本番で実験を行ったので、成功した瞬間はスタッフから拍手が起こりました。その場の皆が感動を覚えたようで、その結果、自然発生的に拍手がおこったようです。すばらしい舞台を見たときのスタンディングオベーションのような…というのはちょっと言い過ぎでしょうか?

針金(正確にはピアノ線)に録音できれば、材質からいってギターの弦にも録音できる?ギターの弦を磁気ヘッドでなぞりながら「パイナップル」と録音してみました。そしてもう一度ヘッドでなぞってみると…確かに「パイナップル」と録音した単語が再生されたのです。ギターがしゃべるなんて、ちょっと面白いでしょ?あり得ないことでもチャレンジしてみることが大切ですね。

撮影は無事に終了したのですが、実験魂にスイッチが入ってしまったので、その後も実験を一人黙々と続け、いろいろなものに試してみました。メジャー、カッターナイフ、ステンレス流し台、包丁、自転車のスポーク、ゼンマイ、のこぎりなど身近にある金属系のものに片っ端から録音してみました。この中で、録音できたものは、一体どれでしょう。答えは、全部。鋼鉄のように着磁する材質のものなら何でも良いわけです。

このように今回も小さな発見をたくさんすることができました。だから、実験はやめられない。本当に楽しいものなのです。

2008年11月19日

怪我の功名と実験三昧

夏に新社屋に引っ越した話を以前に書きました。
引越しは、個人的に4回ほど経験していますが、そのたびに不便さを感じていました。いざというときに使いたいものをどこにしまったか(処分してしまった場合も多々あったのですが…)が分からなくってあちこち探してしまうということがよくあったからです。
会社の引越しも同じで、「使いたいモノは使いたいときに見つからない」という事態に陥るたびにマーフィーの法則的なものを妙に納得したり感心したりしていました。

ところが、先日とある取材で行った実験に関しては、この混乱が大助かり。
今まで存在すら知らなかった測定装置が、引っ越しのゴミの山中から発掘されていたからです。その装置は、高感度の電流電圧計。戦後まもなく作られたような、骨董市に展示されていてもおかしくないほど貫禄のあるものです。しかし、そんな古色蒼然とした装置でありながら、この装置を使うと僅かな発電量でも測定することができるのです。

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それは、ある公共団体の依頼で、ウエブサイトのコンテンツとして使う電気と磁気の実験でした。その中の微妙な実験もこの装置のおかげで見事に成功!
装置の端子に10mほどの延長コードをつなげ、長縄跳びのように回して地球の地磁気を切ると、ピクンピクンと電圧計の針が動いたのです。見事に地球の地磁気で発電をしたのです。頭では、理解していても実験をして自分の目で確認したときは、本当にワクワクします。磁気に関する実験は、やればやるほど不思議がいっぱいで、撮影スタッフの方には申し訳なかったのですが、一つ一つの実験を楽しみ、ある程度納得できるまで確認させてもらいました。当然、撮影時間は長時間にわたってしまいました。とっぷり日も暮れて、最後の実験を始めたときは、夜の8時を回っていました。

最後の実験のお話はまた次回に…

【本日のオマケ】
会社から見える富士山があまりにもきれいだったので。

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2008年10月09日

読書の秋?食欲の秋?走る秋?

ご無沙汰しているうちに、すっかり秋になってしまい、いつも通り食べるものがおいしい湯本です。
新本社に引っ越してから1ヶ月あまりが過ぎ、やっと落ち着いて…
ません(笑)。いやいや、収納の少なさは想像以上で、未だに行き場所が定まらない段ボールがゴロゴロ。
新しいシステムだのセキュリティだのに、いいように弄ばれている日々です。

そんな中、先日、幕張メッセで行われたCEATEC JAPAN 2008という展示会イベントに行ってきました。この展示会は、アジア最大級の映像・情報・通信を一堂に集めた見本市です。
学研はタイコエレクトロニクスと言う会社とコラボレーションして、リニアモーターカーを制作しました。

これは、学研創立60周年記念事業の学研科学大賞を受賞した「みんなで作るリニア」をベースに、タイコエレクトロニクスグループの製品群を駆使して最新アイデアを加えた新型車で、「TEリニア」といいます。私たちは昨年もイベントなどで、リニアモーターカーを走らせたりしていましたが、今回のコラボにより、かなりのグレードアップになりました。車体はFRP製、外観も流線型にデザインしました。格好良いと思いませんか?

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私くらいの大きな人間が乗ってもビクともしませんし、加速は力強くなめらかで、省エネ性能もアップしました。内部には、操縦のためのタッチパネルもつけられ、マニア心をくすぐります。
会場では抽選で試乗体験ができるとあって、タイコさんのブースは超人気になりました。

そして最終日の4日には、親子工作教室も行いました。
リニアモーターカーに関連して、磁石と磁力の実験、そしてリニアモーターカーとはちょっと仕組みは違いますが、学研の特製教材「超音波リニア」をみんなで組み立てました。このようなイベントにいらっしゃる方の子どもさんだからか、みなさん知識豊富で理解が早く、驚いてしまいました。

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このリニアモーターカー、またどこかで走らせたいと思っています。

2008年09月02日

感無量

ご無沙汰しました。夏休みを頂いていました…というのは冗談で、実は、社屋の引っ越しが、8月にあったのです。

本社ビル、第2ビル、第3ビル、その他のビルなどが、五反田の新社屋に集合したのです。学研科学創造研究所と兼務の教材企画開発室は、本社ビルの中にあり、私は30年近く部署を異動することがありませんでした。そのため、本社の中に膨大な量の財産(キットの試作や資料、写真、参考書籍など)をため込んでいました。その現実に整理をしはじめてから気がつき、しばし呆然となりました。
「どれをどう片づければ、引っ越しの荷物としてコンパクトにまとめられるのだろう?」
新社屋に収められる収納スペースは、平均的な荷物の人で現在の30%の量。私の場合は、長い年月を経て飛び地的に占有場所を広げてしまったので、約10%に圧縮しなければなりません。しかも、引っ越しの当日は、科学イベントで日本科学未来館に行く予定が入っていました。私が不在でも、支障が無いように荷物の整理を完璧にしておかなければなりません。ですから、引っ越し前の3日間はほぼ午前様。何しろ、整理をすればするほど、いろいろなものが発掘されるのです。試作品の残骸を見つけては、「あのときは実験がうまくいかなくて苦労したな。」とか、企画書を見つけては、「これは、大人の科学マガジンの創刊号の校正をしながら、書いたんだっけな。」といった感じで、片づけの手を休めてしまうのです。メンバーからは、「湯本さん、思い出に浸っていたのではいつまで経っても、片づきませんよ!」と言われる始末です。その上、他の人が捨てたものの中にお宝(私的に)を発見しては拾ってしまい、ますます荷物を増やしてしまう悪循環。

当日までにかたづけるのは無理だろうなといった、冷ややかな周りの視線をある時は無視し、ある時はエネルギーに変換させて頑張りました。はい、自分で言うのもなんですが、本当に頑張りました。その結果、引っ越しの前日、夜10時、見事に荷造りが完了したのです。

そのとき、残っていたのは、私を含めて3名。「お先に!」妙な優越感と達成感に浸りながら2人に声をかけた瞬間。「これで、30年間お世話になった、社屋ともお別れか…記念に写真を撮るか。」そんな考えが、頭を過ぎったのです。

そのとき撮ったのが、この写真です。顔に、感慨深げで微妙な感情が浮き出ていませんか。
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2008年07月07日

日本の夏、イベントの夏

先週末は、会社の出張で富山に行っていました。
日本海側は涼しいと思っていったのですが、この時期は北海道を除く日本全国、湿気ムンムンなんだということがわかりました。
そろそろ梅雨明けでしょうか?

さて、今年も今週から始まるブックフェアを皮切りに、怒濤の夏が始まります。
今週10日から始まる第15回東京国際ブックフェアに、今年も学研としてブースを出展します。
そして今年もブースの一角で、私をはじめ科学創造研究所の研究員が交代で実験ショーを行います。
今年のテーマは「ぬれない砂」。
なんでしょうね縲怐Hどういうものでしょうね縲怐H
疑問に思った方は、是非学研ブースにお立ち寄りください(笑)。
1日に4回ほど行います。

そして今年も板橋区立教育科学館で夏休みイベントが開催されます。
今年のテーマはずばり南極。「夢大陸 南極のふしぎ 縲怩ウようなら 国立極地研究所縲怐v
サブタイトルにもあるように、板橋区から転出する国立極地研究所の全面バックアップのもと、極地の様々な姿を紹介する展示になっています。
オープニングイベントは、南極昭和基地とインターネットでライブ交信を行います。
(オープニングイベントは、参加申込みが必要です。)
詳しくは板橋区立教育科学館の公式ホームページまで。
http://www.itbs-sem.jp/
また、体験イベントや工作教室・実験教室なども随時行われますので、夏休みの自由研究にも役立つと思います。

2008年06月03日

飛んでもない話

ここのところはまっていることがあります。それは…
   ゴルフ
です。
なんとなく今更感がありますが、約2年前にダイエットも兼ねた運動のために打ちっ放しに行ったのが始まりです。止まったボールを棒でひっぱたくだけだと思っていたのですが、ところがどっこいです。
いや縲怏怩ェ深い、とても深い、深すぎて出てこられなくなります。

ゴルフを始めてからいろいろと不思議なことに気がつきました。
まず最初の不思議は、上にも書いたように奥が深いこと。
毎週出るゴルフ雑誌を読み、TVのゴルフ中継を見、練習場で世話好きな方にああでもないこうでもないと注意され、ハウツー本やDVDを見、友人にあれやこれやサジェスチョンをもらい…。
そのたびに「おぉ!掴めた!!」と思うのです。目の前の霧が晴れ、新しいステージへの扉が開いたような気になります。しかし気がつくと、またしても霧の中…という。

次に不思議なことは、私がたまに、本当にたま縲怩ノグリーンに出ると、決まって悪天候。なぜ?
澄み渡る空に白い雲がぽっかりと浮かび、青々とした芝が果てしなく広がる…などという風景は、ゴルフ雑誌のグラビアでしか見たことがありません。私が行くと、良くて曇天(それも一触即発で降りそうな)、悪いのは切りがないですが、台風直撃もありました。
かなり前のこのブログでも書きましたが、私が日常生活から踏み出して、講演やイベントを行ったりすると、必ずと言って良いほど天候がおかしくなるのです。それも「天気が悪い」という程度の問題ではなく、「“季節はずれの"台風」とか「“観測史上最高の"降雨量」とか「“爆弾"低気圧“直撃"」とか、天気に関する言葉に何かしら修飾する語句がつくのです。一緒に動くスタッフにも「お願いですから、お祓いに行くか、滝に打たれてきてください」と言われています…。

そして本当に不思議なのは、これだけ身体をひねりまくってクラブを振っているのに、お腹の肉が減らないことです。どう見ても重点的にお腹周りをひねっていると思うのですが…不思議だ。

それにしても、どうしてゴルフはこんなに私を惹きつけるのでしょうか…?
それは、ゴルフがまさに科学そのものだからです。1つのスイングの中に、無数の科学が潜んでいます。それを1つ1つひもといていくのが、今や楽しくてなりません。私のスコアが80を切る頃には、ゴルフの科学論を語れるかもしれません。
ということで、まだ科学的解明が進まず、五里霧中の彷徨える初心者ゴルファーを誰か誘ってください。

2008年05月16日

ミラクル

半袖でも暑いかと思えば、急に3月の気候に逆戻りしてみたり、ついていくのが大変な気候です。

この頃は会社にいることが多く、今年の仕事の計画を立てたり、スタッフとミーティングをしたり、たまっている伝票を整理したり、自分が会社員だと言うことを自覚させられる毎日を送っています。
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さて、5/5のNHK「ダヴィンチの夢」は見ていただけましたか?
多少カットされたところもあるものの、思ったよりしっかり出演していて自分でもビックリしてしまいました。「見ましたよ」「結構出ていましたね」「商品もたくさん映っていましたね」など、反響が大きかったです。社内で知らない人からも声をかけられましたし、仕事関係の社外の人からもわざわざ連絡を頂いたりして、NHKの力を感じました。
ただし…
直接感想を言ってくださる方はだいたい「半笑い」、メールで感想を送ってくださった方は「見ましたよ(笑)」「結構しゃべってましたね(笑)」となぜか「(笑)」が書いてあるのですが…。
これはやはりあのバカボンのパパ風味の衣装のせいでしょうか?

このところTVの企画の仕事が続きましたが、本当にTVの仕事というのは準備が大変です。
放送が始まってしまえばアッという間に終わってしまうのですが、それまでにはたくさんの人が試行錯誤・紆余曲折・七転八倒・不眠不休・問答無用・匍匐前進な日々を送っているのです。
そして本当に不思議なのは、今までうまく行かなかったこと、調子の悪かったものなどが、なぜか本番で絶好調になるのが多いことです。あれは、その場にいる人たちがその一瞬、「うまく行け!」と全員で念じるパワーではないかと思います。
私は科学に携わっている人間ですが、世の中、科学ではわからないこともたくさんあると思う今日この頃です。

2008年04月28日

なんでも博士

この間、お花見の話をしたと思ったら、もう4月も終わろうとしています。

先日はNHKの番組の収録に行ってきました。
NHK総合で、5/5(こどもの日)、10:20~11:35に放送される「浜田雅功のダヴィンチの夢~子ども100人の夢かなえます」という番組です。
ダウンタウンの浜田さんが所長の浜田未来科学研究所で、子どもたちから寄せられた夢の数々を、いろいろな分野の先生を交えて、実現可能か、現状はどうなっているかなど、検証していくという設定の番組でした。
ことば博士、電気博士、ロボット博士、からだ博士に混じって、私は「なんでも博士」で出ました。
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かなりバカボンのパパ風味ではありますが、これが博士の制服です。他の先生たちも、色違いの格好をしていますので、私だけキャラクターものになった訳ではありません。

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子どもたちの夢や意見はとても柔軟で感心しました。休憩時間には鋭い突っ込みを入れられてたじたじになったり、思わぬアイデアをもらったりもしました。また、普段交流のない先生方の研究や考え方はすごく刺激的で興味深かったです。出演者でしたが、いろいろなものを頂いて帰ってきたように思います。

私は蓄音機やスターリングエンジン、空気エンジン、ホバークラフト、からくり人形、コロボットなどなど、いろいろなものを使ってお話をしました。編集されてしまうとどれほど活かされるのかよくわかりませんが、とにかく今回は75分の番組の最初から最後まで出ています。是非見てみてください。

なお、番組内で使用した商品は、Shop.GAKKENの「湯本先生のおすすめ!!」コーナーで紹介しています。
http://shop.gakken.co.jp/shop/

2008年02月07日

デビュー!

強力に冷え込んでいる今日この頃、体調を崩されている方も多いのでは?私は鼻がグズグズいったり、怠かったりするものの、なんとか持ちこたえています。

先日、「サイエンス・カフェ」デビューを果たしました。
今まで話で聞いたり、ネットで拝見したことはあったのですが、自分が行うのは初めてでした。「リビング・サイエンス・ラボ」さんという組織がシリーズで行っているサイエンス・カフェに呼んでいただきました。
行ってビックリ!本当にカフェ(笑)。オフィス街のど真ん中にある、普通にオシャレなカフェでした。その店内の一部を区切り、普通に使っている椅子やテーブルを並べ替えて行いました。
普段は体育館のような場所で子どもたちを前に行うことが多いので、こんな至近距離に大人の方がいらっしゃると、柄にもなくドキドキしてしまいました。でも、テーブルの上にはコーヒーとデニッシュという、なんとも和む風景で、お客様もリラックスムード。

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だんだん調子が出てきて、気がつけば時間オーバーギリギリ(毎度のことではありますが)。あれもこれもと用意したものの半分は使わずじまいで終わってしまいました(これも毎度のことですが…)。
「サイエンス・カフェ」なので、当たり前ですが、参加していただいた皆さんは本当に科学が好きな人ばかりでした。お話をしていて、その反応の良さに心地よささえ感じてしまいました。簡単な実験も、真剣に参加してくださいました。本当にありがとうございました。

今度は他の方が行われるサイエンス・カフェに観客として行ってみようと思いました。

2008年01月28日

はっけよい

中国から戻ってきて、やっと一段落しました。いやぁ~、中国は寒かったです…。

さて、少し前の話になりますが…

1月6日に板橋区立教育科学館で「湯本名誉館長杯争奪 ロボット相撲大会」が行われました。つまり、これが私の仕事始めです。大相撲も朝青龍が復帰して久しぶりに盛り上がりをみせていますが、「ロボット相撲大会」も大相撲に勝るとも劣らない盛り上がりでした。
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ただ、このロボット大会は、ちょっと変わった対戦方法をとりました。土俵内に数体のロボットを入れて戦わせます。そしてこのロボットは、転んでも起きあがるのが特徴なので、倒れても負けではありません。土俵から押し出されたり、自ら出てしまったら負け。つまり、プロレスのバトルロイヤルです。

ロボットはもちろん「コロボット(http://kids.gakken.co.jp/kagaku/tamago/)」です。
出場ロボット8体にそれぞれ「朝ロボ龍」「白ロボ」「ロボ大会」「ロボ見盛」「ロボ皇」「琴ロボ喜」「貴乃ロボ」「ロボの海」などと四股名をつけ、一応性格付けもしました。それを子どもたちに抽選で選んでもらいます。
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ラジコンで操縦もできないし、プログラムを組むこともできません。子どもたち(お父さんやお母さんも参加)は、自分のロボットを土俵内に置いたら、何もすることができません。あとは運を天に任せ、ひたすら応援するだけです。正直なところ、始める前は、ちょっと盛り上がりに欠けてしまうかな…?という一抹の不安はありました。ところが、いざ始めてみると、応援に熱が入ることはいること。私は、行司役だったのですが、いつの間にか応援にまわっていました。
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 場所後、スタッフに「盛り上がって良かったですね」と言われて、「そうだね。子どもたちもすごかったけど、お父さんやお母さんも盛り上がってたね」と言葉を返すと、「一番盛り上がっていたのは、名誉館長でしたよ。」と言われてしまいました。
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これからも、毎月自分たちが一番に盛り上がれる(笑)おもしろい企画をどんどん催していきますので、近くにお越しの際は、是非お立ち寄りください。

2008年01月20日

やっぱり寒い

今、私は「大人の科学」の新製品の最終生産チェックで、中国の工場に来ています。

中国も異常気象の影響か、先週までは24℃でTシャツ1枚で過ごせたらしいのですが、今日は寒くて10℃。おまけに雨も降っています。気温も異常ですが、この時期雨が降るのは、一緒に来ている学研香港の人もほとんど記憶にないくらい珍しいと言っています。どうやら関係者の中に雨男がいるらしいのです。
ということで、暖房器具は一切なく、工場(事務所)は非常に寒くて、東京生まれ東京育ちの私(私が子どもの時の昭和30年代の東京は今よりずっと寒かった)でも震え上がっています。ところが、学研香港のスタッフや中国駐在のスタッフは、長袖シャツ1枚で平気な顔です。不思議に思って聞いてみると、香港事務所は、夏も冬もエアコンをがんがん効かして部屋を冷やしているそうです。それは、香港には、クーラーで部屋を冷やしておくと雑菌を死滅させることができるという言い伝え(?)があるからだそうです。それにしても、人間の順応力はすばらしい。私たちも日本に帰る頃には順応できるか?!

中国に着いた翌日、工場に行く前にホテルでちょっとした実験(?)をしていて、ブレーカーを落としてしまいました。子どもの時から、家のヒューズが切れたり、ブレーカーが落ちたりすることはよく経験していたので、あわてず騒がず部屋の中で、ブレーカーを探し始めました。ところが、どこにもありません。仕方なく、ホテルのフロントに行って、事情を説明(語学力がないので、英語の単語、中国語の単語、日本語、全身を使って説明)し、係の人を部屋に派遣してもらいました。しばらくすると、係の人がやってきて、ドアのそばの天井を開けたのです。「へえ、こんな処にあったのか。」と小さな発見にワクワクしながら、思わずその作業をのぞき込んでしまいました。子どもの時からそうですが、電機工事とかビル工事(特に真っ赤に焼いたリベット)とか、町の中で作業中の人を見ると、何故か引きつけられてしまいます。そういう技術を駆使している人って輝いて見えますよね。

さてさて、もう少しで帰れます。

2008年01月15日

2008年!

あけましておめでとうございます。
と言っても、もう1月も半ば…。本当に早い…。この調子では、またあっという間に大晦日だ…。

ご挨拶が遅くなってしまいましたが、本年もよろしくお願いいたします。
今年もあちこち出かけていきますので、見かけたら気軽に声をかけてください。

今年の目標は
              「打倒!メタボ!!」

   
さて、明日から中国に行ってきます。
寒いんだろうな縲怐Aきっと。
また食べちゃうんだろうな…たぶん(確信犯)。

2007年12月28日

仕事納め

今日が今年の仕事の最終日です。

今年もいろいろな場所に行って、様々な方との出会いがありました。
この歳になっての初体験のことや、ビックリすることやもたくさんありました。
お世話になったみなさん、ありがとうございました。
来年も好奇心をいっぱい抱えて、あちこちに出没したいと思っています。
どうぞよろしくお願いいたします。

またこの「ひとりごと」も、こんなボチボチペースで続いていくと思いますが、あきれずおつきあいください。

それでは… 良い年をお迎えください。

2007年12月17日

今年も…

あと半月という時期にきてしまいました。私の一年はワープの連続のようです。

さて、先月の佐賀県、大山小学校で今年の科学実験キャラバンも無事に終了しました。佐賀県は初めて行ったので、いろいろ興味深かったです。学校のお子さんたちも元気よく、楽しく終えることができました。

071120キャラバン佐賀-02.jpg 071120キャラバン佐賀-01.jpg 071120キャラバン佐賀-03.jpg
071120キャラバン佐賀-post.jpg なつかしいポスト

キャラバンに申し込んでいただいた学校の皆さん、ありがとうございました。お伺いした学校の皆さん、お世話になりました。
今は、キャラバンと同時並行で始まった「大田区おもしろ理科教室」と、今回もご依頼をいただいた文科省の「その道の達人プロジェクト」であちこちに出没しています。

「大田区おもしろ理科教室」は大田区教育委員会の企画で、大学関係者や地元企業の技術者などが、区内の小学校で理科の授業を支援するというものです。学研科学創造研究所もこの趣旨に賛同し参加することとなり、大田区内の小学校にお伺いしています。

「その道の達人」の方は、今回、前半が中学校、後半が小学校になり、中学校の授業は先日で終わりました。

中学校の授業というのはかなり緊張します。「空気には重さがあると思いますか?」とか「音はどうして伝わるのでしょうか?」とか聞いても、「けっ」なんて言われて冷たい空気が流れるんじゃないか…。身体は大きい方なのですが、これで結構気が小さかったりします。大人になれば、それなりに大人の「配慮」や「対応」というものが期待できますが、中学生あたりの年代が一番難しい。しっかり自我が芽生えていますし、反抗期の入り口で押さえ方が身についていないし、その上かなり正直だったりします。だから始まる前には「つっまんねぇ~よ~」とか言われて出て行かれたら、立ち直れないなぁ…などとビビっていたりします。でも、今までそんな事態に陥ったことはないんですけどね(笑)
今回伺った中学校にもょっと斜に構えた生徒もいましたが、そういう子を前に呼んで実験を手伝ってもらうと、照れながらもちゃんとやってくれますし、他の生徒さんたちも盛り上がります。

正月早々には板橋教育科学館で、ロボットを使ったイベントを行います。
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このロボットは、先月末に学研の科学のタマゴサイエンストイから発売された「コロボット」というロボットで、別名「ジタバタロボット」。まあ、よく転けるんです。でも、転けても転けても、果敢に立ち上がります!その姿はユーモラスでもあり、健気でもあり。一度みてみてください。
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http://kids.gakken.co.jp/kagaku/tamago/

2007年10月26日

みちのく…

すっかり秋風が立ってしまいました。

そして、今年も学研科学実験キャラバンが始まっています。
今年中に全国を回りきる厳しい日程ですが、スタッフ一同、より多くの子どもたちに科学の楽しさを知ってもらおうと張り切っています。

10月の16日は新潟県の上越市に行ってきました。
上越地震の後ですので少し心配でしたが、私たちが伺った直江津周辺は、揺れはひどかったものの、それほどの被害はなかったとのことでした。
しか縲怩オ、ここでアクシデント発生!!キャラバン史上最強で最大のピンチでしたが(恥ずかしいのでアクシデント内容は秘密)、上越の方々のご協力と暖かい気持ちでなんとか乗り切ることができました。お世話になったみなさん、本当にありがとうございました。
ピンチを乗り切った後の講演は、より気合いが入ってしまい、予定時間を大きくオーバー。参加してくれたのは全校生徒のみなさんで、低学年の生徒も多かったのですが、最後まで集中して参加してくれました。

次の日は、山形県酒田市。上越市の講演が終わってから、酒田市まで約5時間の列車移動。久しぶりにこんなに長い時間列車に乗りました。このところ列車に乗ると言っても、大阪まで新幹線にのる2時間半程度が一番長い状態でしたから、これはなかなかの長旅でした。列車の中で駅弁食べて、デザート食べて、食後の睡眠を取ってもまだ着かない…(笑)。酒田に入ったのは、危うく次の日になってしまうちょっと手前でした。
酒田も子どもたちは午前中が持久走の記録会だったので、午後の講演の時は疲れているのかな…とちょっと心配しました。が、そんな心配は無用でした。みんな元気で、積極的に参加してくれました。

私たちはもちろん、おもしろいものを…と思って講演をする訳ですが、子どもたちや聞いてくださる方たちの反応で、より面白さが増すのです。毎回、参加していただいた皆さんへの感謝の気持ちでいっぱいになります。

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かなりハードな新潟~山形の旅でしたが、最後、酒田の講演後に出発まで少し時間に余裕ができたので、近くの「山居倉庫(さんきょそうこ)」というところへ行きました。ここは今、JR東日本の「大人の休日倶楽部」というキャンペーンで吉永小百合さんがポスターを撮った場所だと伺い、そりゃ行かない訳にはいかないと…(基本、ミーハーなので)。

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山居倉庫は明治時代、「酒田米穀取引所」の付帯施設として作られた倉庫群です。明治で時が止まってしまったような倉庫の佇まいと、防風林の大きなケヤキの並木。ここは、NHK朝の連続テレビ小説「おしん」の撮影が行われたところとしても有名です。船着き場に直結し、米の荷下ろしや荷積みができるようになっています。その枯れた趣の中、黄色いフォークリフトだけが現代の象徴のように動いていました。そう、この倉庫はまだ現役で活躍しているのです。私も息の長い人生を送りたいな…。そのためには……………。はい、頑張ります(笑)。

さて、次に行くのは…??

2007年04月19日

ワクワク

ここのところ、このページで何回か紹介してきた中部電力さんのイベントが春休み中で終了しました。
子どもたちに巻いてもらったコイルも含め、約20mのレールが完成。今までのレールが8mでしたから、約2.5倍の長さになったわけです。実際にレールを繋いでみると、数字以上に長く感じました。次回は、円軌道にしてみたいですね。もちろん、円軌道にするためには多くの壁がありますが、その壁を乗り越えるのも楽しいものです。円軌道を走るリニアモーターカーを想像するとワクワクしてきませんか?リニアモーターカーも新車になって、今までより1回りほど大きく、デザインも一新、洗練された雰囲気になりました。たいした故障もなく、三日間の走行を無事に終えることができ、1000人近い子どもたちに試乗体験してもらえました。いらしてくださったみなさん、ありがとうございました。

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さて4月から、学研科学創造研究所は板橋区立教育科学館の運営に参加することになりました。まだ具体的には発表できませんが、いろいろな企画が進行中です。
科学館の中をあちこち見て回っていると、ここでこんなことができたら…とか、あそこは子どもだったら何人ぐらい入れるかな?とか、夢はどんどん広がっていきます。科学館の一番の目玉施設「プラネタリウム」も、真っ暗な空間が作れるという特色を活かして「プラネタリウム」以外の活用がいろいろ考えられます。考えるだけでワクワクです。皆さんからのアイデアも募集しようと思っていますので、そのときはよろしくお願いいたします。

2007年03月23日

一大巨編

今回は、先日岐阜~名古屋方面で行ったイベントの様子を、フォトストーリー風に(?)綴ってみます。

070326-01.jpg 会場までのタクシー

070326-02.jpg 細かいものが多いので準備が大変

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磁石と磁力線、電磁石などをメインに実験講演を行いました。

070326-07.jpg ホッと一息…

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…する間もなく、この日中に次の会場の設営をしなければならないので、必死で撤収!

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次の会場に着いて、早速準備。夜はどんどんふけていきます。

070326-12.jpg  そして、やっと深夜にうどん。おいしい…(涙)。



070326-13.jpg さあ、今日もがんばろ~!

070326-14.jpg 準備はOK。出番前は、今でも少しドキドキします…。

070326-15.jpg  070326-16.jpg 

何度やっても、毎回いろいろな驚きや発見があって、新鮮な気持ちになります。

070326-17.jpg 合間には取材も…

070326-18.jpg 2時間2回講演の間の休憩時間。ちょっと脱力。

070326-19.jpg 気合いを入れ直して、準備は万端。

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今回のイベントの大きな目的は、自分たちの乗るリニアモーターカーのコイルを、自分たちで巻いてもらうこと。だいたい一巻き300回で、一人50回ずつくらい交代で巻いていくのですが、150回くらいを過ぎると、本体が重くなってきて大変です。それでも子どもたちは、きっちり丁寧に巻いてくれました。

070326-23.jpg  巻き上がったコイル。

070326-24.jpg  このようにレールの側面に取り付けられます。

070326-25.jpg  今日も楽しく頑張れました。自分にご褒美…おつかれ乾杯。


2006年08月14日

暑中お見舞い申し上げます

怒濤の講演ラッシュが一段落しました。曜日の感覚がなくなるほどの目まぐるしさで、気がつけば8月も中旬にさしかかっていました。

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その一段落直前の講演は、大手町・丸の内・有楽町の3地区が合同で主催した、「夏休み!エコキッズ探検隊」という、環境を中心に据えたイベントの一環として行いました。場所は大手町の「カフェ」。おしゃれでしょ?カフェですよ、カフェ(笑)。オフィス街の真ん中、巨大なオフィスビルの1階にあるカフェ。広い店内には、ゆったりとテーブルが配置され、緑がふんだんに配されて、さながらオフィス街のオアシスです。入口には「全面禁煙」の札が掲げられていましたが、この頃この文字に引かなくなった自分が誇らしい…。カフェの中に中庭のようなスペースや温室があり、壁面には果実酒がズラッと並び、メニューも体に良さそうなものばかりでした。
ランチタイムの営業のあと、テーブルを並べ替えてセッティングしました。この日は台風がまっすぐ関東地方に向かっていて、昼頃には上陸するという予報が出ていたので、申し込まれた親子の何組が来られるか心配しましたが、なんと!欠席者なし。申し込まれた全員がいらしてくださいました。ありがとうございました。

この日の講演内容は、大手町でも行われている「打ち水大作戦」でも利用されている気化熱や融解熱、浄化実験やリサイクルなど、イベントの趣旨に沿った環境系でした。キャラバン講演などと少し違って、それぞれのテーブルで子どもたちに実際に実験をしてもらいながら進めました。細長いスペースで、後ろの方はちょっと見にくかったかな?と終わってから少し反省しましたが、あちこちから小さな歓声が上がるたびにうれしくなりました。

ホールやイベントスペースで行う講演は、そういう目的の場所なのでやりやすいですが、このようなカフェなどで行うと、実験講演はある程度の場所さえあればどこでもできるなと改めて思います。これからも、お呼びがかかればカフェでも居酒屋でも温泉でもどこでも行きます(後半はちょっと公私混同…)。

さて、何年かぶりに夏休みをいただきます。社会復帰できる程度にボーッと過ごそうと思っています。みなさんも良い夏を…。

2006年06月02日

健全なる肉体に健全なる…

その後、無事に禁煙継続中の湯本です。

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私がデカイわけではありません。
パソコンが小さいのです。念のため。


このところは、会社にいる時間が珍しく多いです。
と言っても、会議→来客→溜まったデスクワーク(デスクの上は書類の地層が崩壊寸前)→会議→会議→伝票の山(去年の領収書なんて今更どうするんだ!)…と追いまくられて、落ち着けるところまでは行っていません。こういう状態のときは、やっぱりタバコが欲しくなるんですよね。
この間は、「やばい!吸ってしまった!」と真っ青になった…夢を見て飛び起きました。食事に行って、隣のテーブルの煙にフラフラと吸い寄せられそうになりました。

こんな状態の時に、「タバコを吸う湯本編集長の写真」を撮影するという、悪魔のようなオファーがありました。口の中に煙を入れるだけで良いからと言うことだったのですが、「やばいな縲怩アれでまた一気に戻ってしまうのかな?」と腰が引け気味。しかし、久しぶりに口の中に入れた煙はいがらっぽく、すごくまずくてビックリしました。あれだけ「吸えたらいいな縲怐vと思い続けてきたのに。これなら禁煙できそうです。

禁煙ガムを買いに行く薬局のおばちゃん曰く、禁煙1ヶ月で血がきれいになり、3ヶ月で肺がきれいになるとか。これですっかり健康体湯本のできあがりです。

あとはダイエットに挑戦!………してみようかな………と、思ったり思わなかったり………

2006年05月23日

依存症

福岡講演の当日はよく晴れ、怖いほど深い青空が広がりました。無事に講演も終え、スーパー銭湯に入って、身も心もユルユルになって帰ってきました。行きも帰りも着陸前の30分、結構シェイクされた………みたいです。私は爆睡でよくわかりません。飛行機ってどうしてあんなによく眠れるのでしょうか?

さて、話変わって…
ただいま、なんと、禁煙中です!(超自慢)
きっかけは…実は否応なく、です。4月にアメリカ・台湾と出張が続きましたが、アメリカも台湾もあまり煙草を吸うところがない。吸いたくても吸う場所にたどりつくには、かなりの努力が必要なのです。夜中のホテルでやっと1縲鰀2本。そこで実質的な「節煙モード」に入りました。台湾から帰ってきて、「吸いたいのに吸えないというストレスの方が、まったく吸わないストレスよりシンドイのではないか?」と言う“論理”に思い至り「このまま止めてみよう」と、なし崩しで禁煙体制に入りました。

禁断症状で脂汗が出るとか、イライラして人に当たりたくなるとかよく聞きますが、そういう症状は出ていません。会議が続いたり、苦手な伝票が山になっていたりすると、無意識に煙草を探してしまうくらいです。対策は禁煙ガムと普通のガム、飴やチョコレートなどのお菓子類の連続技。おかげで夜になると顎がだるくなります。カロリーも摂りすぎの気がします…。

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親友たち

そしてかれこれ一ヶ月が経とうとしています。一番の山場は1縲鰀2週間と言うので、このまま喫煙生活にピリオドが打てるでしょうか?一回止めて復煙してしまった前科があるので、一抹の不安はありますが、ここで宣言することによって自分に戒めがかかるのではないかと期待しています。

しかし、煙草を止めた暁には………ガム・飴依存症になっているような気がします。     ゆもと

2006年05月20日

雨男

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ただいま、講演の仕事で福岡にきています。ホテルの窓からは、かなりのナイスビューが。これで晴れていたらもっとよかったのですが、台風と鉢合わせする形で福岡入りしたので少し残念。台風は熱帯低気圧に変わったものの、変わりやすい天候に傘は手放せません。

それにしても講演に出かけるたびに、天気が荒れるのはなぜ?
1月の日本未来科学館の講演の時は、東京は何年かぶりの大雪だったし、米子に行けば季節はずれの超ど級の低気圧に当たり、沖縄に行けばスコールの連続、札幌に行けばまた雪、そして今回は台風、それも記念すべき今年第一号の台風。これは私の行いの問題なのか、私のパワーが何か違うものを呼んでしまうのか…。
明日の講演本番は天気が回復するようです。たくさんの人が見に来てくださるとよいのですが。

                                       嵐を呼ぶ男in福岡

2006年05月15日

発掘

ゴールデンウィークはいかがお過ごしでしたか?
私は久しぶりに、本当に久しぶりに続けて家にいることができました。寝るだけ寝ました。軽く頭痛がするくらい寝ました。幸せでした。

そしてこれまた久しぶりに、ゆっくり骨董市巡りができました。
今回の収穫物は、リンゴの皮むき器、恐竜の頭骨レプリカ、ポータブル蓄音機。

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リンゴの皮むき器
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恐竜の頭骨レプリカ
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ポータブル蓄音機

リンゴの皮むき器は、真ん中のフォーク状のところにリンゴの中心を刺して、刃を当て、ハンドルをぐるぐる回して皮をむきます。皮をむき終わると、レバーがリンゴを押してフォークから自動的に抜いてくれます。アメリカ製で1880年頃のもののようです。
恐竜の頭骨レプリカは、嘘か本当かわかりませんが、4000個作られたうちの1965番目のナンバリングがあります。かなり精巧に作られていて、見ているだけで和みます。
そして一番の掘り出し物は、蓄音機。1930年くらいのアメリカ製。ゼンマイを巻いて動かします。厚紙で作った笠のような形のものを、ピックアップの上にセットします。針がレコード盤から振動を拾うと、厚紙の笠が音を増幅してくれるのです。手元にあった「赤い靴」のSP盤をかけてみました。「赤い靴~は~いてたぁ~女の子~異~人さんに連~れられて~…」哀愁を帯びた歌声が、紙の笠からわき上がりました。今のデジタルでは絶対に出せない、感情のあるような音でした。ちなみに、小美濃研究員は「異~人さんに連~れられて~…」をずっと「いいじいさん(=良い爺さん)に連れられて」行っちゃったと思っていたそうです。おいおい…それじゃずいぶんと幸せな歌だ。

閑話休題…

掘り出し物を見つけたときはもちろんうれしいですが、古い歴史をまとった物たちの間を、どんな時代にどんな人が使ったのかな…と思いながらブラブラするだけで、日頃のストレスが飛んでいきました。
ゆもと

2006年04月27日

科学技術ジャーナリズム

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エジソン式コップ蓄音機の実演

4月21日、早稲田大学で行われた「理系白書シンポジウム」にパネリストの一人として参加してきました。これは「第1回MAJESTyセミナー」という早稲田大学科学技術ジャーナリスト養成プログラムの一環として行われたイベントです。

1部は「バカの壁」でも有名な、養老孟司先生の基調講演『科学技術ジャーナリストに求められるもの』でした。会場は満席で熱気に溢れていました。興味深いお話の内容は後日毎日新聞に詳しく掲載される予定ですので割愛させて頂きますが、なによりもそのパワフルさに驚かされました。登場するや否や、演壇のマイクをスタンドから外し、演壇の前へ。ハンドマイク片手に身振り手振りも大きく歩き回り、独特のユーモアを交えて1時間以上の講演。このところヘタレ気味な自分に活を入れられた感じです。

養老先生の講演後、休憩を挟んで私の参加する第2部「理系白書シンポジウム」です。ここでザザーッと帰られたら辛いな…と思っていたのですが、多くの方々が残って頂き嬉しかったです。

パネリストとして参加したのは、西村吉雄さん(早稲田大学教授、元日経エレクトロニクス編集長)、松本俊博さん(NHK科学環境番組部チーフプロデューサー)、元村有希子さん(毎日新聞科学環境部記者、「理系白書」ブログ管理人)、横山広美さん(サイエンスライター、総合研究大学院大学上級研究員)、そして湯本の5名です。それぞれ自分の仕事の内容や今までの道のり、科学技術への携わり方、ジャーナリストとしての取り組みなどを一人15分ほどの持ち時間で話しました。

私は科学のふろくとの出会い、学研への入社から大人の科学を作るまでの過程、科学実験を通して感じる子どもと理科との関係などを、実験を交えながら話しました。前日からしっかり準備とリハーサルをし、15分ピッタリの予定でした…が…後から聞けば大幅にオーバー。のってくると時間の観念がなくなる癖がここでも出てしまいました。申し訳ない…。終了後に名刺交換をさせて頂いた方たちに「面白かったです」と言って頂けたのが救いです。

最後は司会の瀬川至朗さん(毎日新聞科学環境部長)を交えて、パネルディスカッションと会場からの質問に答えるコーナー。これらの詳細も後日の毎日新聞をお読み頂きたいと思います。

科学ジャーナリズムやジャーナリストに関する皆さんのご意見を聞きながら、自分は「科学・技術・ジャーナリスト」なのだろうか?という根本的な疑問が沸々と…。確かに出版社というマスコミ業界に席を置き、科学に関係する本や品物を作っている訳ですが、果たして「ジャーナリスト」と呼んで良いのかどうか。
ま、難しい定義やカテゴリーはわかりませんが、これからも科学の驚きや面白さを「伝える人」でいよう、と思い直した春の夜でした。

(アメリカ視察の話は、後日別のページでまとめてご紹介します。また、今回のシンポジウムの毎日新聞への掲載日が決まりましたら、What's Newでお知らせします。)

2006年04月03日

海を越えて

サンピアザ1.jpg サンピアザ2.jpg 台湾公演ポスター.jpg

このところ、移動の激しいゆもとです。

先日は、北海道で実験講演をしてきました。東京は桜開花情報もちらちら聞こえるというのに、朝方にはうっすらと雪が。さすが日本列島、縦に長いです。そんな天候にもかかわらず、多くの人に集まって頂きました。場所は新札幌にできたショッピングセンターのイベント広場。3階まで吹き抜けの大きなスペースで、行く前まではどうなることか?と思っていましたが、実験が始まるとお客さんの目は釘付け。エジソン式コップ蓄音機では、大人の方々から「おぉ~」と感嘆の声が上がり、かなり気持ちよく進めることができました。集まって頂いた方々、ありがとうございました。

そしてこれからアメリカに行ってきます!(多少、自慢げです)
主に西海岸で、科学関係の施設や団体の視察をし、科学に携わっている方々との交流を深めてきます。このところ、講演やイベント、商品の企画など、自分の中から絞り出すことが多い毎日だったので、この辺りで色々なことをたくさん吸収し、頭の栄養をつけてこようと思います。人間、たまには充電が必要です。あ、身体の栄養補給はほどほどにしてきます…。

アメリカから帰ると、息つく暇なく今度は台湾です。

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2006年03月08日

撮影は大変…

ブログ用写真.jpg実験写真ファラデーモーター.jpg
先日、このHPのコーナー「セレンディピティーの達人たち」の実験の撮影と、私自身の写真を撮影をしました。

まず、「セレンディピティーの達人たち」の実験のビデオ撮影。
これは佐藤研究員とともに前日から準備し、用意万端抜かりなし!のはずでした。しかし…いざ撮影となるとこれがうまく行かない。電池と磁石とアルミホイルを握って悪戦苦闘。昨日までクルクル回っていたのに、ピクッと揺れただけでウンともスンとも動かない。ブルッと身震いしたと思ったら、パッタリ止まる。ビデオはその前の説明から流して撮っていきますから、「はい、では回してみましょう」「し~~~ん………」はかなり辛い。背中に嫌な汗が伝います。カメラマンの人にも悪くて、もう笑って誤魔化すしかない状態。気持ちを落ち着かせ、よく見てみると、回転軸と接点に使っている画鋲が、昨日のテストで使った物と違うことに気が付きました。試しに紙ヤスリで画鋲の先をコリコリ擦って、再度乗せてみると…さっきまでの息絶え絶えの状態から、一気に元気いっぱい、グングン回り出しました。わかってみれば、画鋲に錆があって通電していなかったという単純なことでした。「こんなピカピカな画鋲が錆びているはずがない」という思い込みが、その単純な理由に行き着くのを阻んでいたのです。こういう思い込みは、実験をして行く上で良くある、そして挫折を招く落とし穴だと言うことを再認識しました。

悪戦苦闘の5時間が過ぎ、一息入れてから今度は私自身の撮影です。
これがもう、実験以上の難関でした。今度は笑えない…。
照明を当てられ、バックペーパーの上に一人で立たされただけで緊張するのに、「右足半歩前」「手は肩の位置」「顎引いて」「左膝曲げない」と、矢継ぎ早のカメラマンの指示。自分の体がどうなっているのか、右手がどっちで、左足がどこについているかもわからなくなってきます。そして最後に「はい、笑って!!」いや笑えないって。自分の顔の筋肉がヒクヒクしているのがわかります。なんとかあっちこっちの筋肉を動かしてみるのですが、自分でも「笑う」より「引きつってる」に近いだろうなと思い、「笑う」というのはどういうことか?などと、妙に哲学的に悩み始めてしまったり…。撮影は30分くらいだったのですが、フルマラソン完走したような(挑戦したこともありませんが…)脱力感でした。

奮闘の末の実験映像を公開していますので是非見てください。私の写真は…どこかで引きつった笑顔を見たら、「これかな?」と思ってください。

2006年01月24日

科学の芽

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1月22日、お台場の日本未来科学館で公演をしてきました。これは、昨年の夏から全国を巡った「学研科学実験キャラバン」の大トリ公演でした。

前日の土曜日は、1月の積雪は5年ぶりという大雪で、東京の街はすっかり雪化粧、交通機関には大きな影響が出ていました。雪は嫌いではありませんが、こういうときは恨めしいものです。

当日もどんよりと雲が厚くスッキリしません。駅から館への道は見事なアイススケート場になっていて、吹き付ける海風の中で転ばないようにバランスを取りつつ、お客さんは無事に来られるのだろうか…と心配でした。
リハーサルが終わる頃に、スタッフの方から「もう並んでいらっしゃる方が…」という嬉しいお知らせが入り、俄然、力が湧いてきます。

公演は、「空気」と「音」の実験を軸に約70分………の予定でした。何度も同じ実験をし、同じ内容をしゃべっているようで、実際に始めてみると「こういう風に言った方が良いかな?」とか「こういうことも話した方がわかりやすいかな?」とか色々思いついてしまい、いつもオーバー気味です。

子どもたちのキラキラした目の輝きや驚きの声に軽く満足感を覚え、知識欲旺盛な子の鋭い突っ込みや、元気よくステージに上がったのに急に貝になってしまった子に冷や汗をかき、慣れ親しんだ実験なのに何故かうまく行かなくて頭の中が真っ白になったり…。
改めて「実演は生ものだ」と感じました。だからこそ、実演は面白いのです。

お父さんやお母さんに一生懸命にしゃべりかけながら帰って行く子どもたちの後ろ姿に、「この子たちの中にも、科学の芽が芽生えたかな?」と。これくらいの自己満足は許されますよね。

3回公演を終えて外に出ると、すっかり雲の去った空には冴え冴えとした星。この日のビールが美味しかったことは言うまでもありません。

                                   ゆもと

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