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県名の由来神武天皇の
宮居,または
奈古神社の前に広がる地,
宮前が転化して
宮崎となったといわれている。この
宮崎郡に
県庁がおかれたのが,県名のおこりである。
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県庁所在地 宮崎市●
県の面積 7735km
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県の人口 115万人
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県の代表的な伝統工芸品と祭り〔伝統工芸品〕 ○本場
大島つむぎ
〔祭り〕 ○
高千穂夜神楽(
高千穂町,11月22日〜2月)
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位置・地形・気候宮崎県は九州の南東部に
位置し,東は
日向灘(太平洋)に面している。北部と西部には
九州山地がそびえ,南西には
霧島火山帯があって,
鹿児島県との
境をつくる。
これらの山地が県の
面積の
約80%をしめ,平地は,県の中部から南部にかけての
日向灘ぞいに広がる
宮崎平野と,南西部の
内陸部にある
小林盆地と
都城盆地くらいである。
五ヶ瀬川・
一ツ瀬川・
大淀川など,川は西の山地から東に流れ,
日向灘に注ぐ。
気候は,
黒潮の
影響を受けて
温暖で,年間を通して
日照時間も長い。南部の
日南海岸では,バナナ・ソテツなどの
亜熱帯植物がしげっている。
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歴史宮崎県は,古代にはヒムカの国とよばれていた。東に向かって開け,海からのぼる太陽を受ける意味で,そこから
日向国となったといわれる。日本の国づくりの神話が多く
伝わる
地域で,
西都市には,5〜6
世紀ごろの330もの
西都原古墳群がある。
平安時代には,
現在の
大分県にある
宇佐神宮領が多かったが,
鎌倉時代に
島津氏が
守護となり,
室町時代には南部に
伊東氏が
勢力をふるった。
江戸時代にはいくつもの
小藩と
幕府の
直轄領に分けられた。
明治の
初めの
廃藩置県で
宮崎県が
誕生,一時
鹿児島県に
併合されたが,1883(
明治16)年に
分離して,
現在の
宮崎県が
成立した。
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産業宮崎県の第1次
産業に
従事する人口の
割合は
約13%(うち農業が
約12%)で,九州地方で
最も
割合が大きく,農業県の
性格が強い。
宮崎県の農業
生産額は全国6
位で,九州では,
鹿児島県につぐ(2004年)。農業の中心は,
宮崎平野での
野菜の
施設栽培と,
都城盆地や
えびの高原での
畜産である。
宮崎県の肉用牛の
飼育数は,
北海道,
鹿児島についで全国3
位,
豚と
ブロイラーも,
鹿児島についで全国2
位であり,
鹿児島とならぶ
畜産県となっている(2005年)。
畜産の
生産額は農業
生産額の半分以上をしめる。
工業は,化学工業が
延岡市で,
食料品工業が
日向市でさかんである。近年,IC工場が
日向市や
宮崎市に進出し,その
生産額もふえてきた。
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促成栽培の先進地宮崎県新鮮さをもとめられる
野菜は,もともと
消費地の近くで
生産されていた。また,
以前は,寒い冬につくることのできる
野菜はかぎられていた。しかし,1970(昭和45)年ごろからの高速道路の
整備や長
距離フェリーの
就航は,
野菜の長
距離輸送を
可能にし,冬もあたたかい
宮崎県では,
野菜の
促成栽培が急速に広まっていった。
最初は,
野菜栽培は,台風の
被害をさけるために早づくりされた米の
裏作として行われたが,
輸送条件がととのうにつれて,ビニルハウスなどの
施設がどんどんふやされ,真冬には,ハウス内を
暖房して
栽培されるようになった。
こうして,
宮崎県は夏
野菜を冬につくって出荷する
促成栽培の
代表的な
産地となった。おもなものはピーマン・キュウリ・トマトなどで,11月ごろから5月ごろまで出荷する。出荷先は,
京阪神や
京浜地方をはじめ全国
各地におよび,遠く
北海道にも送られている。
現在,
宮崎県のピーマン
生産量は全国の
約5分の1をしめて第1
位,キュウリも第2
位である(2004年)。