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人類に役立つ研究や活動をした人におくられるノーベル賞。世界で最も価値があるといわれるこの賞に、2008年は日本人の研究者が4人も選ばれた。ノーベル賞はどのような賞なのか、調べてみよう。また、これまでにどんな人が受賞したのだろう。 |
世界中の人々がたたえる最高の賞
ノーベル賞には、物理学賞、化学賞、生理学・医学賞、文学賞、平和賞、経済学賞の6つの部門があり、それぞれ毎年1回、各部門3人までにノーベル賞がおくられている。ノーベル賞がおくられるのは、各部門で、人類のためになる偉大な発明や発見をしたり、すぐれた作品をつくりだしたりした人たちだ。受賞者がどのように決まるかは公表されていないが、専門の選考委員が、あらゆる研究や作品の中から、最もふさわしいものを選ぶといわれている。中には、何十年も前の研究に対しておくられることもある。また、受賞するまでは、ほとんど知られていなかった人もいる。受賞者が発表されるのは、毎年10月で、受賞者には電話で知らされる。また、12月の授賞式で、メダルと賞状、そして約1億円もの賞金がわたされる(同じ部門で2人以上受賞した場合は分ける)。
平和を望む気持ちから誕生したノーベル賞
では、ノーベル賞は、いつ、どのように始まったのだろう。ノーベル賞のノーベルというのは人の名前で、スウェーデンの科学者、アルフレッド・ノーベルのこと。ノーベルは、ダイナマイトを発明した人だ。ノーベルが発明したダイナマイトは、それまで使われていた火薬や爆薬より安全で、爆発力も強く、土木工事などがそれまでより簡単にできるようになった。だが、ダイナマイトの材料であるニトログリセリンは爆発しやすかったため、ダイナマイトを発明するまでに、ノーベルの弟や、多くの人が事故で亡くなってしまった。また、ダイナマイトは戦争でも使われ、たくさんの命をうばってしまった。自分の発明のために、多くの人が亡くなったことを悲しんだノーベルは、ダイナマイトの発明で得たぼう大なお金を、平和や科学の発展に使いたいと考え、死ぬ前に、そのお金をもとにして、世界の人々に役立つ研究や活動をした人に賞としておくるよう言いのこした。第1回のノーベル賞は、ノーベルが亡くなって5年後の1901年におくられた。また、ノーベル賞の授賞式は、毎年12月10日の午後4時30分から行われているが、これはノーベルが亡くなったのと同じ日、同じ時間だ。
みんなも知っている有名人も受賞者
20世紀の初めの年から100年以上続いているノーベル賞。ノーベル賞の受賞者に選ばれる人は国や宗教、人種はまったく関係ないとされ、これまでにさまざまな人たちが受賞している。
1901年の第1回には、レントゲンに使われるX線を発見したドイツの物理学者ビルヘルム・レントゲンが物理学賞に選ばれた。レントゲンは、現在も病院でのレントゲン撮影や空港での荷物検査にも使用されている。
フランスのマリー・キュリーは、1903年に夫のピエールとともに放射能の研究により、物理学賞を受賞した。その後、ピエールが事故で亡くなった後も研究を続けたマリーは、光(放射線)を出すラジウムという物質を発見し、1911年には化学賞を受賞した。マリーは、女性で初めての受賞者であることに加え、初めて2度の受賞をした人でもある。ラジウムの発見により、がん細胞などの悪い細胞を殺す放射線治療ができるようになった。
1905年には、ドイツの細菌学者ロベルト・コッホが結核菌の発見と治療方法の研究によって、生理学・医学賞を受賞した。そのころは、結核菌が人間の体内に入って起こる結核という病気で、たくさんの人が亡くなっていた。それまで、細菌が人から人へうつることで病気が広まることがわかっていなかった。だが、コッホが結核菌を発見したことでそれがわかり、結核の治療や予防の研究につながった。
1921年には、ドイツ生まれの物理学者、アルベルト・アインシュタインが物理学賞を受賞した。アインシュタインが発表した相対性理論は、物理学を大きく変え、原子力利用を実現させるものになった(受賞したのは別の研究による)。
日本人で初めて受賞した湯川秀樹博士
日本人で初めてノーベル賞を受賞したのは、湯川秀樹博士で、1949年のことだった。受賞の理由は、1934年に発表した「中間子論」というものだった。すべての物質をつくっている目に見えないほど小さな原子、その中心にある原子核は、陽子と中性子でできている。湯川博士は、それまでわかっていなかった陽子と中性子をつないでいる物質を、中間子だということを予測したのだ。
その後、科学の分野では、朝永振一郎博士、江崎玲於奈博士、利根川進博士などが受賞している。
2008年に誕生した日本人のノーベル賞受賞者
2008年、南部陽一郎博士(国籍はアメリカ)、小林誠博士、益川敏英博士が物理学賞を、下村脩博士が化学賞と、同時に4人の日本人がノーベル賞を受賞した。これで日本人のノーベル賞受賞者は16人になった。
2008年にノーベル物理学賞を受賞した3名。左から、南部陽一郎博士、小林誠博士、益川敏英博士。
提供:高エネルギー加速器研究機構
2008年にノーベル化学賞を受賞した下村脩博士。
提供:長崎大学
ノーベル賞を受賞した日本人(2008年まで)。赤わくは、科学の分野。南部陽一郎はアメリカ国籍。
物理学賞の3人の博士は、素粒子の研究によって受賞した。素粒子というのは、わたしたちの身の回りの物質をつくっている、最も小さなつぶだ。
化学賞の下村脩博士は、刺激を受けると、かさのふちが緑色に光るオワンクラゲから、緑色に光る蛍光たんぱく質を発見し、取り出すことにも成功した。この蛍光たんぱく質をがん細胞に組みこむと、がん細胞が緑色の光を放つようになり、体の中での動きを観察できる。蛍光たんぱく質は、生物の体の中で起きる現象を研究する生命科学の分野で、なくてはならないものになっている、重要な発見だった。
下村博士が緑色蛍光タンパク質を発見したオワンクラゲ。
提供:鶴岡市立加茂水族館
最高の賞といわれるノーベル賞を受賞するには、絶え間ない努力やしんぼう強さ、ひらめきなどが必要だろう。きみも、いつかノーベル賞を受賞することを夢に見て、科学の研究をしてみてはどうだろう。
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[ニューワイド学研の図鑑] 発明・発見 監修:雀部晶 人類の発明や発見の歴史をまとめた図鑑。ノーベル賞をのこしたノーベルのほか、キュリー夫妻、湯川秀樹など、ノーベル賞受賞者の発明や発見もよくわかる一冊。 |
2008年に物理学賞を受賞した小林誠博士が所属する高エネルギー加速器研究機構のサイト。素粒子や加速器などについて学ぶことができる。
大阪市立科学館南部陽一郎先生がノーベル賞を受賞した研究を示す装置が展示してある科学館のサイト。2005年に南部先生が来館したときの様子も紹介されているよ。
2008年に化学賞を受賞した下村脩先生が、緑色蛍光タンパク質を発見したオワンクラゲが展示されている。サイト上でオワンクラゲの動画が公開されているよ。
ノーベル賞100周年記念展国立科学博物館
過去に国立科学博物館で開催された「ノーベル賞100周年記念展」のサイト。ノーベル賞の選考や授賞のしくみや、授賞式のようすが写真とともに紹介されている。



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