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| 正岡子規は病にたおれる直前まで野球に熱中していたらしいんだけど、じつは、野球をやっていた俳人は正岡子規だけじゃないんだ。子規をとりまく人たちも野球に親しんでいたんだよ。 |
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| 子規の松山中学の8年後輩に河東碧梧桐という人がいるんだ。かれは明治22年(1889)夏に、松山に帰省した子規からベースボールを教わったのがきっかけで親しくなり、さらに翌年、河東碧梧桐は同級生の高浜虚子をベースボールにさそう。2人は野球を通じて子規と親しくなり、やがて2人も上京して、子規から俳句を学び、のちに有名な俳人になる。 |
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| 夏目漱石。 |
| (写真提供;松山観光コンベンション) |
しかも、子規は夏目漱石とは東京大学予備門時代の同級生で、漱石に俳句を教えているんだ。そのあと漱石は教師として、たまたま松山中学に赴任して、帰省して病気療養中だった子規の家をたびたびたずねて、いっしょに俳句を詠んだりしてる。
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松山にある「坊ちゃんスタジアム」。 |
| (写真提供;松山観光コンベンション) |
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2002年、正岡子規の野球殿堂入りを記念した「のぼさんの野球大会」で、松山中学の昔のユニフォームを着たプレーヤー。 |
| (写真協力:松山市体育協会) |
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| その漱石の『吾輩は猫である』にも、苦沙弥先生の家に近所の学校からボールが飛んできて大さわぎになる話がのっているんだ。文庫本で10ページくらいにわたって書いてある。語り手のネコは、大砲かなにかの玉が飛んできたと思ったようだね。 |
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| ネコから見れば、野球のボールは大きく見えるから、びっくりだよね。サッカーボールはもっと大きいけどね。 |
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| だから、動物だけじゃなく、まわりにいる人にも気をつけてスポーツをしないとね。でも明治のはじめに日本に入ってきた野球が、いまじゃ、だれもが知っているスポーツになったんだね。スポーツに国境はない、ってことだ。 |
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