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| では最後に質問。はじめにチョコレートを食べた日本人は、だれでしょう。 |
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| たしかに織田信長は宣教師たちを通してヨーロッパ文化にふれていたから、ありえそうだけど、ちがうんだ。ひとつヒントをあげよう。日本チョコレート・ココア協会のホームページを見るとね、『長崎寄合町議事書上控帳』、『長崎聞見録』などに、寛政9年(1797)に長崎で「しょくらあと」というのが飲まれた、とあるそうだ。 |
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| あっ、そうか。まだチョコレートが飲み物の時代だったのね。チョコレートになったのは19世紀半ばっていってましたもんね。 |
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おしい! 正解は岩倉具視という公卿出身の政治家だよ。幕末に調印された不平等条約の条約改正準備などのために、岩倉具視をリーダーとする、岩倉使節団がアメリカを訪問したのちヨーロッパを訪問したんだけど、明治6年(1873)1月21日、岩倉一行はフランスでチョコレート製造場を見学する。
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岩倉使節団。明治4(1871)年11月から明治6年(1873年)9月まで、アメリカとヨーロッパ諸国に派遣された。政府のトップや留学生をふくめて全107名。写真は左から木戸孝允(きどたかよし)、山口尚芳(やまぐちなおよし)、岩倉具視、伊藤博文(いとうひろぶみ)、大久保利通(おおくぼとしみち)。 |
| (無断転載を禁じます。写真提供 大久保利泰(おおくぼとしひろ)氏) |
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カカオ豆を煎って粉末にして砂糖をまぜて型に流しこむ、などチョコレートの製造工程を見学してから、食べさせてもらったようだ。使節団の公式報告書『特命全権大使米欧回覧実記』に「其味香ニシテ、些(=すこし)ノ苦味ヲ帯フ」とあるんだ。 |
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| チョコレートが食べられるようになったのは19世紀半ばだから時期もピッタリだね。 |
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| 彼らは、ほかに「人ノ血液ニ滋養ヲアタヘ、精神ヲ補フアリ」と聞きかじってきているけど、その報告書には、どこにも「おいしかった」とは書かれていない。 |
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