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ニッポンはじめてヒストリー

第十回 チョコレートはじめて物語

目次
  1. バレンタインデー
  2. チョコレートの「はじめて」
  3. 日本ではじめて作られたチョコレート
  4. 日本ではじめてチョコレートを「食べた」人
第十回 チョコレートはじめて物語
写真提供:モロゾフ
 

日本ではじめてチョコレートを「食べた」人

ドクターはじめ

では最後に質問。はじめにチョコレートを食べた日本人は、だれでしょう。
イチロー

だれだろう・・・・・・織田信長おだのぶなが? 時代劇で金平糖こんぺいとうを食べているの、見たことあるけど。
ドクターはじめ

たしかに織田信長は宣教師たちを通してヨーロッパ文化にふれていたから、ありえそうだけど、ちがうんだ。ひとつヒントをあげよう。日本チョコレート・ココア協会のホームページを見るとね、『長崎寄合町議事書上控帳ながさきよりあいちょうぎじかきあげひかえちょう』、『長崎聞見録ながさきぶんけんろく』などに、寛政9年(1797)に長崎で「しょくらあと」というのが飲まれた、とあるそうだ。
イチロー

江戸時代後半だね。
ウノ

あっ、そうか。まだチョコレートが飲み物の時代だったのね。チョコレートになったのは19世紀半ばっていってましたもんね。
ドクターはじめ

戦国時代の終わりに、伊達政宗だてまさむね遣欧使節けんおうしせつとしてメキシコを経由してスペインに行った支倉常長はせくらつねなが一行もココアを口にしたらしいけど、まだ「食べた」わけじゃない。――明治時代になってからだよ。
イチロー

西郷隆盛さいごうたかもり
ドクターはじめ

おしい! 正解は岩倉具視いわくらともみという公卿くぎょう出身の政治家だよ。幕末に調印された不平等条約条約改正準備などのために、岩倉具視をリーダーとする、岩倉使節団がアメリカを訪問したのちヨーロッパを訪問したんだけど、明治6年(1873)1月21日、岩倉一行はフランスでチョコレート製造場を見学する。
岩倉使節団 岩倉使節団。明治4(1871)年11月から明治6年(1873年)9月まで、アメリカとヨーロッパ諸国に派遣された。政府のトップや留学生をふくめて全107名。写真は左から木戸孝允(きどたかよし)、山口尚芳(やまぐちなおよし)、岩倉具視、伊藤博文(いとうひろぶみ)、大久保利通(おおくぼとしみち)。
(無断転載を禁じます。写真提供 大久保利泰(おおくぼとしひろ)氏)  

チョコレートを試食する使節団
カカオ豆をって粉末にして砂糖をまぜて型に流しこむ、などチョコレートの製造工程を見学してから、食べさせてもらったようだ。使節団の公式報告書『特命全権大使米欧回覧実記とくめいぜんけんたいしべいおうかいらんじっき』に「ソノアジコウニシテ、イササカ(=すこし)ノ苦味ヲフ」とあるんだ。
ウノ

チョコレートが食べられるようになったのは19世紀半ばだから時期もピッタリだね。
ドクターはじめ

彼らは、ほかに「人ノ血液ニ滋養ジヨウヲアタヘ、精神ヲオギナフアリ」と聞きかじってきているけど、その報告書には、どこにも「おいしかった」とは書かれていない。
イチロー

とても苦く感じたんだろうね。
  おわり


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