 |
今年2月20日、奈良(なら)国立文化財研究所(こくりつぶんかざいけんきゅうじょ)埋蔵文化財(まいぞうぶんかざい)センターの発表によると、世界最古の木造建築物(もくぞうけんちくぶつ)で、世界遺産(せかいいさん)に登録(とうろく)されている奈良県斑鳩(いかるが)町にある法隆寺の五重塔(ごじゅうのとう)の心柱(しんばしら)が594年に伐採(ばっさい)されたヒノキ材であることが、年輪の幅(はば)のパターンから年代を測(はか)る「年輪年代法」でわかった。
1943~54年の解体修理(かいたいしゅうり)の際(さい)、切り取って保存(ほぞん)していた心柱の一部【直径約80センチ、厚(あつ)さ約10センチ】を今回初めてX線撮影(さつえい)。86年に年輪年代法で調査(ちょうさ)した際にはわからなかった木材の周縁(しゅうへん)部分が、最大3.6センチ確認(かくにん)できた。ヒノキの周縁部分の厚みは通常(つうじょう)、約3センチであることなどから、最も外側の年輪が伐採時の樹皮(じゅひ)直下(ちょっか)のものと判断(はんだん)。また、肉眼(にくがん)ではわからなかった年輪が、新たに3年分確認されたことから、86年の調査時に出していた「591年」に3年分をプラスし、伐採年代を「594年」と断定(だんてい)した。
|
 |

日本書紀によると、法隆寺は670年に炎上(えんじょう)したとされ、かつてこの記述(きじゅつ)の信憑性(しんぴょうせい)をめぐって、現在(げんざい)の法隆寺が7世紀初めごろの創建(そうけん)当時のものであるのか、あるいは8世紀初めごろに再建(さいけん)されたものであるのかという論争がしばしば行われていた。その後、1939年に現在の伽藍(がらん)より古い「若草伽藍跡(わかくさがらんあと)」が発掘(はっくつ)されたことなどから再建説が有力になっていた。
しかし、今回の調査結果(けっか)により、ヒノキ材の伐採直後に現在の五重塔が建立(こんりゅう)されていたとすれば、法隆寺創建の7世紀初めごろの建物となり、定説となっている再建説は見直されることになり、再建論争がふたたび活発になると思われる。
(参考:朝日新聞、毎日新聞、読売新聞ほか)
|
 |