 |
江戸時代(えどじだい)の地理学者・測量家(そくりょうか)、伊能忠敬(いのうただたか)による「大日本沿海輿地(よち)全図」の大図【縮尺(しゅくしゃく)約36000分の1】214枚のうち、206枚の写本がアメリカ合衆国(がっしゅうこく)ワシントンの議会図書館で見つかったことが、2001年7月4日、日本国際地図学会(にほんこくさいちずがっかい)【大竹一彦(おおたけかずひこ)会長】などによって発表された。
伊能忠敬の地図は大きさによって、大図、中図、小図の3種類あり、中図全8枚【約216,000分の1】と小図全3枚【約432,000分の1】は写本がそろっているが、大図の写本はこれまでに約60枚しか発見されていなかった。今回発見された大図には、これまで未発見の約140枚がふくまれている。

|
 |
伊能図(いのうず)の正本は、1873【明治6】年の皇居(こうきょ)の火災(かさい)で焼失している。また、伊能家が政府(せいふ)に貸(か)した副本【控(ひか)え】も1923【大正12】年の関東大震災(かんとうだいしんさい)で焼失している。副本は旧(きゅう)内務省(ないむしょう)や陸海軍により写されており、今回の写本について渡辺(わたなべ)代表理事らは「陸軍が1884【明治17】年から作った『輯製(しゅうせい)二〇万分之一図(にじゅうまんぶんのいちず)』の参考資料(さんこうしりょう)に模写(もしゃ)したもの」ではないかとみているが、なぜアメリカに渡(わた)ったのかはわかっていない。
発見された地図のほとんどは、1枚が畳(たたみ)1枚ほどのうすい和紙に裏打(うらうち)をしたもの。砂浜(すなはま)を黄色、忠敬らが通った道を朱線(しゅせん)で記し、天体観測(てんたいかんそく)で方位や緯度(いど)を測定(そくてい)した地点に星印を記載(きさい)するなど伊能図の特色を備(そな)えている。
この発見によって17年にわたる忠敬の測量(そくりょう)の全容(ぜんよう)がほぼ明らかになった。
(参考:朝日新聞、毎日新聞、読売新聞ほか) |
 |