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弥生(やよい)時代の銅剣(どうけん)958本が発見された。島根県斐川(ひかわ)町の神庭荒神谷遺跡(かんばこうじんだにいせき)の西約(やく)3キロの山あいの斜面(しゃめん)で、弥生時代中期後半(紀元1~2世紀)のものとみられる集落跡(しゅうらくあと)が見つかった。
遺跡の周辺(しゅうへん)では、これまで集落跡(しゅうらくあと)は発見されていなかった。今回発見された集落跡は、神庭荒神谷の銅剣の製作(せいさく)時期とほぼ同時代に当たる。
遺跡が見つかった場所は、斐川中央工業団地(ひかわちゅうおうこうぎょうだんち)を造成(ぞうせい)するにあたって、斐川町教育委員会が今年6月から試掘調査(しくつちょうさ)を行っていたゆるやかな斜面で、約20カ所を試掘したところ、人の手で整地された跡が集中的に約10カ所出土した。
整地跡(せいちあと)には直径30センチ前後、深さ50センチぐらいの柱穴(ちゅうけつ)や狩猟用(しゅりょうよう)の落とし穴(あな)、窯(かま)、竪穴式住居(たてあなしきじゅうきょ)の跡などがあった。近くで見つかった甕(かめ)や壷(つぼ)など数百点の土器の9割(わり)以上が弥生時代中期後半のもので、神庭荒神谷(かんばこうじんたに)から出土した銅剣の製作時期(弥生時代中期の中ごろ~後半)とほぼ重なる。
町教委は「何らかの形で青銅器製造や埋納(まいのう)にかかわった人びとが生活していたのではないか。かなり大きな集落があった可能性(かのうせい)がある」と話している。今月中に公社と協議し、調査(ちょうさ)の範囲(はんい)や進め方を決める。
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神庭荒神谷遺跡からは、84年以降(いこう)、銅剣358本と銅矛(どうほこ)16本、銅鐸(たく)6個(こ)と、国内最多の青銅器(せいどうき)が見つかった。また同遺跡の東南3.5キロの加茂岩倉遺跡(かもいわくらいせき)〈島根県加茂(かも)町〉では国内最多の39個(こ)の銅鐸(どうたく)が見つかり、古代出雲(いずも)の強大な政治勢力(せいじせいりょく)の存在(そんざい)が想定されている。
今回、住居跡(じゅうきょあと)が発見されたことで、ムラの人びとが出土した青銅器を用いて祭祀(さいし)を行っていたのではないかと考えられ、これからの調査(ちょうさ)の進展(しんてん)がますます注目される。
(参考:朝日新聞、読売新聞、毎日新聞ほか)
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