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2001.10_7 発行(株)学習研究社

日本の歴史新聞

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. 青銅器を使って祭祀を行っていた?! .
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 弥生(やよい)時代の銅剣(どうけん)958本が発見された。島根県斐川(ひかわ)町の神庭荒神谷遺跡(かんばこうじんだにいせき)の西約(やく)3キロの山あいの斜面(しゃめん)で、弥生時代中期後半(紀元1~2世紀)のものとみられる集落跡(しゅうらくあと)が見つかった。
 遺跡の周辺(しゅうへん)では、これまで集落跡(しゅうらくあと)は発見されていなかった。今回発見された集落跡は、神庭荒神谷の銅剣の製作(せいさく)時期とほぼ同時代に当たる。
 遺跡が見つかった場所は、斐川中央工業団地(ひかわちゅうおうこうぎょうだんち)を造成(ぞうせい)するにあたって、斐川町教育委員会が今年6月から試掘調査(しくつちょうさ)を行っていたゆるやかな斜面で、約20カ所を試掘したところ、人の手で整地された跡が集中的に約10カ所出土した。
 整地跡(せいちあと)には直径30センチ前後、深さ50センチぐらいの柱穴(ちゅうけつ)や狩猟用(しゅりょうよう)の落とし穴(あな)、窯(かま)竪穴式住居(たてあなしきじゅうきょ)の跡などがあった。近くで見つかった甕(かめ)や壷(つぼ)など数百点の土器の9割(わり)以上が弥生時代中期後半のもので、神庭荒神谷(かんばこうじんたに)から出土した銅剣の製作時期(弥生時代中期の中ごろ~後半)とほぼ重なる。
 町教委は「何らかの形で青銅器製造や埋納(まいのう)にかかわった人びとが生活していたのではないか。かなり大きな集落があった可能性(かのうせい)がある」と話している。今月中に公社と協議し、調査(ちょうさ)の範囲(はんい)や進め方を決める。

地図

 神庭荒神谷遺跡からは、84年以降(いこう)、銅剣358本と銅矛(どうほこ)16本、銅鐸(たく)6個(こ)と、国内最多の青銅器(せいどうき)が見つかった。また同遺跡の東南3.5キロの加茂岩倉遺跡(かもいわくらいせき)〈島根県加茂(かも)町〉では国内最多の39個(こ)の銅鐸(どうたく)が見つかり、古代出雲(いずも)の強大な政治勢力(せいじせいりょく)の存在(そんざい)が想定されている。
 今回、住居跡(じゅうきょあと)が発見されたことで、ムラの人びとが出土した青銅器を用いて祭祀(さいし)を行っていたのではないかと考えられ、これからの調査(ちょうさ)の進展(しんてん)がますます注目される。
(参考:朝日新聞、読売新聞、毎日新聞ほか)

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4コマまんが .
はにわ先生 .

このニュースは、ここがポイント

●いったいだれが何のために大量の銅剣を埋めたのか、これまでなぞのままだった。
●近くに同じ時代の集落跡が見つかったことは、なぞを解く手がかりに。

 1984年、神庭荒神谷遺跡(かんばこうじんたにいせき)から弥生時代(やよい)時代の銅剣358本が整然と埋納(まいのう)されているのが発見され、また1年後、わずか7メートルしか離(はな)れていない場所から銅鐸(どうたく)6個(こ)、銅矛(どうほこ)16本が発見されました。しかし、集落跡(しゅうらくあと)が見つからなかったため、それらの青銅器(せいどうき)はなぞにつつまれたままでした。
 このたび、神庭荒神谷遺跡からわずか約3キロメートルしか離れていない場所で同じ時代の集落跡が見つかったことは、青銅器のなぞを解(と)く手がかりになるかも知れません。
 だれが何のために埋(う)めたのでしょうか、今後の調査(ちょうさ)から目がはなせません。

ニュースに関連する重要な用語

竪穴式住居 銅剣 青銅器 銅鐸 出雲(いずも)

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銅剣レプリカ
神庭荒神谷遺跡(かんばこうじんたにいせき)から発掘(はっくつ)された銅剣(どうけん)のレプリカ=複製(ふくせい)

青銅器の分布地図

監修:帝京大学教授 高野尚好
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