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大阪(おおさか)府、高槻(たかつき)市の教育委員会は2001年10月、継体天皇陵(けいたいてんのうりょう)ではないかとされている6世紀前半の前方後円墳(ぜんぽうこうえんふん)「今城塚(いましろづか)古墳」【国史跡(くにしせき)、全長約190メートル】から、国内最大と見られる、これまでに例のない形をした神殿様(しんでんよう)の家形(いえがた)埴輪(はにわ)など120点以上の埴輪が見つかったと発表した。人物や動物などの埴輪もつくられたときのままの位置できれいにならび、大王(おおきみ)つまり天皇(てんのう)の葬送儀礼(そうそうぎれい)の様子がうかがえるという。

出土したのは、古墳の北側(がわ)にある内濠(うちぼり)と外濠を仕切る内堤(うちづつみ)【幅(はば)約18メートル】の中央部。内堤には2列の円筒(えんとう)埴輪列【およそ60点】があり、外側の円筒埴輪列よりさらに外側に、約5メートル張(は)り出して造成(ぞうせい)した部分(約126平方メートル)に、家形埴輪4点のほか、人物埴輪【よろいや大刀(たち)を身につけた武人(ぶじん)2点、皿を手にした巫女(みこ)6点、力士2点など】、動物埴輪【馬1点、ニワトリ1点、水鳥7点など】、器物(きぶつ)埴輪【大刀6点、盾(たて)1点など】の形象(けいしょう)埴輪の破片(はへん)など計およそ60点があった。

家形埴輪は神社(じんじゃ)建築(けんちく)の屋根に特徴的(とくちょうてき)な千木(ちぎ)や堅魚木(かつおぎ)をそなえ、うち3点は円柱12本の総柱(そうばしら)で高床(たかゆか)をささえる珍(めずら)しい形。

この家形埴輪は、2002年5月、復元(ふくげん)されて公開された。2001年の調査(ちょうさ)で出土した基底部(きていぶ)と近くにあった数百個(こ)の破片(はへん)を組み合わせ、足りない部分を樹脂(じゅし)でおぎなって半年で復元を終えた。重さは約160キロだが、もともとは約250キロだと思われる。
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写真(しゃしん):共同通信社
滋賀(しが)大学の小笠原好彦(おがさわらよしひこ)教授(きょうじゅ)【考古学】は「ひじょうに大きく、ていねいに作られており、大王の古墳にふさわしい。モデルとなった建物が実在(じつざい)したはずで、古代の王宮建築(おうきゅうけんちく)を考えるうえでも重要な手がかりとなる」と話している。
(参考:朝日新聞、毎日新聞ほか)
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