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草壁皇子(くさかべのみこ)

 662~689(天智1~持統3)年、天武(てんむ)天皇の10人の皇子の一人。母は皇后(こうごう)で、のちに持統(じとう)天皇となった。11歳のとき、父とともに「壬申の乱(じんしんのらん)」に参加。天武天皇の皇位継承争(こうい・けいしょう・あらそ)いのなかで、母が皇后だった草壁皇子が,皇太子(こうたいし)となった。686(朱鳥1)年9月に父である天武天皇が亡(な)くなり、10月に兄弟の大津皇子(おおつのみこ)が謀反(むほん)をおこしたが、処刑(しょけい)された。その後、皇后が称制(しょうせい)をとり、草壁皇子は皇位につくことなく28歳で死んでしまう。柿本人麻呂(かきのもとのひとまろ)が草壁皇子の死をいたんでよんだ歌が『万葉集』におさめられている。

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