第2回
農家/農園経営者
笠原秀樹(かさはら ひでき)さん、純子(じゅんこ)さん
/ 自然農園レインボーファーム
4 農家になるまでの道のり
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農業と関係ない仕事についたけれど...

秀樹さん:夢がかなってよかったじゃない(笑)。ぼくは子どものころ、とくにあこがれる仕事はなかったなあ。ただ、昔からこの土地に住んでいたので、家のまわりは緑がいっぱいで、野菜もおじいちゃんやおばあちゃんが作るものを食べていました。自然の中で暮らして、食べ物は自分で作るのが当たり前と思っていたんです。でも世の中はそうでもないし、自然が壊されたりしている。それで環境問題に関心を持つようになり、東京農業大学の林学科に進学。卒業後は造園会社でガーデンデザインの仕事をしていました。
純子さん:おたがい、はじめは農業と関係ない仕事をしていたよね(笑)。知り合ったのは、環境問題を考えるパレードでした。といっても、わたしは友人の手伝いに行っただけなんだけど……。

休んでニュージーランドの農場を見てまわることにしました。
純子さん:その少し前から、わたしもたまたまニュージーランドに行っていたんです。会社で6年働いたけど「このままでいいのかなぁ」と考えて思い切って会社をやめ、英語をマスターしようとワーキングホリデー(働きながら観光旅行ができる制度)を1年間取りました。彼がニュージーランドに来てから、ワーキングホリデーの最後の1か月間、いっしょに農場めぐりをすることになったんです。
ニュージーランドと栃木の農場で修行!

純子さん:はじめに行った農場がスタートしたばかりで荒れていたんです。彼のあまりの熱心さに反発する気持ちもありましたね(笑)。でも次に行った農場は25年かけて整備したところで、彼が言うように本当にすばらしかった。人の手の入れ方しだいで、楽園のようなすてきな場所ができるんです。「こんな暮らしを日本でもできたら」という思いがそこで一致(いっち)して、「じゃあ2人でやっていこうか」と結婚を決めました。

その農場は、飼っているブタのフンで野菜を育て、くず野菜でニワトリを育て、よごした水は池にためてコイや水草できれいにするという、自然のつながりをうまく利用していました。パーマカルチャーの考え方にぴったり合っていたんです。
純子さん:正直いうと、農業って勉強するものではないと思っていました。種をまけば野菜は育ちますからね。でも研修したことで、農家の生活のしかたが学べました。農場の人と同じリズムで生活して、それが自分にあっていると感じたからこうして独立したんです。早起きして植物や動物と向き合う生活が苦手なら、農家としてやっていくのはむずかしいかもしれませんね。

1年目は土にび生物がいなくて栄養が行きわたらず、小松菜は5センチくらい、キャベツはこぶしほどの大きさにしかなりませんでした。それでも途中で値上げするのはむずかしいので、最初から1箱2500円で売りました。最初のうち、会員は知り合いばかりで株主のようにサポートしてくれた感じですね。しだいにクチコミで輪が広がって、今は60会員ほどにふえました。
純子さん:最初はすごい値段だったけど(笑)、いろんな人にささえられて、力づけられながら3年目をむかえた感じですね。
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