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トップ > 特集トップ > 第8回棋士 > 1.棋士になるまでの道のり

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第8回
棋士

瀬川晶司(せがわ しょうじ)さん / プロ棋士

1  棋士になるまでの道のり

 
瀬川さんが将棋を始めたきっかけは何だったんですか?
 
 

「将棋なんかやらなきゃよかった」

将棋をはじめたきっかけは、一番上の兄が将棋のルールを教えてくれたことですね。ぼくが小学2年のときでした。ただ、野球やゲームも好きだったし、将棋を知ったはじめのうちは、たくさんある遊びの1つにすぎませんでした。熱が入りはじめたのは小学5年のころです。教室で将棋がはやって、クラス中の男子が休み時間に将棋を指すようになったんです。「あいつならこの手に弱いな」とか作戦も考えて、勝つのが楽しかったですね。それで将棋クラブに入って、本も読んで研究して……なんてことをしているうちに、だんだんのめりこんでいきました。

将棋の対局(対戦すること)のはじめには「お願いします」、終われば「ありがとうございました」と言います。負けたほうは「負けました」というのも、将棋の決まり。これはくやしいですけど(笑)、負けをみとめるのも大事ですね。ぼくは落ち着きのない子どもだったけど、将棋を始めてからは、かなりぎょうぎがよくなりました。礼儀(れいぎ)作法がきちんとしているのも将棋のいいところではないでしょうか。

 
クラスでのブームはそのうちに去ったんですが、ぼくと、家の向かいに住んでいた同い年の男の子はずっと指し続けていました。その後、大人とも対局できる将棋センターに2人で通いはじめ、将棋にはプロがいると知ったんです。将棋を指してくらしていけるなんて、こんな楽しい仕事はないと思った(笑)。それで小学校の卒業文集には「棋士になりたい」と書きました。

中学2年のとき、本格的にプロをめざそうと、「新進棋士奨励会」の入会試験を受けました。ここは、将棋のプロ棋士を養成する機関で、一般には奨励会(しょうれいかい)と呼ばれているところです。奨励会は原則として、26才になったら退会しなくてはならないので、早く入会して、早くもまれて、早く強くなりたかったんです。でも、残念ながら、このときは試験に落ちてしまいました。くやしくて家に帰って泣いたおぼえがあります。
 
翌年、中学3年生でもう一度チャレンジして、今度は合格。奨励会に入ると同時に、安恵照剛(やすえ・てるたか)七段の弟子(でし)になりました。このころには、もうプロになるしかないと思っていました。当時は将棋に学歴は必要ないと思っていたので、高校に行くつもりもなかったし……。親に「高校は行っておきなさい」といわれて進学はしたけど、勉強の時間を将棋にあてたいというのが正直なところでした(笑)。

高校を卒業するころは1級だったかな。卒業後は将棋に集中して、22才で三段になりましたが、この先が長かった。「今年こそは」と思いながら、なかなか四段になれませんでした。あせりましたね。26才で奨励会を“クビ”になったら、何をすればいいのかという不安がありました。子どものころからの夢もはたせない——。考えるのもこわいくらい、絶望への恐怖(きょうふ)と不安がありました。

でも結局、四段になれないまま26才になってしまった。退会が決まったときは、とほうにくれました。まわりの友だちはみんな大学を出て、りっぱに社会人として働いているのに、ぼくは将棋しか知らないから、この先何をすればいいのかもわからない。悲しんでくれる人がいなければ死んでもいいかなあ、くらいの気持ちでした。「将棋なんてやらなきゃよかった」とも思いましたね。もう将棋を指すこともないだろうと、12年間書きためた棋譜(きふ=対局の内容を記録したもの)も全部すてました。
 
 
将棋をしない人には、将棋の世界はちょっとわかりにくいかもしれない。ここで将棋界の大まかな仕組みをチェックしておこう。
 
 
【将棋のルール】
将棋は1人対1人のゲームです。タテ9つ、ヨコ9つの計81のマス目が書かれた盤(ばん)の上で1回ずつ駒(こま)を動かし、相手の「王将」という駒を先にとったほうが勝ち。

【棋士の段位、級位】
棋士になりたい人はまず奨励会(しょうれいかい)に入会する。ここで四段になるとプロとして認められる。女性の場合は男性と同じように奨励会には入会するほかに、女流育成会に入会する方法があり、2級になると女流棋士として認められる。カッコ内は現在の棋士の人数。
将棋の実力は、級や段で表される
将棋の実力は、級や段で表される
 

勝つための手を積極的に指せるようになった!

何がしたいかもわからない状態で、ふと頭に浮(う)かんだのが大学への進学でした。それで1年勉強して神奈川大学の夜間の学部に入学しました。いろんな年令、職業の人と知り合えて、すごく新鮮(しんせん)でした。

プロになれなかったのは努力が足りなかっただけの話で、将棋をうらむのはすじちがいともわかった。それでアマチュアの将棋大会に出場してみたんです。久しぶりに指した将棋は楽しかったですねぇ。奨励会に入る前の、純粋(じゅんすい)に将棋が好きだったころの気持ちがよみがえりました。その対局は負けてしまったけど、それから練習を再開して、アマチュアの大会に出るようになりました。
 
奨励会にいたころは年令制限のプレッシャーがあったため、「勝ちたい」というより「負けたくない」という意識で、消極的な手になっていたんです。自分の指したい手を指していないので楽しくないし、結果もついてこない。でもアマチュアなら負けても失うものがないから、勝つための手を積極的に指せるようになりました。これがぼくの将棋のスタイルにも合っていたんですね。将棋が楽しくなって、結果もついてくるようになり、大学3年のときにはアマ名人戦で優勝しました。心のありようで勝ち負けがひっくり返るのが将棋です。こういう気持ちで将棋を指せるようになったのは大きな収穫(しゅうかく)です。

一方で、大学の情報処理の授業で知ったコンピュータにも興味をひかれました。プログラムを作るには先を考えないといけなくて、理づめの作業は将棋に似たところがあります。それで大学卒業後は情報処理サービスの会社に就職して、システムエンジニアになりました。それから4年ほど働いて感じたのは、「将棋が好き」ということと、「好きなことを職業にできるのは幸せ」ということです。


そのうちに、プロ・アマ交流戦でプロとも互角(ごかく)に近い勝負ができるようになると、ぼくの将棋の力をみとめてくれたかたが、「応援するからプロにチャレンジしてみたら?」といってくれたんです。そこで、「プロ入りのためのチャンスをください」とお願いする「嘆願書(たんがんしょ)」を日本将棋連盟(れんめい)に出しました。
瀬川さんがとくいとする「8五飛車戦法(はちご・ひしゃせんぽう)」。「初手は角道(かくみち)をあける(「角」が進めるように通り道を作る)ことが多いですね」と。右写真は対局の相手から瀬川さん(奥側)の手を
瀬川さんがとくいとする「8五飛車戦法(はちご・ひしゃせんぽう)」。「初手は角道(かくみち)をあける(「角」が進めるように通り道を作る)ことが多いですね」と。右写真は対局の相手から瀬川さん(奥側)の手を

 
年令制限は絶対だし、特例はむずかしいだろうと思っていたけど、これがOKをいただけた。それでプロになるための試験を受け、合格したというわけです。

こうしてふり返ると、ふつうの棋士ならしない“寄り道”をしてきたなあと思います。でも、大学や会社ですごしている時間があるからこそ今のぼくがある。どんな経験も自分をレベルアップさせる貴重なものだと思っています。

世の中にはいろんなゲームがあるけど、ぼくは将棋が世界で一番おもしろい、最高のゲームだと思っているんですよ!
 
 
奨励会に入るときからチャレンジの連続だった瀬川さん。あきらめないでずっとがんばり続けたことが、大きなチャンスにつながったんだね。
 
 
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