第28回
プロサッカー選手
石川直宏 (いしかわ・なおひろ)さん
/FC東京 MF(ミッドフィルダー)
1 プロになるまでの道のり

FC東京でプレーしている石川直宏(いしかわ・なおひろ)です。
中学、高校時代はなかなか背がのびなくてあせったり、プロへの道がすごーく遠くに見えたりしたこともありました。でもあきらめずにがんばってきたことが、今につながっているんですよ!
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体の小ささを武器に変える!
サッカーを始めたのは5歳のとき。近所のおにいさんがサッカーをしているのを見て、遊びに行くようになったんです。野球もやったけどサッカーの方がおもしろかったな。ボールを追いかけて走るのが単純に楽しかったですね。
小学校では「横須賀(よこすか)シーガルズFC」という地元のサッカークラブに入り、やっぱりボールをける毎日でした。ぼくが5年生のときにJリーグが設立され、将来はプロのサッカー選手になろうと、このころから決めていました。
中学生になって、「横浜マリノス(現、横浜F・マリノス)ジュニアユース追浜(おっぱま)」というクラブに入りました。成長期ですから、まわりの友だちはどんどん体が大きくなっていきます。ところが、ぼくはなぜか成長がおそかったんですね。中学生にしてはきゃしゃで体重も軽かった。体が大きい方が足がとどくし、ヘディングも高い位置でできる。相手とぶつかってボールをうばうにも有利です。「このまま背がのびなかったらどうしよう」と、なやみましたね。

練習といっても、クラブ練習は土日しかないので、学校で友だちと毎日ボールをけって遊ぶのがぼくの練習でした。
朝7時半に登校して、カバンをげた箱の上においてグラウンドへ直行。休み時間や昼休み、放課後はもちろん、雨の日はろうかでサッカーをしていました。授業が始まるギリギリまで遊んで先生に怒られたりして(笑)。勉強は全然できなくて宿題なんて半べそかきながらやっていたけど、サッカーは楽しくてしかたありませんでした。ぼくの技術は、友だちとの遊びの中で高められていったんです。
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こじあけたプロへのとびら
高校進学と同時に、横浜マリノスのユースチームに入りました。中学時代に牛乳や小魚をたくさんとったせいかどうかわからないけど、身長も少しずつ伸びていきました。いまは175センチありますから、体の成長のスピードは本当に人それぞれだと思いますね。

とはいえ、背が伸びなやんだこともあって、高校2年まではコーチに「プロになるのは難しい」といわれていたんです。試合はちょっとしか出られず、自分をアピールする機会も少なくて、それがくやしかった。しかも高校3年のとき、横浜マリノスと横浜フリューゲルスがいっしょになってチームメンバーが増えたので、出場のチャンスがさらに減ってしまいました。でも、簡単にはあきらめたくありませんでした。状況は厳しかったけど、だからこそ、くやしさをバネに「絶対プロになる!」という気持ちで練習をがんばりました。
そうしたら高3の夏、レギュラーの選手がケガをして出場のチャンスがまわってきたんです。しかも日本クラブユースサッカー選手権大会(U-18:18歳以下)という大きなぶたい。そこでドリブルや足のはやさとか、ぼくの強みをアピールできました。その結果、横浜F・マリノスのトップチームへの昇格、つまりプロ契約が決まったんです。

自分に自信を持って、最後まであきらめなかったことでチャンスをものにしてステップアップできました。このことで、ぼく自身、すごく大きなものを得ました。わずかでも望みがあればがんばりぬくこと、結果はその先にあるということ——。サッカーは技術も大事だけど、気持ちの部分でひとまわり大きくなれたと思います。
横浜F・マリノスでは、U-19(19歳以下)日本代表としてアジアユース選手権や、U-20(20歳以下)日本代表としてFIFAワールドユース選手権(現、FIFA U-20ワールドカップ)に出場。その後、原博実(はら・ひろみ)監督(かんとく)にさそわれて、FC東京へ移籍してきました。
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