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**だいいちじせかいたいせん【第一次世界大戦】

ヨーロッパを中心に30か国以上(いじょう参戦(さんせんした,最初(さいしょの世界規模(きぼ戦争(せんそう(1914年7月〜1918年11月)。国の総力(そうりょくをあげてたたかったので,かつてない大被害(ひがいを生み,また,ロシアドイツでは,戦争(せんそう重圧(じゅうあつから革命(かくめいがおきて,帝政(ていせいがたおれた。

帝国主義(ていこくしゅぎの対立〕 資本主義(しほんしゅぎのすすんだ強国は,おくれた国を自分の領土(りょうど勢力範囲(せいりょくはんいにする帝国主義(ていこくしゅぎ政策(せいさくをすすめ,19世紀末(せいきまつころまでにアフリカアジアなどをほとんど分割(ぶんかつしてしまった。帝国主義(ていこくしゅぎ国としておくれてスタートしたドイツは,さかんに軍備(ぐんび拡大(かくだいし,ウィルヘルム2世のもとで,植民(しょくみん再分割(さいぶんかつをめざした。植民(しょくみん地大国のイギリスは,ドイツ・イタリア・オーストリアの三国同盟(どうめい(1882年)の脅威(きょうい対抗(たいこうして,1907年にロシア・フランス三国協商(きょうしょうをむすんだ。

開戦(かいせん経過(けいか バルカン半島では,今なお流血の民族紛争(みんぞくふんそうを見ているように,民族(みんぞくがいりまじり,当時は背後(はいごでロシアとオーストリアがはりあっていた。1914年6月,セルビアの民族主義(みんぞくしゅぎ者が,ボスニアの州都サラエボで,オーストリア皇太子夫妻(こうたいしふさい暗殺(あんさつする事件(じけんが発生。このためオーストリアがセルビアに宣戦(せんせん,つづいてドイツ・ロシア・フランス・イギリスが参戦(さんせんした(イタリアは翌年(よくねん,三国同盟(どうめい破棄(はきして協商(きょうしょう(がわについた)。ドイツ(ぐんは東西に進出したが,やがて持久戦(じきゅうせんとなり,この間,(どくガス戦車(せんしゃ飛行機(ひこうきによる(たたかいなどがあらわれ,両軍(りょうぐんともばく大な人員と物量(ぶつりょうをついやした。アメリカははじめ中立だったが,1917年,ドイツが中立国の商船でも警告(けいこくなしに(しずめる無制限潜水艦戦(むせいげんせんすいかんせんを開始すると,参戦(さんせんして協商(きょうしょう国を助けた。ロシアでは,同年11月の政変(せいへんソビエト政権(せいけん成立(せいりつ,同政権(せいけん領土(りょうど賠償(ばいしょう金でゆずって,1918年3月単独(たんどくでドイツと講和(こうわした。同年10月,ドイツが申し出て休戦交渉(きゅうせんこうしょうが開始。翌月(よくげつドイツ・オーストリアに革命(かくめいがおこり,皇帝(こうてい退位(たいいして戦争(せんそうが終わった。

〔日本の参戦(さんせん 日本は日英同盟(にちえいどうめいを理由に参戦(さんせんし,ドイツの中国での拠点青島(きょてんチンタオやドイツ(りょう南洋諸島(しょとう占領(せんりょう。中国には二十一か(じょう要求(ようきゅうをだして利権(りけんをあさり,世界各地(かくちへの輸出(ゆしゅつ躍進(やくしんさせて,戦争(せんそう中に工業生産(せいさんは5倍にもふえた。

大戦(たいせん結果(けっか 1919年,ベルサイユ条約(じょうやくがむすばれ,国際連盟(こくさいれんめいがつくられたが,強国の帝国主義(ていこくしゅぎ民族(みんぞく自決をさまたげた。ドイツに対して(きびしい制裁(せいさい(したことは,次の世界大戦(たいせん伏線(ふくせんとなった。一方,民族(みんぞく運動や労働(ろうどう運動(いきおいをまし,ヨーロッパによる世界支配(しはいはゆらぎ,アメリカと日本が台頭した。

 ヨーロッパを中心に戦闘(せんとうがあったので,欧州大戦(おうしゅうたいせんともいう。

 第一次世界大戦(たいせんおこる…大戦参加(たいせんさんかに行く銃士(じゅうし(1914)

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