ナイフと勉強の意外な関係 ~道具と脳の関わりを読み解く~

ナイフや肥後守で鉛筆を削ってから勉強をする――。昔ながらのこんな光景が、子どもの成績アップに貢献するかもしれません。

ナイフをはじめとした道具の使い方と脳はどう関わっているのか? 道具を使わせる経験は、子どもにどのように影響するのか?

今回は、脳科学の権威、諏訪東京理科大学の篠原菊紀先生に、子を持つ親ならぜひ知っておきたい「道具と脳の関係」についてのお話をしていただきました。

篠原菊紀(しのはら きくのり)さん

1960年生まれ、長野県茅野市出身。諏訪東京理科大学共通教育センター教授(2018年より情報応用工学科教授)。東京大学教育学部卒業後、同大学院教育学研究科修了。「学習」「運動」「遊び」など日常的な脳活動を「多チャンネル近赤外線分光法(NIRS)」という手法で研究している。著書に「篠原教授の楽ラク脳トレーニング DVD全12巻」(ユーキャン)、「まいにち脳活 俳句塾」(宝島社)など多数。

学研のエジソン湯本博文

ナイフによる鉛筆削りが脳に与える影響を調査

昨年12月に3名の小学校3-4年生を被験者として、ナイフで鉛筆を削ることによる脳活動の影響について調査しました※。その結果、学習の前にナイフを使うことによって、知的活動の中核となる脳の「前頭前野(ぜんとうぜんや)」が活性化されることが確かめられました。

加えて、3名の5-6年生を対象として、ナイフの使用前・使用後に「フランカー課題」と呼ばれるテストに回答してもらいました。このテストは、モニターに現れる矢印の向きを素早く答えるというもので、注意力を必要とします。その正答率は、ナイフ使用後のほうが使用前よりも高くなっていました。

これらの調査を担当したのが、篠原菊紀先生です。


▲ナイフ使用と脳の関係を調べた調査のようす。

※詳しくは、こちらをご覧ください。

ナイフは、やる気のスイッチを入れる

私は、「学習」「運動」「遊び」など日常的な活動が、脳とどのように関わっているか研究しています。その中で、昨年、子どもたちのナイフ使用と脳活動についての調査を行いました。その結果、冒頭でも紹介したように、学習の前にナイフを使うことによって、前頭葉の「前頭前野」が活性化されることが確かめられました。
実は、これまでにも道具使用中の脳活動を調べてきていたので、知的活動に関わりの深い前頭前野が活性化することは予測していました。ですから、調査結果に改めて納得したのですが、新たな発見もありました。

ナイフなどの道具を使うときに「気もちを込めて!」と指示すると、大人では前頭前野の活動が高まります。一方、このときの小学生はそのような指示がなくても、活動が高まっていたのです。これは面白い出来事で、その理由については次のように考えています。

ナイフは、使うときに注意が必要な道具なので、使用時は前頭葉にある「前頭眼野(ぜんとうがんや)」という注意に関わる部位の活動が盛んになります。

ひとくちに「注意」といっても私たち脳科学者は、いくつかに分類しています。これを慣れない子どもがナイフを使うときに当てはめると、刃と指先に注目する「選択的注意」、同時に他の部分にも気を配る「分散的注意」、これらの注意を途切れないようにする「持続的注意」の3つを駆使しながら作業することになります。

そのため、より前頭眼野が活性化し、前頭前野全体をを刺激することになったため、子どもたちに「気持ちを込めて!」という指示をしなくても、前頭前野の活動の高まりが確認できたのだと思います。

私たち大人は、仕事や学習を始めるときには、気もちを込めることで「やる気のスイッチ」を入れることが大事なことを経験的に知っています。「やる気のスイッチ」を入れることは、脳の活動に即していえば、線条体(意思決定を司り、運動機能への関与がよく知られる部位)の活動を高め、“前頭前野の活動の切り替え”をすることになります。

ところが、小学生ではかなりの割合の子が、やる気のスイッチの入れ方、すなわち“前頭前野の活動の切り替え”の仕方を学んでいません。その練習に、ナイフを使う訓練が役立つと思います。注意を要する道具と接することで、やる気のスイッチの入れ方を学習するということですね。

ナイフを使うことと「勉強」の意外な共通点

学習は、記憶によって成り立ちます。このことは当たり前のようですが、多くの人はその意味を誤解しています。

記憶というと、とかく試験前の丸暗記を思い浮かべがちですね。こうした記憶は、脳の「海馬」という部位で行われます。ところが、学習の中で海馬のみに依存する記憶は、それほど多くを占めているわけではありません。数学(算数)や物理は、実はほとんど「技の記憶」です。
技の記憶とは、例えば、算数や数学で図形の問題に出会ったとき、最初はわからなくても適切な補助線を引くとすらすら解けるようになりますね。補助線の引き方という“手続き”を記憶することで、学習が新たな段階へ進むわけです。これが「技の記憶」「手続き記憶」あるいは「方法の記憶」と呼ばれるものです。

中学や高校で数学や物理につまずく人たちは、その学習に技の記憶が重要であることに気づけていないのです。数学の問題が解けないという場合でも、かつて解いた問題の技の記憶を再現できれば、それほど苦労はいりません。

言葉を変えると、学習や勉強においては、ナイフの使い方を試行錯誤する中でそのコツを学んでいくような「技」の部分こそ大切なのです。その「技」を習得して様々な場面で応用的に使えるかどうか、そのことが中学、高校、大学へと進むにつれて、学習活動のなかで重みを増してきます。

そのため、ナイフの使用を学ぶプロセスをお子さんが経験したなら、勉強のしかたをアドバイスするようなときに、その経験をうまく活用してほしいと思います。

「九九を憶えるときも、ナイフの鉛筆削りのように繰り返せば憶えられるよ」
「繰り上がり・繰り下がりの計算も、ナイフが上手に使えるようになったみたいに、続けてみようね」
といった家庭での指導が、お子さんの力を伸ばす助けになるかもしれません。

自分の感覚と対話してスキルを高める

今の時代、もっともよく使われる道具はスマートフォンと言えそうです。未来を生きる子どもたちにも、なくてはならない道具のひとつでしょう。ただ、スマートフォンは背景にあるインターネットやIT技術の世界が広大すぎて、ほとんどの人は、機能のしくみを全くわからないままに、半ばスマホ任せで使っています。

それと比べたとき、すべてを自分でコントロールできる、ナイフという道具の新たな存在価値が見えてきます。ひゅっと滑ってしまったら手が切れるというような感覚は、スマートフォンではあり得ません。刃先に力を込めた結果が自分にどう反映するか、ナイフは自分の感覚との緊密な対話を通してスキルを高めていく道具です。

脳にとって自分の身体は、最初に出会う他者とも言われます。後々、様々な他者と出会うのが人生ですから、幼いうちに道具を通して身体と折り合いをつける訓練をしておくことは特に重要です。それは自分の身体以外の他者、すなわち他人と折り合いをつけることにつながります。

言い換えれば、道具を使う訓練は、スムーズな社会生活を営む能力を育むのです。道具を通した身体とのコミュニケーションは、“手を使う技”の獲得に留まらず、人間として“社会の中で生きていく技”の習得に他ならないのです。

だからこそ、小学生の時期にナイフの使い方を学ぶことが、その後のお子さんの成長に少なからずプラスの影響を及ぼし得ると私は考えています。ただ、その際に親や保護者の方の適切な指導が必要なことは言うまでもありません。