33年間使い続け、学校生活に深く根付いた肥後守
~長野県北安曇郡池田町立会染小学校~
▲干し柿にする柿を剥く4年生。児童が愛用する肥後守には、「会染小学校」の文字が刻印されている。
▲児童の筆箱の中にはいつも肥後守が入っており、鉛筆も肥後守できれいに削ってある。

筆箱の中にいつも愛用の肥後守

池田町は、松本市の中心部から北へ20キロほど行ったところにあります。町のホームページで「北アルプス展望の里・花とハーブの里『信州あづみ野 池田町』」と謳っているキャッチフレーズどおりの自然豊かな美しい里です。

2016年11月29日、紅葉も終わりに近づこうとする暖かい日に会染小学校を訪問しました。学校に着くと、4年生の子どもたちが総合的な学習の時間に肥後守を使って干し柿作りをすると聞きました。

会染小学校では、33年前の昭和58(1983)年から学校生活や家庭学習に欠かせない道具として肥後守を日常的に使い続けています。肥後守は鉛筆や定規と一緒に筆箱にいつも入っており、鉛筆を削ることはもちろん、様々な学習活動に使われています。

会染小学校の子どもたちは、入学すると新品の肥後守をPTAからプレゼントされます。費用は、保護者と地域の協力による資源回収から捻出されるのだそうです。この肥後守は、兵庫県三木市にある永尾駒製作所製の、「会染小学校」と刻印された手作りの素晴らしいナイフです。そのよさを子どもたちもよく知っていて、汚れれば水で洗い、切れ味が悪くなれば流しに置いてある砥石で研いで、大切に使い続けています。カシメの調節も、自分でします。

つるつる滑る柿を愛用の肥後守で剥く

3時間目に、4年生の教室を訪問しました。机の上には新聞紙が敷かれ、自分がこれから剥こうとする大きな柿が載っています。担任の先生は柿の安全な剥き方の手本を示しながら、安全への配慮を繰り返し子どもたちと確認し合いました。それが済むと、いよいよ柿剥きです。

柿は子どもの手には大きい上、剥くほどにつるつると滑るので簡単な作業ではありません。中には苦労している児童も見られましたが、どの子も安全に肥後守を使っていました。干し柿作りをする家庭があったり1年生から肥後守を使い続けていたりするせいか、剥き方がじょうずな子どもが目立ちました。

別の学級では、柿剥きが得意という5年生のA君が見事な剥き方を披露してくれました。A君の机の前には箱に山盛りになった柿があり、彼はその1つを手に取ると流れるような手つきで肥後守の刃を滑らせ、ほんの数十秒ほどで1個を剥き終わりました。2つ目、3つ目も同じように剥いてみせてくれましたが、どの柿も刃のあとが美しく、形も揃っています。「プロ級の技だ!」と私たちは感心しましたが、周囲の子どもたちも「すごい、すごい」と感動していました。A君は、おばあちゃんから柿の剥き方を教わり、家ではフルーツナイフを使って剥いているとのことでした。

休み時間には校長室に3年生の子どもたちがやってきて、テーブルの上で柿剥きを始めました。校長先生が声を掛けた児童の中で、「やってみたい!」と応じた子どもたちだそうです。校長先生とおしゃべりをしながら、楽しそうに柿を剥いていました。

学校、保護者、肥後守製作者、子どもを結ぶ信頼の輪

冒頭でも触れましたが、会染小学校は33年前に、肥後守の使用を学校生活の中に採り入れました。その経緯について、校長先生にお聞きしました。

「昭和58年、当時の校長先生は子どもたちが運動靴の紐を結べない等、指先が不器用になってきたことを憂い、何とかしたいと思ったのだそうです。PTAの皆さんの理解も得て、子どもの指先を使う活動を採り入れよう、それにはナイフを使う活動がよいということになりました。活動を始めてしばらくして、兵庫県三木市にある永尾駒製作所の肥後守を使うようになりました。それ以降、先代の永尾元佑さんがずっと肥後守を作ってくださり、平成20年には会染小学校にお呼びして子どもたちと交流していただきました。元佑さんは亡くなられましたが、後を継いだ息子の光雄さんが昨年の6年生児童の招きで来校し、6年生を中心に全校児童と交流してくださいました。これまで33年間、大きなケガや事故が1件も起きていないのは学校での指導だけでなく、子どもたちが肥後守を作ってくださる永尾さん親子と出会い、その人となりを知って、「肥後守を大切にしなければ」という気持ちを強く持っているからだと思います」

優れた道具を子どもたちに与え、安全面での指導を徹底するということに留まらず、肥後守の製作者と学校、保護者、子どもたちを繋ぐ人間関係と信頼の上にこの活動が成り立っています。学校が掲げる教育目標のグランドデザインの中にも「肥後守」を使う活動が位置づけられており、子どもたちが目指す「まなび名人」には、「聞き名人、話し名人」「読み書き、計算名人」と並んで「肥後守えんぴつけずり名人」が掲げられているのです。

さらに、校舎に展示されている子どもたちの作品にも肥後守を使う活動が描かれ、それらを見ると肥後守がいかに会染小学校の子どもたちの生活に深く根付いているかがわかります。 「かつてここで肥後守を使っていた児童が、今は親になって自分の子どもを本校に通わせるようになり、親子二代で肥後守という家庭も出てきています。そんな家庭では、お父さんやお母さんが昔のことを話しながら子どもに肥後守の使い方を教えてくださっているんだろうなと思います。とても、嬉しいことです」

校長先生へのインタビューが終わるころ、4年生の児童が剥き終わったカキを紐に結んで玄関前に出てきました。干された柿は12月の終わり頃には美味しい干し柿となり、その一部は、毎年、柿を提供してくださっている地域の方にプレゼントされるそうです。

▲集中して柿を剥く4年生の子どもたち。
▲素晴らしい肥後守さばきで、次々に柿を剥いていく5年生のA君。
▲校長室で、校長先生とおしゃべりしながら柿を剥く3年生。
▲切れ味が悪くなれば流しに置いてある砥石で肥後守を研ぐ。
▲学校教育目標グランドデザインの中にも「肥後守」の文字が。
▲肥後守で鉛筆を削る様子を描いた卒業生の作品。