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オオカミとヤギの友情と生きる喜びを描いた 『あらしのよるに』シリーズ

オオカミとヤギの友情と生きる喜びを描いた 『あらしのよるに』シリーズ

「ママ、これ知ってる?」夕方、学童保育から帰宅した娘(小2)が、図書室で借りてきた本をランドセルから取り出し、わたしに見せました。娘(小2)が図書室で借りてきた本「あらしのよるにシリーズ 完全版 あらしのよるに」(講談社)は、社会とは何か、生きるとはどういうことか? を考えさせられる壮大な物語でした。

「完全版 あらしのよるに」きむらゆういち・作 あべ弘士・絵/講談社刊/1,850円(税別)

「完全版 あらしのよるに」きむらゆういち・作 あべ弘士・絵/講談社刊/1,850円(税別)

「ママ、これ知ってる?」

夕方、学童保育から帰宅した娘(小2)が、図書室で借りてきた本をランドセルから取り出し、わたしに見せました。
「あらしのよるにシリーズ 完全版 あらしのよるに」(講談社)。

「あらしのよるに」といえば、ヤギの肉が大好物のオオカミと、かわいくておいしそうなヤギの“禁断の友情”を描いた名作です。

「知ってるよ。おもしろいよね~」
とページをめくると、わたしが知っている話は途中まで。本には、「あらしのよるに」から始まるシリーズ全7冊分が収録されていました。

「あらしのよるに」(単行本)木村裕一・作/あべ弘士・絵/ 1,000円(税別)/講談社刊

「あらしのよるに」(単行本)木村裕一・作/あべ弘士・絵/ 1,000円(税別)/講談社刊

「あらしのよるに」は、1994年に絵本の初版が出版。一冊で終わるはずが、「続きはどうなるの?」という読者の反響にこたえるかたちで物語が紡がれ、2005年、7作目の「まんげつのよるに」で11年越しに完結しました。
1作目の「あらしのよるに」では、嵐の夜に暗い小屋の中で出会ったヤギとオオカミが、相手の正体を知らないまま意気投合。翌日、いっしょにお昼ごはんを食べる約束をして別れます。

「あるはれたひに」(単行本)木村裕一・作 あべ弘士・絵/1,000円(税別)/講談社刊

「あるはれたひに」(単行本)木村裕一・作 あべ弘士・絵/1,000円(税別)/講談社刊

その後、2匹が晴れた日の昼間に対面したらどうなるか? を描いたのが2作目の「あるはれたひに」。まさか相手が天敵のオオカミだとは思わなかったヤギと、自分の大好物であるヤギと友だちになってしまったオオカミは、びっくり仰天しながらも、理性で本能をなんとかコントロールして、互いの友情をたしかめ合います。

続きを読み始めた母は衝撃の展開に、心がかき乱されることに……

わたしが知っていたストーリーは、ここまで。

夕飯ができるまでの間、続きを読んでいた娘は、「これ、すごくおもしろい…」といったきり、パタリと無口になりました。

そして後半を一気に読み終えると、目をキラキラさせていうのです。
「この話、ものすごいことになるよ」

「え、どうなるの? ヤギ、食べられちゃうの?」
手っ取り早くあらすじを知りたがる母に、何も答えず微笑む娘。
深夜に続きを読み始めた母は、練りに練られた衝撃の展開に、心がかき乱されることになりました。

「くものきれまに」木村裕一・作 あべ弘士・絵/1,000円(税別)/講談社刊

「くものきれまに」木村裕一・作 あべ弘士・絵/1,000円(税別)/講談社刊

3作目の「くものきれまに」で、2匹ははじめて自己紹介をします。オオカミはガブ。ヤギはメイ。2匹の間にメイの仲間のヤギという“第三者”が現れ、顔を隠したガブに対してオオカミの悪口をぶちまけます。
傷つき落ち込んだガブを、メイは、自分たちだけがわかりあっていればいいのだと励まし、2匹が「ひみつのともだち」であることを確認。きずながよりいっそう深まります。

「きりのなかで」木村裕一・作 あべ弘士・絵1,000円(税別)/講談社刊

「きりのなかで」木村裕一・作 あべ弘士・絵1,000円(税別)/講談社刊

4作目の「きりのなかで」では、ガブがメイを、月のきれいな岩場に誘います。けれどそこは、メイにとっては危険な場所。案の定、どうもうなオオカミに襲われそうになったメイを、ガブは命がけで助けます。仲間のオオカミたちに知れたら困る禁断の友情を、深い霧がおおい隠し、2匹は危機一髪、危険を回避するのです。

「どしゃぶりのひに」木村裕一・作 あべ弘士・絵1,000円(税別)/講談社刊

「どしゃぶりのひに」木村裕一・作 あべ弘士・絵1,000円(税別)/講談社刊

しかし、ひみつの関係はそう長くは続きません。5作目の「どしゃぶりのひに」で、2匹の関係が仲間に知られ、メイとガブはそれぞれの仲間から「目を覚ませ!」と責め立てられます。“集団”の登場です。

メイはガブを、ガブはメイをあざむくように仲間から指示されて、約束の場所で待ち合わせます。いつも通りを装い2匹が会うシーンにはとてつもない緊迫感が漂い、読者は、2匹がもうこれまで通りではいられないことを悟ります。そしてどしゃぶりの中、思いがけない行動に出た2匹の勇気をたたえつつ、その未来を案じるのです。

「ふぶきのあした」木村裕一・作 あべ弘士・絵1,000円(税別)/講談社刊

「ふぶきのあした」木村裕一・作 あべ弘士・絵1,000円(税別)/講談社刊

結局、互いをだますことができなかったメイとガブは、「裏切り者」としてオオカミたちに追われる身となり、6作目の「ふぶきのあした」で、山を越える逃避行をはかります。いつもいっしょにいられることがうれしい反面、2匹は、草食動物と肉食動物が真にわかり合うことの難しさを痛感。

物語のトーンが大きく変わる後半、2匹は激しい吹雪に閉じ込められ、生きるか死ぬかの状況で、ある決断をします。飢え死に寸前になったメイは、ガブにいうのです。自分を食べて生き延びて、と。

「まんげつのよるに」木村裕一・作 あべ弘士・絵1,000円(税別)/講談社刊

「まんげつのよるに」木村裕一・作 あべ弘士・絵1,000円(税別)/講談社刊

最終話の7作目「まんげつのよるに」は、衝撃の事実とともに始まります。ガブの身に起こったあるできごとが、メイと読者の心を打ちのめし、読者は物語の行方から一秒たりとも目が離せなくなります。
一人ぼっちになり生きる気力を失ったメイが、ようやくガブと会えたとき。よろこびいさんで駆けつけたメイの前に現れた「友だち」は、ガブであってガブではない、一匹の野生のオオカミだったのです。

娘がいった「ものすごいこと」ってこれか……。

胸が締め付けられるこの展開を、7歳の娘はどう受け止めたのか。そこからラストまでの2匹のやりとりは、本を読んで味わわなければもったいない、本当に素晴らしいドラマでした。

なりゆきで手にとった「完全版 あらしのよるに」は、“大人も楽しめる童話”という認識をはるかに超えて、社会とは何か、生きるとはどういうことか? を考えさせられる壮大な物語でした。

普通なら交わるはずのない者同士が出会い、傷つきながらもきずなを深め、その関係を通して生きる喜びを知る。他者との揺るぎないきずなが生きる意味そのものになりうることを、娘もきっといつか知るはずです。

物語の余韻にどっぷり浸かりそんなことを思った翌朝、娘に聞いてみました。
「ガブとメイの、どっちの気持ちのほうがよくわかった?」

意外にも娘は、「ガブ」と即答。
「だって、メイがガブの前を歩くとき、プリップリのお尻がホントにおいしそうだったから(笑)。もし自分がガブだったら、メイとの思い出を忘れて、メイを食べちゃうかもしれない!」

にこにこ顔で話す娘の、それはまぎれもない本音。
理性より本能で生きる7歳の人生のドラマは、まだ始まったばかりです。

浜野雪江(はまのゆきえ)

浜野雪江(はまのゆきえ)

浜野雪江(はまのゆきえ)

出版社勤務を経てライターに。女性誌、情報誌、書籍やWebでインタビュー記事を執筆。雑誌「Ray」で映画紹介コラムを担当中。二児の母。

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