「賢い子ども」の育て方

算数と山登り

算数と山登り

わたしは31歳でスキューバダイビングを始めました。
器材を装着し、ボートのへりに腰掛け、右手でマスクとレギュレーターを、左手でマスクのストラップを押さえ背中から落ちます。

一瞬、空が見え、背中に軽い衝撃を感じ、着水します。
ゆっくりと身体を反転させると、そこにはボートの上からはほんの一部しか見えなかった水中の世界が広がります。

いきなり魚の大群に出会うこともあります。
そんなときは水の中にいることも忘れ、思わず叫んでしまいます。

「うわあああ!!!」

水中では重力から解放され、三次元の移動が可能になります。
水深の深いところでは自分が鳥になったような錯覚を覚えることもあります。

流れが強いポイントもありますが、出発地点に戻る必要はなく、流された先でボートに拾ってもらいます。
これほどまでに楽で快適なレジャーを他に知りません。

そんなダイバーのわたしから見ると、山登りほど不可解なレジャーはありません。
重力に逆らって身体を押し上げ、頂上に着いたらお弁当を食べて出発地点に戻る。

「苦行としか思えない。一生やらない。」
ずっとそう思っていましたが、友人がしつこく誘うので、当たり前の質問を投げかけてみました。

「どんなところが楽しいの?」

当たり前の答えが帰って来ました。

「山頂に着いた瞬間が気持ちいいんだよ!」

「それは理解できるけど、その瞬間のために何時間も登り続けるのは無理。絶対にやらない。」

と答えましたが、あまりにもしつこいので一度だけ付き合ってみることにしました。

びっくりするくらい楽しかったです。

頂上に着いた瞬間だけが楽しいのではなく、登りの一歩一歩が楽しかったです。
もちろん、頂上に着いた瞬間の達成感も堪能しました。
登っている間は目の前の斜面しか見えませんが、登頂の瞬間、360度の眺望が広がります。

さらに驚くことに退屈だと思っていた下りも楽しかったです。
登りと下りでは景色がまるで異なるので、来た道を引き返すという感覚にはなりません。
そして出発地点に戻ったときの充足感は頂上に着いたときの達成感と同じくらい心地よいものでした。

「山登りも楽しいんだな。」
と思うと同時に

「算数と同じだな。」
とも思いました。

「算数は答えが出た瞬間が楽しい!」
と思っている人がたくさんいますが、それは

「山登りは登頂の瞬間が楽しい!」
のと思うのと同じくらい大間違いです。

答えが出た瞬間が楽しいのなら、10秒で解ける易しい問題だけをやればいいのです。
100問連続正解しても楽しくはないでしょう。
もちろん、賢くなることもありません。

「ああでもない! こうでもない!」
と頭を抱えて試行錯誤する時間があるから、解けた瞬間に喜びが得られるのです。

この試行錯誤する時間が山登りの登りの部分にあたります。

試行錯誤を楽しめないと算数を楽しむことはできません。
算数を楽しむことができなければ算数が得意になることもありません。

試行錯誤の末に答えにたどりついたときの喜びは登頂の喜びと同じです。
でも、そこで終わりではありません。
今、出した答えが正解であるとは限らないので、あらゆる角度からその問題を解き直し、どこにも不備がないことを確認しなければいけません。

これが山登りの下りの部分にあたります。

どこからどのように解いても同じ答えしか出なければ、それは正解です。
解答を見る必要はありません。
安心して温泉につかったあと、豪華な晩ごはんを食べていいんです。

山登りを楽しむように算数を楽しむことができればいくらでも賢くなれます。

宮本哲也(みやもとてつや)
1959年生まれ。
学生時代に塾業界に足を踏み入れ、大手進学塾講師を経て1993年宮本算数教室を横浜に設立。
「指導なき指導」を授業の柱に「無手勝流算数家元」と自らを名乗る。
無試験先着順の教室ながら、近年卒業生の80%以上が首都圏最難関中学(開成・麻布・栄光・筑駒・フェリス・桜蔭など)に進学する実績をあげている。
2009年,教室を日本橋に移転。2015年、教室をマンハッタンに移転。

Webサイト http://www.miyamoto-mathematics.com/