〜ヒラからPTA会長まで〜 PTAひととおりやってみた

第8回 文化部員になるはずが文化部長に

第8回 文化部員になるはずが文化部長に

ある教授の講演会で感銘を受けたことをきっかけに文化部員に立候補しようと心に決めたわたし。いよいよ公立中高一貫校でPTAデビューです。そこには思いもよらぬ展開が待っていました。

下の子の入学を機に、PTA活動への思いがふくらむ

公立中高一貫校で迎える三度目の春がやってきました。上の子は中学3年生に進級、下の子は中学受検に合格し、晴れて上の子と同じ学校に入学することになりました。下の子の入学式の日は本当にうれしかったです。
わたしのうれしい気持ちは、そのまま学校への思いとなってPTA活動に向けられました。
「わが子がふたりともお世話になるのだから、この学校のために役に立ちたい。PTA活動のお手伝いがしたい。」
PTAの文化部員に立候補することは心に決めていました。「とにかく、なんでもいいからやります!」という気持ちだったのをおぼえています。

このときも、入学式の直後にPTA委員決めが行なわれ、わたしは予定どおり立候補し、希望どおり文化部員になることができました。

PTA委員決めではじめて立候補、文化部員に

委員になったわたしたちは「PTAオリエンテーション」に出席するよう案内されました。

PTAオリエンテーションは、その年のPTA委員が一堂に会して活動のルールや書類について説明を受け、担当ごとの正・副委員長、書記、会計、Web係などの役割を決める大切な会でした。
この学校のPTA委員組織は、会長・副会長などの本部役員、各クラスから2名ずつ選出された学級委員で構成される学年委員会(中1から高3まで)、各クラスから1名ずつ選出された部員による文化部、会報部、そして各部署を担当する教職員という構成になっていました。

PTA執行部から、PTA委員全員共通のルール説明がひととおり終わると、今度は学年委員会、文化部、会報部に分かれて役割分担を決めることになりました。

まずは前年度の文化部長と副部長から、文化部の活動について説明がありました。それによると、文化部員は3つの班に分かれて活動しているとのこと。
夏休み前にPTA会員向けの研修を開催する研修班、秋の文化祭でバザーを開催するバザー班、そして、わたしが希望している講演会の班です。行事当日など人手が必要な時は、どの班の部員も協力して手伝うという方針が示されました。

まさかの文化部長に

さっそくどの班で活動するかを話し合いで決めることになりました。
じつはこの日、わたしは講演会の提案をするため、教授のプロフィールや実績などの説明資料を準備して行ったのです。
わたしは、「この教授の講演会を開催したいと考えています」と資料を出し、自分が教授の講演を聴いて感動したこと、保護者にも子どもたちにもぜひ聞かせたい講演であること、教授はわたしの知り合いでツテがあることを説明し、わたしを講演会の班で活動させて欲しい、と訴えました。
すると、同じ学年のYさんが「すごくいい。わたしもこの教授を呼びたい。いっしょにやろう。」と言ってくれたのです。Yさんの一言で一気に場が盛り上がり、わたしは講演会班の責任者に、Yさんは責任者をサポートするということで書記をやることに決まりました。各班の責任者は文化部の「副部長」となります。各班ともに班分けと話し合いが終わり、無事に3人の副部長が決まりました。

すると、前年度の文化部長が驚きのひとことを発します。
「いまから文化部長を決めます。だれか立候補はいませんか?」

……シーン。だれも手をあげる人はいません。

「梅本さん、部長やらない?」

「えっ?」

前部長がたたみかけるように言葉を続けます。
「講演会を実現しようと思ったら、むしろ部長になった方が実現できる可能性が高いと思うよ。梅本さんが部長になってYさんが副部長になれば、部長と副部長で二人いっしょに講演会の仕事ができるし、やりやすいと思う。どう?」

みんな目をキラキラさせて、わたしとYさんを見てうなずいています。

前部長による「実現可能性が高い」の一言にひかれたことと、下の子が入学したことでわたし自身が「なんでもやります!」という気持ちになっていたこともあって、わたしは「わかりました。やります。」と返事をして、文化部長を引き受けることにしました。
Yさんは「え〜!」と驚嘆しつつも、「いっしょにやろうって決めたから」と副部長を引き受けてくれました。

こうしてわたしは委員としての活動をなにひとつ経験しないまま、文化部長として、この学校でPTAデビューすることになったのです。

梅本真由美(うめもとまゆみ)
サイエンスライター。
長野県出身。NTT勤務を経てNTT系列の広告代理店で編集・マーケティング・企業向けWebページの企画制作などを担当。結婚後は専業主婦となる。2002年、 「天文台マダム日記」の公開がきっかけでライターに転身、朝日新聞・天文雑誌などに執筆多数。現在、月刊星ナビにて「天文台マダムがゆく」、国立天文台の公式サイトにて「天文台マダム VERAに夢中!」を連載中。