ニッポンはじめてヒストリー

第十回 チョコレートはじめて物語

目次
  1. バレンタインデー
  2. チョコレートの「はじめて」
  3. 日本ではじめて作られたチョコレート
  4. 日本ではじめてチョコレートを「食べた」人
第十回 チョコレートはじめて物語
写真提供:モロゾフ
 

バレンタインデー

ドクターはじめ

もうすぐバレンタインデーだね。ウノちゃんは、だれにチョコレートをプレゼントするか決めたの?
ウノ

パパとドクターはじめ先生とイチローくん。
ドクターはじめ

うれしいなあ。
イチロー

もしかして義理チョコ?
ウノ

ご想像におまかせしま~す。
イチロー

でも、どうして2月14日がバレンタインデーなの?
ドクターはじめ

3世紀後半、ローマ皇帝こうていクラウディウス2世は、故郷に妻や子を残していると兵士の士気がさがるので、強兵策のひとつとして兵士たちの結婚けっこんを禁止していた。それに反対したバレンタイン司祭(現地ではワレンチヌス)が皇帝の命令にそむいて多くの兵士たちを結婚させた。このため皇帝のいかりをかって殺されてしまう。その日が西暦せいれき270年(269年という説もあり)2月14日なんだ。
どんどん結婚させるバレンタイン司祭の図
司祭は「聖バレンタイン」とうやまわれるようになり、ローマ・カトリック教会では2月14日をかつては祭日としていたほどだ。だからヨーロッパでは、この日、恋人同士がカードをおくりあったり、プレゼント交換こうかんをするのにはじまって、日本では、女性が愛を打ちあけることができる日とされた。

※クラウディウス2世=220ころ‐270。ローマ皇帝。ゴート人を壊滅かいめつさせたため「ゴティクス(=ゴート征圧者せいあつしゃ)の名でも知られている。

ウノ

ええー、じゃあ、ドクターはじめ先生とイチローくんにあげるの、やめようかなあ。
ドクターはじめ

あはは。やっぱり義理チョコなんだね。でもそれでいいんだよ。いまでは、愛を打ちあける日とはかぎらず、女性から男にチョコレート(とはかぎらないけど)をプレゼントする日になっているし、女性同士で交換する「友チョコ」も、自分のためにチョコレートを買う「マイチョコ」、男性から女性にあげる「逆チョコ」もあるからね。
イチロー

ヨーロッパでは、チョコレートをプレゼントするって決まってないの?
ドクターはじめ

チョコレートが中心なのは日本だけだよ。
ウノ

どうしてチョコレート中心になったの?
ドクターはじめ

昭和11年(1936)のバレンタインデーの広告。
昭和11年(1936)のバレンタインデーの広告。
(写真提供 モロゾフ)
昭和6年(1931)に創業された神戸モロゾフ製菓せいかが、昭和7年(1932)にバレンタインチョコレートを発売。昭和33年(1958)にはメリーチョコレートが伊勢丹いせたん新宿本店でバレンタインセールをした。でも、どちらも大ブームにはならなかったようだね。

その後、昭和35年(1960)の1月と2月に、森永製菓がバレンタイン・ギフト・キャンペーンとして新聞や雑誌に広告をたくさん出したころから、バレンタインデーが広く知られるようになり、同時にチョコレートを贈る習慣が根づいたようだ。
   



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