広島、原爆の日、平和記念式典で、小学校6年生が「平和への誓い」を読み上げました

広島、原爆の日、平和記念式典で、小学校6年生が「平和への誓い」を読み上げました
朝日新聞社あさひしんぶんしゃが提供ていきょうした画像がぞうを使つかっています。

8月がつ6日むいか(木曜日もくようび)、アメリカ軍ぐんによって広島ひろしまに原爆げんばくが落おとされてから81年ねんがたちました。広島ひろしま市し中なか区くの平和へいわ記念きねん公園こうえんで平和へいわ記念きねん式典しきてんがありました。広島ひろしま市立しりつ高須たかす小学校しょうがっこう6年ねんの柿崎由宇かきざきゆうさんと広島ひろしま市立しりつ高南小学校こうなんしょうがっこう6年ねんの河野和希こうのかずきさんが「平和へいわへの誓ちかい」を読よみ上あげました。

平和へいわへの誓ちかい全文ぜんぶん

もしも「大切たいせつなもの」が一瞬いっしゅんで消きえてしまったら、どんな気持きもちになるのでしょうか。

私わたしたちが笑わらい合あっているときにも、尊とうとい命いのちが失うしなわれている現状げんじょうがあります。

今いまもどこかで、当あたり前まえの日常にちじょうがうばわれています。

ぼろぼろになった制服せいふく。

黒くろく焦こげたお弁当べんとう箱ばこ。

それは、当あたり前まえの毎日まいにちを生いきていた証あかしです。

昭和しょうわ20年ねん(1945年ねん)8月がつ6日むいか、午前ごぜん8時じ15分ふん。

たった一発いっぱつの原子げんし爆弾ばくだんが、人々ひとびとの暮くらしを、人生じんせいを地獄じごくに変かえました。

髪かみは焼やけちぢれ、全身ぜんしんの火ひぶくれが破やぶれ、やけどした皮膚ひふが垂たれ下さがった人々ひとびと。

「痛いたいよ。苦くるしいよ。」

「助たすけて、お母かあさん。」

「死しにたくない。」

「助たすけてあげられなくてごめん。」

死しんでしまうつらさ、生いき続つづける苦くるしみは、想像そうぞうすることさえ恐おそろしいことです。

私わたしたちには、被爆ひばく体験たいけんを直接ちょくせつ聴きくことができる最後さいごの世代せだいとして、

当時とうじの記憶きおくを事実じじつとして受うけ止とめる使命しめいがあります。

目めをそらさず、知しろうとすること。

悲かなしい現実げんじつでも向むき合あうこと。

そこには、「生いきたかった人々ひとびと」、「生いき続つづけた人々ひとびと」の思おもいがあります。

私わたしたちには、広島ひろしまのこどもとして、行動こうどうする責任せきにんがあります。

相手あいての気持きもちを想像そうぞうし、意見いけんの違ちがいがあっても認みとめ、受うけ止とめること。

平和へいわへの思おもいを、自分じぶんなりの方法ほうほうで表現ひょうげんすること。

ひとりひとりの小ちいさな行動こうどうが、平和へいわへの後押あとおしとなります。

平和へいわとは、誰だれかからあたえられるものでなく、世界中せかいじゅうの人々ひとびとでつくり上あげるものです。

こどもである私わたしたちも、その一員いちいんとして平和へいわへの一歩いっぽを踏ふみ出だします。

かけがえのない「大切たいせつなもの」を、確たしかな希望きぼうを、未来みらいへ届とどけるために。

令和れいわ8年ねん8月がつ6日むいか

こども代表だいひょう

広島ひろしま市立しりつ高須たかす小学校しょうがっこう6年ねん 柿崎由宇かきざきゆう

広島ひろしま市立しりつ高南小学校こうなんしょうがっこう6年ねん 河野和希こうのかずき

朝日新聞あさひしんぶんの記事きじをやさしい日本語にほんごに言いい換かえた記事きじです。

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