イランの文化やくらし、絵本で学ぼう 米国などの攻撃の影響も
6月に開いた原画展で『ごきぶりねえさん どこいくの?』の原画を前に話す愛甲恵子さん=東京都渋谷区 朝日学生新聞社
こわい、危なそう…先入観も「楽しくこわせる」
今年2月にアメリカ(米国)とイスラエルに攻撃された中東の国イラン。その後「停戦」を約束したものの、いまも争いは終わっていません。みなさんはイランにどんなイメージがありますか。「こわい」「危なそう」と思う人も「よく知らない」という人もいるでしょう。イランには豊かな文化があり、絵本もその一つ。絵本を通して、イランに思いをはせてみませんか。
「うつくしい」ごきぶりの美しい絵本
イランで使われる言葉のペルシャ語の翻訳家・愛甲恵子さん。これまで多くの絵本を訳してきました。6月に出版したのは『ごきぶりねえさん どこいくの?』。イランで長く親しまれる、よく知られた民話です。日本では20年前に愛甲さんの訳で出ていましたが、絶版になっていたものを新たに本にしました。
主人公は、元気いっぱいなごきぶりねえさん。たまねぎの皮のワンピース、なすの皮のチャードル(全身をおおう布)などを身にまとい、旅に出ます。「ごきぶり やーい!」と軽んじられても「わたしは バラより うつくしく、だれからだって あいされる」と言ってのけます。やがて「うんめいの ひと」に出会って――。
イランでも日本と同じようにごきぶりは「嫌われている」そうです。でも、「ごきぶりなのに常に自信を持ち、明るく、かわいい。そこに笑っちゃう楽しさがあって、みんなに愛される民話となったようです」と愛甲さん。この絵本は「アートとしても美しいごきぶりがえがかれているところが魅力」と感じています。

知らなかった一面に目を向けて
イランが攻撃された2月28日は、もとの訳を手直ししたり、表紙のデザインを考えたりしていた時期でした。
「おどろきや怒り、悲しみと、さまざまな感情をいだきました」。すぐにイランに住む友だちにアプリでメッセージを送りましたが、「既読」になりませんでした。「爆弾が落とされるかもしれないなかで過ごしていると思うと、つらかった」
連絡がつかない一人に、この絵本の絵を手がけた20年来の友だち、モルテザー・ザーヘディさんがいました。ザーヘディさんの無事がわかったのは、1か月後のこと。3か月近く安否がわからなかった友だちもいました。不安な中での本作りは、「いい本ができたよ、とモルテザーを喜ばせたい」という思いがあったといいます。

絵本を手に取る日本の子どもたちには、「自分が持っている先入観を『楽しくこわしてくれる』お話です。こんなふうにごきぶりをえがけるんだ、ピンクでかいてもいいんだって思ってくれたら」と呼びかけます。それはイランという「よくわからない国」の見方にも通じるかもしれません。絵本から、これまで知らなかった一面に目を向けてほしいと考えています。
米国・イスラエルとイランとの争い

2月28日、米国とイスラエルはイランを攻撃。イランが核兵器の開発を進めているとみられることなどが理由に挙げられました。この攻撃で、最高指導者ハメネイ師が殺されました。南部ミナブの小学校では子どもを中心に150人以上が亡くなったとされます。日本が輸入する原油の多くも運ばれるホルムズ海峡を、イランは「封鎖」。影響は世界に広がりました。米国とイランは戦闘をやめることで6月に合意したものの、争いは続きます。
おもてなしの心 詩の国
愛甲さんとイランの出あいは、大学生のころでした。東京外国語大学で「自分から一番遠い、よく知らない場所の言葉」を学ぼうとペルシャ語を専攻。2年生が終わるころの1997年、短期留学のため初めて現地を訪れました。
そこで感じたのは「おもてなしの心」です。イランでは紅茶の文化が豊かで、行く先々でふるまわれました。「氷砂糖を口にふくみ、あめのようになめながら飲みます。お茶うけのお菓子もさまざまなものがありますよ」

大学院で学んだ後、10か月間ほど首都テヘランに住みました。そこでとりこになったのが、イランの絵本です。「イランはたくさんの詩人が出ている『詩の国』。さらに絵もすばらしい」。絵本を日本で紹介しようと2006年ごろ、翻訳の仕事を始めました。現地にイラストレーターの友だちが多くでき、毎年のように訪れました。
最後に行ったのは24年です。そのときもイスラエルとの争いがありました。いまは行くことができませんが「早く日常がもどり、また行けるよう」願っています。
いつか あのステンドグラスを間近で
イランの絵のコンクールで入賞 櫻澤采穂さん(京都・3年)

イラン南西部の都市シーラーズが開いた絵のコンクールで入賞し、現地に思いをはせた小学生もいます。京都市に住む櫻澤采穂さん(3年)です。インターネット上でお母さんがたまたま見かけて、応募しました。お題は、シーラーズの歴史的な遺産などに着想を得た情景。旅行者が発信する動画や写真を参考に、モスクや、その中にあるステンドグラスをかきました。
2月にかき始め、提出したのは戦争が始まる数日前。ニュースを受けてお母さんが主催者にメールを送りましたが、返事はありませんでした。「小学生もたくさん亡くなったと聞いて、悲しくなりました」と櫻澤さん。
6月に入賞の知らせがメールで届きました。「(絵を見て)イランの人たちに、自分の国はこんなにすてきなんだと思って、笑顔になってほしい」と感じました。主催者から、シーラーズへの招待を受けました。いつか行って「モスクに入って、ステンドグラスの前で写真をとりたい」と夢見ています。
愛甲さんおすすめの「イランを知るための3冊」
愛甲さんに、イランを知るためにおすすめの本を3冊紹介してもらいました。

『勇士アフマド』
イランの昔話。きこりのアフマドが斧に「やり一本で300もの敵をたおす勇士アフマド」とほってもらい、戦場へとかり出されてしまいます。戦いのことは何も知らないアフマドが、ある方法で戦争を終わらせます。その方法は? 「原画は板にえがかれています。くすっと笑ってしまうおかしさが魅力です」

『あと2時間で新年です』
イランでは太陽が「春分点」を通ったときに新しい年になります。その時間は毎年ちがいます。午後2時すぎに新年をむかえる年の、その2時間前をえがいた物語です。「子どもたちがいろいろな形で感じるドキドキを繊細に表現しています。新年をむかえるときの気持ちは、私たちと同じだとわかると思います」

『テヘランのすてきな女』
イランはイスラム教を信じる人たちの国。女性は人前ではスカーフを身につけるよう法律で決められています。著者の金井真紀さんは、2022年に起きた「反スカーフデモ」をきっかけにイランを取材。そこで出会ったさまざまな女性を紹介した本です。「読むと『食べたくなる』『行きたくなる』一冊です」
あいこう・けいこ 1976年生まれ。2004年から美術家フジタユメカさんとともにイランの絵本を紹介するユニット「サラーム・サラーム」を始める。訳書に『きみは、ぼうけんか』(ブロンズ新社)など、再話に『アリババと40人のとうぞく』(ほるぷ出版)などがある。
取材・文/中塚慧(朝日小学生新聞)
(朝日小学生新聞2026年8月26日付)










