わおうぶのじょうひょうぶん【倭王武の上表文】

478年,倭(わ)の五王のうちの武(ぶ)(雄略天皇(ゆうりゃくてんのう)とされる)が中国の宋(そう)(南朝)の順帝(じゅんてい)に送った上表文。「封国(ほうこく)は偏遠(へんえん)にして…藩(はん)を外に作(な)す。……」に始まる漢文体で国内・国外の征服(せいふく)事実を示(しめ)し,高句麗(コグリョ)の横暴(おうぼう)をうったえている。このとき,武(ぶ)は宋(そう)から倭(わ)・新羅(シルラ)・任那(みまな)など6国の軍事権(ぐんじけん)と支配権(しはいけん)をあたえられている。◇この上表文は『宋書(そうじょ)』倭国伝(わこくでん)に記されている。

資料【倭王武(わおうぶ)の上表文】

わたしの国は,はるか遠いところにあって,宋(そう)からいえば海外の国になっています。わたしの父祖(ふそ)たちは,みずからよろい・かぶとに身を固(かた)め,山や川をわたり歩いて,おちついて休息するひまもありませんでした。そのおかげで,東では蝦夷(えみし)の55か国を平らげ,西では熊襲(くまそ)の66か国をおさえ,さらに海をわたって朝鮮(ちょうせん)半島の95か国をしたがえました。(以下略(いかりゃく))

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