**とう【唐】

中国の統一(とういつ)王朝(618〜907)。

〔おこりから滅亡(めつぼう)まで〕

 隋(ずい)の有力な地方長官(ちょうかん)だった李淵(りえん)(唐(とう)の高祖(こうそ))が,隋末(ずいまつ)の大乱(たいらん)のなかで長安(ちょうあん)を占拠(せんきょ)し,煬帝(ようだい)がころされたと聞いて建国(けんこく)した。次の李世民(りせいみん)(太宗(たいそう)。在位(ざいい)626〜649)の時代は唐(とう)の全盛(ぜんせい)期で,当時の世界最大(さいだい)の帝国(ていこく)となった。第6代の玄宗(げんそう)(在位(ざいい)712〜756)の晩年(ばんねん)に安史(あんし)の乱(らん)がおこって以後(いご),国は荒(あ)れ地方に武人(ぶじん)がのさばり,やがて農民反乱(のうみんはんらん)でほろんだ。

〔政治(せいじ)と社会(しゃかい)〕

 唐(とう)は隋(ずい)の制度(せいど)をひきついで発展(はってん)させた。

(1)国家が人民(じんみん)に土地をあたえ,税(ぜい)などをとる均田制(きんでんせい)と租(そ)・調(ちょう)・庸(よう)の税法(ぜいほう),

(2)農民(のうみん)から兵士(へいし)をめしあげる府兵制(ふへいせい),

(3)役人を試験(しけん)でえらぶ科挙(かきょ)制(せい),などである。また律(りつ)(刑法(けいほう))と令(りょう)(行政法(ぎょうせいほう))の体系(たいけい)をととのえた(律令制(りつりょうせい))。

〔文化〕

 唐(とう)代には貴族(きぞく)文化がさかえて,李白(りはく)・杜甫(とほ)・白居易(はくきょい)など中国最高(さいこう)の詩人を出し,絵画も発達(はったつ)した。宗教(しゅうきょう)では,道教のほか,玄奘(げんじょう)らがインドから経典(きょうてん)をつたえて仏教(ぶっきょう)が発展(はってん)し,西アジアから来た商人が,長安(ちょうあん)や南部の海港都市にゾロアスター教やキリスト教・イスラム教の寺院をたてた。長安(ちょうあん)は人口100万をこす国際(こくさい)都市となった。

コーチ

 唐(とう)の周辺(しゅうへん)では,新羅(シルラ)・渤海(ぼっかい)・日本が唐(とう)の律令(りつりょう)や儒教(じゅきょう)・仏教(ぶっきょう)をとりいれて,それぞれの古代統一(とういつ)国家をつくった。

年代暗記

 唐(とう)の建国(けんこく)…浪費屋(ろうひや)(618)の煬帝(ようだい)死んで,唐(とう)おこる

PAGETOP