イランかくめい【イラン革命】

1979年,イスラム教(きょう)シーア派(は)勢力(せいりょく)や軍部(ぐんぶ)がイラン帝国(ていこく)のパフレヴィー朝(ちょう)を打倒(だとう)し,イスラム共和制(きょうわせい)を樹立(じゅりつ)したイランの革命(かくめい)。イスラム革命(かくめい)。当時(とうじ),イランではアメリカと密接(みっせつ)な関係(かんけい)にあるムハンマド=レザー=シャー=パフレヴィー2世(せい)が独裁政治(どくさいせいじ)を行(おこな)い,イランの近代化(きんだいか)を進(すす)めていたが,貧富(ひんぷ)の差(さ)が広(ひろ)がるなどして国民(こくみん)の不満(ふまん)が増大(ぞうだい)した。これに対(たい)して,ホメイニ師(し)の率(ひき)いるイスラム教(きょう)シーア派勢力(はせいりょく)や軍部(ぐんぶ)などが抵抗運動(ていこううんどう)を続(つづ)けた結果(けっか),1979年1月にパフレヴィー2世(せい)は亡命(ぼうめい)。ホメイニ師(し)を最高指導者(さいこうしどうしゃ)とするイラン・イスラム共和国(きょうわこく)(イラン)が誕生(たんじょう)し,イスラム教(きょう)の教(おし)えに基(もと)づく国(くに)づくりが進(すす)められることとなった。◇イラン革命(かくめい)の影響(えいきょう)で石油(せきゆ)の産出量(さんしゅつりょう)が激減(げきげん)し,第二次(だいにじ)石油危機(せきゆきき)(オイル・ショック)が起(お)こった。

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