*はくほうぶんか【白鳳文化】

飛鳥(あすか)文化と天平(てんぴょう)文化の中間にあたる,7世紀(せいき)後半の文化。白鳳(はくほう)時代(このころ,白鳳(はくほう)という私(し)年号が用いられた)は美術史(びじゅつし)のうえの時代区分で,大化(たいか)の改新(かいしん)(645年)から平城京(へいじょうきょう)遷都(せんと)(710年)までをさし,政治的(せいじてき)には,律令(りつりょう)国家の成立(せいりつ)期にあたる。中国の隋(ずい)・唐(とう)の刺激(しげき)と律令制(りつりょうせい)の建設(けんせつ)期の空気を反映(はんえい)し,はつらつとした気分があふれる文化が生まれた。建築(けんちく)では薬師寺(やくしじ)の東塔(とうとう),彫刻(ちょうこく)では薬師寺金堂(やくしじこんどう)の薬師三尊像(やくしさんぞんぞう),絵画では法隆寺(ほうりゅうじ)金堂(こんどう)の壁画(へきが),高松塚古墳(たかまつづかこふん)の壁画(へきが)などが代表作である。

コーチ

 白鳳(はくほう)文化において,文学の分野では『万葉集』の歌人柿本人麻呂(かきのもとのひとまろ)や額田王(ぬかたのおおきみ)らが活躍(かつやく)した。

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