めいれきのたいか【明暦の大火】

江戸(えど)の大火の1つ。1657(明暦(めいれき)3)年1月18日,江戸本郷丸山(えどほんごうまるやま)の本妙寺(ほんみょうじ)からの出火と,翌(よく)19日の小石川(こいしかわ)・麹町(こうじまち)2か所からの出火による大火災(かさい)を合わせてよぶ。「振(ふ)りそで火事」ともいう。空前の大火災(かさい)となって全市街(しがい)の6割(わり)が被災(ひさい)し,大名屋敷(やしき)160,旗本屋敷(はたもとやしき)770,社寺300余(よ),町屋400町が焼(や)け,死者は10万人といわれる。また,江戸城(えどじょう)内の建物(たてもの)のほとんどが焼失(しょうしつ)した。

コーチ

 大火後は,新しい都市計画によって道幅(みちはば)や町家の大きさが制限(せいげん)される一方,火よけの広小路(ひろこうじ)や防火堤(ぼうかづつみ)がもうけられた。また,本所(ほんじょ)・深川(ふかがわ)といった地域(ちいき)が開発されて,東京(とうきょう)の原型(げんけい)ができたといわれる。

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