*ビザンツていこく【ビザンツ帝国】

東西に2分されたローマ帝国(ていこく)の,東半分の帝国(ていこく)(395〜1453)。東ローマ帝国(ていこく)ともいい,中世のヨーロッパ東部に発展(はってん)。テオドシウス帝(てい)の死後,2子に分割(ぶんかつ)されたローマ帝国(ていこく)のうち,長子アルカディウスが相続(そうぞく)した東半分で,都はコンスタンティノープル(旧名(きゅうめい)がビザンチウムで,現(げん)イスタンブール)。西ローマ帝国(ていこく)にくらべ民族(みんぞく)大移動(いどう)にあまり影響(えいきょう)されず,しだいに皇帝専制政治(こうていせんせいせいじ)と官僚組織(かんりょうそしき)を整備(せいび),6世紀(せいき)のユスチニアヌス大帝(たいてい)のときに,イタリア・北アフリカに勢力(せいりょく)をのばしてローマ帝国(ていこく)の旧領(きゅうりょう)をほぼ回復(かいふく)して,全盛(ぜんせい)期をむかえた。のち,セルジューク朝や十字軍(じゅうじぐん)に攻(せ)められて国力がおとろえ,1453年オスマン帝国(ていこく)にほろぼされた。

年代暗記

ビザンツ帝国(ていこく)の滅亡(めつぼう)…ローマの栄光(えいこう)も石のごみ(1453)に

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