*あらいはくせき【新井白石】

(1657〜1725)江戸(えど)時代中期の儒学(じゅがく)者・政治家(せいじか)。久留里(くるり)(今の千葉(ちば)県君津(きみつ)市)藩士(はんし)の子として,江戸(えど)に生まれる。木下順庵(きのしたじゅんあん)に学び,その推(すい)せんで甲府藩主徳川綱豊(こうふはんしゅとくがわつなとよ)に仕えた。綱豊(つなとよ)が家宣(いえのぶ)と改名(かいめい)して6代将軍(しょうぐん)になると,その政治(せいじ)を助けて活躍(かつやく)。7代家継(いえつぐ)の代にわたって7年あまりの間,幕政(ばくせい)の改革(かいかく)にあたった(正徳(しょうとく)の治(ち))。◇学者としてもすぐれ,自分のおいたちを書いた『折(おり)たく柴(しば)の記』や,日本に密入国(みつにゅうこく)したイタリア人宣教師(せんきょうし)シドッチから聞いてまとめた『西洋紀聞(せいようきぶん)』などの著書(ちょしょ)がある。

コーチ

白石(はくせき)は儒学(じゅがく)の教えを理想とし,とくに倹約(けんやく)をすすめ,朝鮮通信使(ちょうせんつうしんし)の待遇(たいぐう)をあらためたり,長崎貿易(ながさきぼうえき)の額(がく)を制限(せいげん)して金銀の海外流出をふせいだりした。

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