平城宮跡に東楼 お目見え

平城宮跡に東楼 お目見え

屋根(やね)が移動(いどう)し、東(ひがし)楼(ろう)がお目見(めみ)えしました=9月(がつ)24日(にち)、奈良市(ならし)(写真(しゃしん):©朝日(あさひ)新聞社(しんぶんしゃ))

奈良市(ならし) 工事(こうじ)用(よう)の屋根(やね)を動(うご)かして

奈良市(ならし)の平城宮(へいじょうきゅう)跡(せき)で、奈良時代(ならじだい)の都(みやこ)・平城京(へいじょうきょう)の建物(たてもの)を本物(ほんもの)に近(ちか)い姿(すがた)でつくる工事(こうじ)が進(すす)められています。9月(がつ)24日(にち)、第(だい)1次(じ)大極殿(だいごくでん)院(いん)の東(ひがし)楼(ろう)の工事(こうじ)用(よう)の屋根(やね)が動(うご)かされ、朱色(しゅいろ)の建物(たてもの)が姿(すがた)を現(あらわ)しました。

第(だい)1次(じ)大極殿(だいごくでん)院(いん)は、710年(ねん)につくられた平城京(へいじょうきょう)の中心的(ちゅうしんてき)な建物(たてもの)です。おひろめされた東(ひがし)楼(ろう)は、高(たか)さ約(やく)18メートルの2階(かい)建(だ)て。聖武(しょうむ)天皇(てんのう)(701~756年(ねん))が宴会(えんかい)などに利用(りよう)していたようです。
(朝日小学生新聞2025年9月26日付)

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