被爆者の森重昭さん亡くなる

被爆者の森重昭さん亡くなる

米国のオバマ大統領(当時)に抱きよせられる森重昭さん=2016年5月27日、広島市 ©朝日新聞社

2016年にオバマさんと対たい面めん

長なが年ねんにわたり、原げん子し爆ばく弾だんで被ひ爆ばくしたアメリカ(米べい国こく)兵へいの調ちょう査さに取とり組くんできた、歴れき史し研けん究きゅう家かで被ひ爆ばく者しゃの森もり重しげ昭あきさんが3月14日、広ひろ島しま市し内ないの病びょう院いんで亡なくなりました。88歳さいでした。

森もりさんは8歳さいのとき、登とう校こう途と中ちゅうに爆ばく心しん地ちから2.5キロで被ひ爆ばくしました。会かい社しゃにつとめながら、太たい平へい洋よう戦せん争そうで日本軍ぐんの捕ほ虜りょとなった後のちに原げん爆ばくで死しんだ米べい兵へいのことを調しらべ、遺い族ぞくと交こう流りゅう。広ひろ島しま市しにある原げん爆ばくで亡なくなった人ひとを追つい悼とうする国くにの施し設せつに、米べい兵へいの遺い影えいを登とう録ろくしました。米べい兵へい捕ほ虜りょを慰い霊れいする銘めい板ばんも市し内ないに自じ費ひでつくりました。

2016年にオバマ米べい大だい統とう領りょう(当とう時じ)が広ひろ島しまを訪ほう問もんしたとき、森もりさんは米べい国こくの招しょう待たい者しゃとして対たい面めんしました。森もりさんが肩かたを抱だき寄よせられた写しゃ真しんは国こく内ない外がいに配はい信しんされました。

(朝日小学生新聞2026年3月19日付)

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