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いけだはやと【池田勇人】

(1899〜1965)昭和時代の政治家,内閣総理大臣(ないかくそうりだいじん在任(ざいにん1960〜64)。広島(ひろしま県生まれ。京都帝国(きょうとていこく大学(いまの京都(きょうと大学)を卒業(そつぎょう後,大蔵省(おおくらしょう(今の財務省(ざいむしょう)に入る。戦後(せんご政治(せいじ家に転身,衆議院議員(しゅうぎいんぎいん当選(とうせん7回)をつとめる。その間,大蔵大臣(おおくらだいじん通産大臣(つうさんだいじんなどを歴任(れきにん。1960(昭和35)年7月,安保闘争(あんぽとうそうにより退陣(たいじんした岸信介(きしのぶすけ内閣(ないかくのあとを受けて首相となり,「所得倍増(しょとくばいぞう」をスローガンとして,高度経済成長(けいざいせいちょう政策(せいさくをとった。1964(昭和39)年11月にがんのため辞任(じにんし,まもなくなくなった。

コーチ

1960年総選挙(そうせんきょ(さいのテレビ討論(とうろん池田(いけだの言った「(わたし(うそ(もうしません」という言葉は流行語となった。

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