えんにん【円仁】 (794〜864)平安時代初期(しょき)の天台宗(てんだいしゅう)の僧(そう)。下野(しもつけ)国(栃木(とちぎ)県)に生まれ,俗姓(ぞくせい)は壬生氏(みぶし)。9歳(さい)で出家,15歳(さい)のとき延暦寺(えんりゃくじ)に入り最澄(さいちょう)の弟子になる。838年唐(とう)(中国)にわたり修行(しゅぎょう),何人もの高僧(こうそう)のもとで密教(みっきょう)を学び,847年帰国。854年に第3世天台座主(ざす)となる。天台宗(てんだいしゅう)に密教的要素(みっきょうてきようそ)をくわえ,朝廷(ちょうてい)にも重く用いられ,天台宗(てんだいしゅう)の発展(はってん)の基礎(きそ)を築(きず)いた。山門派(さんもんは)の祖(そ)とされる。著書(ちょしょ)に『入唐求法巡礼行記(にっとうぐほうじゅんれいこうき)』がある。◇死後,朝廷(ちょうてい)から慈覚大師(じかくだいし)とおくり名された。