かとうしゅうそん【加藤楸邨】 (1905〜1993)昭和時代の俳人(はいじん)。東京(とうきょう)に生まれる。本名健雄(たけお)。水原秋桜子(みずはらしゅうおうし)に師事(しじ)した。俳句(はいく)の中に,人間が生きることを第一に重んずるという俳風(はいふう)は中村草田男(なかむらくさたお)・石田波郷(いしだはきょう)とともに「人間探究派(たんきゅうは)」といわれた。1940(昭和15)年『寒雷(かんらい)』を創刊(そうかん)。すぐれた芭蕉(ばしょう)研究家でもある。句集(くしゅう)に『寒雷(かんらい)』『野哭(やこく)』『山脈(さんみゃく)』などがある。◇「鮟鱇(あんこう)の骨(ほね)まで凍(い)ててぶちきらる」「梅雨(つゆ)にひろふ原爆(うげんばく)の土ひとかけら」