*ごとばじょうこう【後鳥羽上皇 】

(1180〜1239)鎌倉(かまくら)時代初期(しょき)の上皇(じょうこう)(在位(ざいい)1198〜1221)。高倉天皇(たかくらてんのう)の第4皇子(おうじ)。平氏(へいし)が安徳天皇(あんとくてんのう)を奉(ほう)じて西国へ敗走(はいそう)後,後白河上皇(ごしらかわじょうこう)の命によって即位(そくい)(1183年)。上皇(じょうこう)の没後(ぼつご),6年間の親政(しんせい)をへて土御門天皇(つちみかどてんのう)に譲位(じょうい)し,3代23年にわたり院政(いんせい)を行った。鎌倉幕府(かまくらばくふ)のうちわもめを見て,1221年に承久(じょうきゅう)の乱(らん)をおこし,諸国(しょこく)の武士(ぶし)に北条義時(ほうじょうよしとき)追討(ついとう)の命令(めいれい)を下したが,北条氏(ほうじょうし)と御家人(ごけにん)の結束(けっそく)はかたく,京都(きょうと)を幕府(ばくふ)軍(ぐん)に占領(せんりょう)されてやぶれた。乱(らん)ののち隠岐(おき)(島根(しまね)県)に流され,同地でなくなった。

コーチ

和歌にすぐれ,『新古今和歌集(しんこきんわかしゅう)』を編(へん)さんさせた。

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