(1922〜2012)カンボジアの前国王。フランス統治下のプノンペンで生まれる。1941年に即位,53年にカンボジアの独立が達成されると父に王位を譲り,みずからは人民社会主義共同体の総裁となり首相に就任,東西冷戦の国際情勢のなか非同盟中立路線を堅持した。1970年,外遊中にロン・ノル将軍のクーデターが起こり亡命。左派勢力ポル・ポト派と民族統一戦線を結成し,75年に政権を奪取するが,ポル・ポト派に幽閉される。78年,ベトナムに支援を受けたヘン・サムリン政権が誕生すると反ベトナム3派勢力の中心としてベトナムからの解放を求めつづけた。長い内戦ののち1991年,紛争4派による最高国民評議会の議長に就任,92年,国連カンボジア暫定統治機構の協力のもと総選挙を実施,内戦を終結させ平和国家を実現した。93年,立憲君主制の新憲法のもと,38年ぶりに王位に復帰。2004年,高齢を理由に王位を息子シハモニに譲った。激動したカンボジア情勢のなか,失脚と復権をくりかえしながらつねに政治運動の中心として活動し,国民から「国の父」としたわれた。