県名の由来:古くからあり,7世紀には天智天皇の皇居もおかれた大津の滋賀(志賀)郡からとられた。志賀の意味はよくわからない。
県庁所在地
県の面積
県の人口
県の代表的な伝統工芸品と祭り
〔伝統工芸〕
○近江上布 ○信楽焼 ○彦根仏壇
〔祭り〕
○長浜曳山祭り(長浜市,4月14〜16日ごろ)
位置・地形・気候
滋賀県は,近畿地方の北東部にあり,まわりを北の野坂山地,東の伊吹山地,鈴鹿山脈,西の比良山地でかこまれている。中央部には,日本最大の淡水湖である琵琶湖がある。その広さは県面積の6分の1をしめる。
この琵琶湖には,周囲の山々を源にして,湖西の安曇川,湖北の姉川,湖東の愛知川・日野川,湖南の野洲川など,大小120あまりの河川が流れこんでいる。平地は,四方の山地と湖岸との間に形づくられ,湖南・湖東には近江盆地が開けている。
気候は,全般に内陸型であるが,琵琶湖によってやわらげられ,寒暑の差ははげしくない。しかし北部は,冬は日本海からの季節風の影響を受けてかなりの雪がふる,日本海側の気候となっている。
歴史
昔は近江国とよばれ,古くから交通の要地として開けていた。7世紀には天智天皇によって近江大津宮がいとなまれ,平安時代には比叡山の延暦寺がさかえた。
鎌倉時代には佐々木氏,室町時代には六角氏と京極氏が支配,戦国時代には浅井氏が勢力をもったが,のち織田信長が平定して安土城をきずいた。また,室町末期から近江商人が出て,商業が発展した。
江戸時代には彦根藩(井伊氏)などいくつかの藩がおかれた。明治になって,大津県と長浜県となり,1881(明治14)年に統合されて現在の滋賀県が成立した。
産業
耕地面積の約92%が水田で,近江米とよばれる良質の米を生産し,近畿地方では兵庫県につぐ生産をあげている。米の生産額は,県の農業生産額の約58%(2009年)。近年,米の生産調整に対応して,野菜やダイズの栽培もふえてきている。日野町を中心としたカブの生産量も多い。そのほか,近江牛の飼育も行われている。琵琶湖では,フナ・コイなどがとれ,甘露煮,つくだ煮などに加工される。コアユは各地の河川の放流用に出荷される。工業は,湖南の名神高速道路や国道1号などの幹線ぞいに,自動車・機械・金属・電気機器・繊維工業などが立地している。商業の中心地は,大津市・彦根市・長浜市などである。
近畿の水がめ琵琶湖
琵琶湖の面積は約670km2で,平均の深さは約40m,最も深いところは約100mもある。周囲の山地から120もの川の水が流れこむが,出口は南端から流れ出る瀬田川と,京都市まで引かれた人工の琵琶湖疏水だけである。瀬田川はやがて宇治川,淀川となって大阪湾にそそぐ。その豊富な水は,京阪神の1700万人の人々の飲料水となるとともに,農業用水・工業用水・発電にも使われ,産業をささえている。また,広い琵琶湖にはたくさんの魚介類がすみ,昔から漁業がさかんだった。古くは「近江八景」,いまは「琵琶湖八景」で知られる観光地でもある。
1965年ごろから,工場廃水や家庭排水による琵琶湖の水のよごれが進み,赤潮などによる漁業の被害も深刻になった。そのため,滋賀県は,下水道や浄化設備の整備を進め,条例でリンをふくむ合成洗剤の使用を禁止するなどして,きれいな水をとりもどす努力をつづけてきた。水をきれいにするヨシ群落を育てる試みも始まった。たいせつな琵琶湖をまもるため,いまたくさんの人が努力をしている。