とうじょうひでき【東条英機】 (1884〜1948)昭和時代の軍人(ぐんじん)・政治(せいじ)家。東京(とうきょう)の生まれ。関東軍(かんとうぐん)の憲兵司令官(けんぺいしれいかん)・同参謀長(さんぼうちょう)などをへて,第2次近衛内閣(このえないかく)の陸軍大臣(りくぐんだいじん)となり,アメリカとの戦争(せんそう)を強く主張(しゅちょう)。1941年に内閣総理大臣(ないかくそうりだいじん)となって,太平洋戦争(せんそう)をおこした。開戦(かいせん)後は陸軍大臣(りくぐんだいじん)のほか,多くの大臣(だいじん)をかねて独裁政治(どくさいせいじ)を行ったが,戦局(せんきょく)の悪化によって辞職(じしょく)(1944年7月)。敗戦(はいせん)後,戦争犯罪(せんそうはんざい)人として極東国際軍事裁判(きょくとうこくさいぐんじさいばん)にかけられ,絞首刑(こうしゅけい)となった。