*とくがわよしむね【徳川吉宗】

(1684〜1751)江戸幕府(えどばくふ)の第8代将軍(しょうぐん)。紀伊(きい)(和歌山(わかやま)県)藩主(はんしゅ)の4男。越前(えちぜん)国(福井(ふくい)県)丹生(にゅう)3万石(ごく)の藩主(はんしゅ)となって乏(とぼ)しい財政(ざいせい)を経験(けいけん)したのち,兄たちがあいついで死んだために生家の紀伊藩(きいはん)をつぎ,さらに1716年,将軍職(しょうぐんしょく)をついだ。そして,大小2つの藩政(はんせい)の経験(けいけん)をいかして,享保(きょうほう)の改革(かいかく)を実行。武芸(ぶげい)や倹約(けんやく)の奨励(しょうれい),新田の開発,キリスト教に関係(かんけい)のない洋書の輸入許可(ゆにゅうきょか)などの政策(せいさく)は成果(せいか)をあげた。また,生活の安定をはかって米価(べいか)の調節(ちょうせつ)につとめるあまり,「米将軍(こめしょうぐん)」とあだ名されたという。◇幕府中興(ばくふちゅうこう)の英主(えいしゅ)といわれる。

コーチ

 曽祖父(そうそふ)である家康(いえやす)のころの政治(せいじ)を理想として,幕政(ばくせい)の改革(かいかく)にあたった。

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