のだよしひこ【野田佳彦】

(1957〜 )日本の政治(せいじ)家,第95代(だい)内閣総理大臣(ないかくそうりだいじん)(在任(ざいにん)2011〜2012)。千葉(ちば)県に生まれる。父は自衛官(じえいかん)。早稲田(わせだ)大学に入学し,ジャーナリスト志望(しぼう)であったが,卒業後(そつぎょうご),松下幸之助(まつしたこうのすけ)の創設(そうせつ)した政治家養成所松下政経塾(せいじかようせいじょまつしたせいけいじゅく)の第1期生となる。1985(昭和60)年修了(しゅうりょう)後,家庭教師(きょうし),都市ガス点検(てんけん)員などをしながら千葉(ちば)県船橋(ふなばし)駅前で街頭演説(がいとうえんぜつ)を続(つづ)け,87年,千葉(ちば)県議会議員(ぎかいぎいん)に初当選(はつとうせん)。92(平成(へいせい)4)年,日本新党(しんとう)の結成(けっせい)に参加(さんか)。93年,衆議院議員(しゅうぎいんぎいん)に初当選(はつとうせん)。94年に新進党(とう)に合流するが96年の衆院選(しゅういんせん)では落選(らくせん),新進党(とう)が民主党(みんしゅとう)に合流して,2000(平成(へいせい)12)年の選挙(せんきょ)で衆議院議員(しゅうぎいんぎいん)に復帰(ふっき)。2002年,民主党(みんしゅとう)の国会対策(たいさく)委員長,2010(平成(へいせい)22)年に菅(かん)内閣(ないかく)で財務大臣(ざいむだいじん)として初入閣(はつにゅうかく)。2011(平成(へいせい)23)年10月,菅(かん)首相の辞任(じにん)をうけて民主党(みんしゅとう)代表選挙(せんきょ)に立候補(りっこうほ)し,決選投票(けっせんとうひょう)の結果(けっか),代表に当選(とうせん),内閣総理大臣(ないかくそうりだいじん)に就任(しゅうにん)する。「金魚ではなくドジョウ」という地道で堅実(けんじつ)な政治姿勢(せいじしせい)を表明したが,東日本大震災(だいしんさい)からの復興(ふっこう),福島(ふくしま)第一原子力発電所事故(じこ)の収束(しゅうそく),財政(ざいせい)の再建(さいけん),さらにはアメリカ軍普天間飛行場(ぐんふてんまひこうじょう)の移設(いせつ)問題など課題(かだい)が山積(さんせき)。2012年12月,自民(じみん)・公明両党(りょうとう)と消費税(しょうひぜい)増税(ぞうぜい)と社会保障(ほしょう)の一体改革(かいかく)に合意し,選挙制度改革(せんきょせいどかいかく)の約束(やくそく)を条件(じょうけん)に衆議院(しゅうぎいん)の解散(かいさん)総選挙(そうせんきょ)にうってでたが,民主党(みんしゅとう)は惨敗(ざんぱい)し,退陣(たいじん)した。

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