*ひめゆりぶたい【ひめゆり部隊】 太平洋戦争(せんそう)末期(まっき)の沖縄戦(おきなわせん)(1945年4〜6月)のさい,沖縄(おきなわ)の女子学生で組織(そしき)した看護部隊(かんごぶたい)。終始軍(ぐん)と行動をともにした女子学生は多くの犠牲(ぎせい)者を出し,生存(せいぞん)者の多くも自決した。戦後(せんご),糸満(いとまん)市の激戦(げきせん)地あとに慰霊(いれい)のための「ひめゆりの塔(とう)」がたてられた。◇ひめゆり平和祈念資料(きねんしりょう)館もつくられている。