まつおかようすけ【松岡洋右】 (1880〜1946)昭和時代の外交官(がいこうかん)・政治(せいじ)家。山口(やまぐち)県出身。アメリカ合衆国(がっしゅうこく)の大学を卒業(そつぎょう)後,外交官(がいこうかん)となり,のち政友(せいゆう)会に所属(しょぞく)して代議士(だいぎし)に当選(とうせん),1933年の国際連盟(こくさいれんめい)からの脱退(だったい)のさいには首席(しゅせき)代表をつとめた。1940(昭和15)年に第2次近衛内閣(このえないかく)の外務大臣(がいむだいじん)となり,日独伊(にちどくい)三国同盟(どうめい)や日ソ中立条約(じょうやく)をむすび,日米交渉(こうしょう)に反対して日米戦争(せんそう)の危機(きき)を早めた。敗戦(はいせん)後,戦争犯罪(せんそうはんざい)人の疑(うたが)いで審理(しんり)中,病死した。