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まつしたこうのすけ【松下幸之助】

(1894〜1989)昭和時代の実業家・経営(けいえい者。松下電器産業(まつしたでんきさんぎょう現在(げんざいのパナソニック)の創業(そうぎょう者。和歌山(わかやま県の農家の三男に生まれる。小学校を4年で中退(ちゅうたい大阪(おおさかに出て,自転車屋などの商家ででっち奉公(ぼうこうをしていたが,市街(しがい電車の工事を見て電気事業を思い立つ。大阪電灯(おおさかでんとう検査(けんさ員をしながら電気器具(きぐのくふうをかさね,1918(大正7)年,松下(まつした電気器具製作(きぐせいさく所をおこし,みずから考案(こうあんした電気ソケット,自転車用電池ランプの製造(せいぞう販売(はんばい成功(せいこうをおさめる。1935(昭和10)年,松下電器産業(まつしたでんきさんぎょう設立(せつりつし社長に就任(しゅうにん,多くの関連(かんれん子会社をもつ大会社にまで育て上げた。戦後(せんごの1950年代以降(いこう,家庭電化の波にのって事業をつぎつぎに拡大(かくだい,日本だけでなく海外にもその技術(ぎじゅつ力・経営(けいえい力が知られるようになり,世界有数の電器(でんき会社に成長(せいちょうさせ,「経営(けいえいの神様」とよばれるまでになった。61年から会長,松下(まつしたグループの総帥(そうすいとして,実業界・経済(けいざい界でも大きな力を発揮(はっきした。一方で,1946年にPHP研究所を設立(せつりつして社会活動・出版(しゅっぱん活動を行い,1979年には松下政経塾(まつしたせいけいじゅく創立(そうりつして政治(せいじ経営(けいえい人材育成(じんざいいくせいにも力をそそいだ。

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