「自由が苦手な子」が増えている!? 音楽教育の専門家に聞いた“きく”体験の大切さ
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ときどき「自由にやってみてごらん」という言葉に戸惑ったり、「あなたならどう考える?」と聞かれるとフリーズしてしまったりする子どもたちがいます。
幼児教育に携わりながら音楽家としても広く活動する町田育弥先生は「それは『自由が苦手』という状態なのでは?」と指摘します。
子どもの「自由」で豊かな発想力や行動力を伸ばすために、保護者にできることは?町田先生に話を聞きました。
心が生き生きと動くことが、“きく”が発動している瞬間
幼児から大学生まで、広く音楽教育に携わる町田先生。大学で「君はどう思う?」という質問に答えられない学生が多いことに驚いたといいます。
「理由を尋ねてみると、その学生は『どう思う?』と問われたら『正解を言え』と強いられていると感じるらしいことがわかりました。
私が学生に訊いた『君はどう思う?』 という問いは、『君のアタマやココロを探って、よく“きいて”ごらん』ということなのですが、それがむずかしいようでした」
町田先生のいう「自分のアタマやココロを探って、よく“きく”」とはどういうことでしょうか。
「“きく”には、(音を)聴くだけではなく、(酒を)利く、(香を)聞くといった表現もあります。どれも一瞬一瞬の変化を感じながら『こうかな?』『ああかな?』と心を巡らせる意味が含まれていますね。
たとえばサッカーをしているとき。周囲の状況、ボールの位置や動き方、自分の体の状態はどんどん変わり、それらに反応しようと、心は決して停滞せずに動き続けます。
このように、興味のあることに強く集中して、一瞬一瞬を濃密に味わっている状態こそが、私が考える“きく”という状態。ここに音楽の本質があると私は考えています」
子どもの“きく”体験を奪ってしまう大人の何気ない行動とは?
ところが、子どもの“きく”体験がどんどん失われてしまっている、と町田先生。
「冒頭でふれた『君はどう思う』の質問に対して戸惑ってしまう学生は、自分よりも相手が軸になってしまっています。
おそらく『正解』を後ろ手に隠し持ち、『問う』フリをして、あらかじめ決まっている結果を即座に出すことを強要する大人たちに取り囲まれて育ったのでしょう。その結果“きく”ことを放棄してしまったのではないでしょうか。
溢れる好奇心をもって、貪欲に“きく”体験を重ねようとすることは、子どもの本能であり、生き方そのもの。あらゆる学びはその体験の中で起こっているので、それを大人がさえぎってしまってはいけません。
たとえば、遊んでいる子どもに、『ほら倒れる、ちゃんと持って。ちがうちがう、そこじゃない!ストップストップ!』などと先回りして声をかけてしまうことはありませんか?
そうすると、子どもは、“きく”をさえぎられ、その遊びの、ひいては“自分自身の主人公”でいられなくなってしまいます。
大人の言う通りにすれば褒められる、という経験も同じです。積み重なると、子どもは自分の心に耳をすますことより、『相手の望むこと』や『想定されている結果』をいつも探るようになってしまいます。その結果、『自由が苦手』な人になってしまう。それはとてもさびしいことですよね」
モーツァルトより「待ち合わせ」が音楽体験になることも
子どもの豊かな“きく”体験のために、良い音楽に触れさせてあげることは有効なのでしょうか。
「『子どもの感性を伸ばすために、音楽の機会を与えたい』という思いから、お子さんをコンサートに連れて行く、といったことはよくあるでしょう。
でも、必ずしも演奏を聴くことで、その子の心が動くとは限りません。“きく”が、いつ何をきっかけに発動するかは誰にもわからないし、そもそもコントロールできるものではないのです。
たとえば、親子でクラシックのコンサートに行くことになり、子どもが外でお父さんとお母さんと待ち合わせをしたとします。遠くに頭が見えて『お父さんだ!』と思ったら、人混みに隠れて見えなくなり『あれ? どこ行っちゃったんだろう?』とドキドキしますよね。
夢中になって探していたら、いつのまにかお父さんが『やあ!』…って現れて、思いがけず近いところにいてビックリした、とかね。これだってリアルタイムで心が動く、モーツァルトの曲を聴いた場合に起こりうることと同質のすてきな音楽だと思いますよ」
子どもの中に起こる「音楽」に耳をすます
小学校に入ると、鍵盤ハーモニカやリコーダーなど技術的な面で、苦手意識を持つ子がいますが、大人が無理強いして練習させる必要はない、と町田先生は続けます。
「考えてみてください。練習をさせたいのも、練習をしてくれないことに不満を感じるのも“大人”であり、そこに“子ども”はいません。
技術云々よりも、『うわ!今気持ちよくハモったね』『わはは、そこでそれ鳴らす?』『じゃ、 こんなのは?』『いいね』『よし、もう一回』…といった、子ども自身の気づきや感動の方がずっと大切だと思います。
驚きや喜びをリアルタイムで体感しながら心を生き生きと動かして生きる。そんな『音楽的体験』 を通して、子どもたちには、ぜひ、自由な魂を持った魅力的な人になって欲しいですね。
そのために周囲の大人は、子どもが安心して“きく”体験に没頭でき、臆さず『自分の軸』で考えられるように、彼らの中に起こっている『音楽』にいつも謙虚に耳をすます気持ちを持っていてほしいと思います」
取材・文/塚田智恵美 編集/石橋沙織