学研 × 朝日新聞 キッズネット

高市早苗首相の自民が圧勝 「高市人気」「中道離れ」で片付けられない勝因とは?

高市早苗首相の自民が圧勝 「高市人気」「中道離れ」で片付けられない勝因とは?

日々のニュースの中に「学び」のきっかけがあります。新聞を読みながら、テレビを見ながら、食卓やリビングでどう話しかけたら、わが子の知的好奇心にスイッチが入るでしょうか。ジャーナリストの一色清さんがヒントを教えます。
※写真は、自民党の開票センターで、当選確実になった候補者名に花をつける高市早苗首相=2026年2月8日午後9時42分、東京・永田町の党本部、内田光撮影

316議席、3分の2以上の獲得で圧勝

高市早苗首相が衆議院を解散して臨んだ衆議院議員選挙(総選挙)で自民党は316議席を獲得し、圧勝しました。これは結党以来最多だった1986年の中曽根康弘政権下の総選挙での304議席を大きく超える議席になります。また、参議院で否決された法案を衆議院で再可決して成立させるために必要な衆議院での3分の2以上の議席を自民党は単独で獲得したことになります。高市首相はやりたいことをやれるだけの政権基盤を持ったことになり、どういう政策を推し進めるかが注目されます。

それにしても、これだけの大勝を予想した人は少なく、驚きの結果といえます。勝因はいくつか挙げられています。高市首相は日本で初めての女性首相であり、二世議員ではないたたき上げの議員ということで高い人気があります。また、自民党の最大のライバルであるはずの立憲民主党が公明党と一緒になって中道改革連合を結成したことがあまりにも唐突で、支持離れを起こした面もあるといわれます。

世界情勢も選挙結果に影響しているのでは

ただ、こうした個人の高い人気やライバルの失敗を大勝の理由に挙げるだけでは説得力に欠ける気がします。急速に「力の支配」に傾いている世界情勢が与えた影響もあるのではないでしょうか。「日本も強くならなければ危ない」という不安感が自民党の中でもタカ派とされる高市首相に票を投じて「一強体制」に導いたという見方もできます。

ロシアのウクライナ侵攻が始まって2月で4年になりますが、戦闘はまだ続いています。中東のガザに対するイスラエルの激しい攻撃は止まりましたが、完全な和平が実現したとはまだ言えません。年明け早々には、アメリカがベネズエラに軍事侵攻してマドゥロ大統領を拉致しました。アメリカはイランにも攻撃する姿勢を見せています。また、アメリカのトランプ大統領はデンマークの自治領であるグリーンランドを領有する意欲を示しています。

第2次世界大戦後の世界は国際法を順守する「法の支配」の下にあったとされます。しかし、今は「法の支配」が無視されることが多く、「力の支配」が横行するようになっています。国連のグテーレス事務総長は「法の支配がジャングルのおきてにとってかわられつつある」といっています。

さらに、アメリカとロシアの間で互いの核戦力を制限する条約だった新戦略兵器削減条約(新START)が2月5日に失効しました。世界には1万発を超える核弾頭があり、アメリカ、ロシアのほか中国、イギリス、フランス、インド、パキスタン、イスラエル、北朝鮮の9カ国が保有しています。文明や人類を消滅させるだけの量の核兵器です。それを制限しようという核大国同士の条約がなくなってしまったのです。

日本と中国との関係も険悪になっています。高市首相の台湾問題に対する国会での発言が発端ですが、すぐ近くの大国との関係悪化は国民を不安にさせます。

自民党が圧勝した過去の選挙

ここ半世紀で自民党が圧勝した総選挙は今回を除いて3度ありました。振り返れば、いずれも国民が不安になる国際的な出来事があった時でした。

1986年7月にあった総選挙では、中曽根政権が304議席を獲得して圧勝しましたが、その3カ月前にはソ連(今のウクライナ)のチョルノービリ(チェルノブイリ)原子力発電所で爆発事故がありました。北半球に広く放射性物質をまき散らす最悪の原発事故でした。世界中の人々が不安な気持ちを抱えていました。また、国内の経済は前年にあった世界5カ国によるプラザ合意で急激な円高が進み、円高不況に沈んでいました。

2005年9月には、小泉純一郎政権が296議席を獲得して圧勝しました。郵政民営化を問う郵政選挙でしたが、国際情勢としては中国との関係が悪化している時期でもありました。小泉首相の靖国神社参拝や日本の歴史教科書の記述が中国国内で問題視され、この年の4月には北京で1万人規模の反日デモが起き、日本大使館が襲撃されました。上海や成都でも反日デモが起き、収拾がつかない状況になっていました。

12年12月の総選挙では、安倍晋三・自民党総裁が率いる自民党が294議席を獲得して民主党から政権を奪い返しました。この年の9月には民主党の野田佳彦政権が尖閣諸島を国有化し、中国が強く反発していました。日本の領海に中国の公船がひんぱんに侵入し、日中の緊張は高まっていました。

自民党が野党だった時代もあった

一方、自民党が政権を野党に明け渡したことが2度ありました。その2度とも国際情勢が比較的穏やかな時でした。最初は93年7月の総選挙で自民党が過半数を割り、細川護熙・日本新党代表を首班とする野党連立政権ができた時です。この時期は、東西冷戦が終わったことで世界に利益をもたらすという「平和の配当」という言葉がはやったころでした。イスラエルとパレスチナが2国家共存で合意したオスロ合意があったのもこの夏でした。

2度目は09年8月におこなわれた総選挙で民主党が308議席をとって政権交代を果たした時です。前年にはリーマン・ショックといわれる経済危機があり、経済的には厳しい時期でしたが、1月にはアメリカで初めての黒人の大統領であるオバマ大統領が誕生しました。そして4月には「アメリカは核兵器のない世界の平和と安全を追求する」という演説をチェコのプラハでしました。ノーベル平和賞の授賞につながるプラハ演説です。

選択の結果が問われるのはこれから

こうした歴史をみると、自民党が大勝するときは日本にとって国際情勢が厳しいときで、自民党が敗れるときは国際情勢が穏やかなときということができそうです。それは今回の結果にもあてはまります。ただ、国を強くすると平和が訪れるとは一概に言えません。国民の選択がよかったのかどうかは、これからわたしたちが知ることです。

(ジャーナリスト/一色 清)

朝日新聞EduA/一色清の「このニュースって何?」はこちら

PAGETOP