元 麹町中学校・工藤勇一校長先生に聞く「学校教育とSDGs」【後編・当事者意識と対話の重要性】
東京都千代田区立麹町中学校の校長に2014年就任後、宿題や固定担任制廃止ほか“学校の当たり前”をやめ、子どもの自律を重視した教育改革に取り組んだ工藤勇一校長先生。先生の教育論はSDGsの考え方と共通する部分があります。そこで「学校教育とSDGs」をテーマに、SDGs関連の展示にも力を入れている「JICA地球ひろば」でお話をうかがいました(全2回)。後編では、あるべき学校の姿とSDGsの本質についてお話しいただきます。
学校は何のためにあるのか
前回、学校が抱えている真の課題と、麹町中学校での私の取り組みについてお話をしました。
これからの時代を見据え、よい学校をつくるにはどうすればいいのでしょうか。
実は、「よい学校をつくるためには」と、SDGsの「よい社会をつくるためには」は同じことなんです。
最上位の目標がきちんと決まり、目標を実現するための手段を選んで、その手段が次の目標に変わり、さらに手段を選ぶことができます。
そのときに気を付けなければいけないのが、「手段が目的化しない」こと。
手段が目的化すると、上位の目標の実現を損ねてしまうことがあります。
この一連のプロセスを確実に行うことさえできれば、学校や社会は必ずレベルアップすると考えます。
そしてこれを進めていくにあたって重要なことが、「全員を当事者にする」ということ。
責任を明確にしたり、何か権限を与えたりすると、人は自分事として捉え、考えて行動するようになります。
もちろん、合意・共有できる目標でなければいけません。
それがなければ、自分の意見や価値観を押し付け合うだけになってしまいます。
そしてもう1つ、「目標と手段を明確する」ことも重要です。
常に「何のため?」と目標に立ち返り、手段の目的化が起こらないように進めていきます。
麹町中学校では、学校を改善するための会議に、1年に1回、子どもたちと一般募集の保護者も参加してもらいました。
全教員と、子どもたち、一般募集の保護者が一緒に学校の課題を洗い出して、改善作業を行うんです。
子どもたちだけでなく、保護者にも当事者になってもらい、その際、最上位の目標だけは一致させます。
麹町中学校の最上位の目標
麹町中学校で最上位の目標(教育目標)として掲げているのが、「自律」「尊重」「創造」ですが、これは、OECD(経済協力開発機構)が2030年という近未来をイメージし示した教育の目標ともよく似ていると感じています。
そもそも学校とは、子どもたちが将来、社会の中できちんと生きていけるようにするための準備期間だと考えます。
そして、学校のもう1つの役割が、よりよい社会をつくっていくことだと考えます。
誰一人取り残すことのない社会を創り上げることは、容易いことではありません。
一人ひとりを尊重していこうとすることは、当然ですが利害関係の対立が生まれるからです。
しかし、対立を乗り越え、学校の中の社会を長期的視野に立ち、全員が持続可能な方向でみんながOKと言えるものを見つけ出す。
それこそが学校で学ぶべきことだと私は考えます。
まさにSDGsの理念です。
それを実現していくために必要なことが対話です。
「みんな違っていていい」と「全員がOK」(誰一人取り残すことのない)は相反する概念ですが、これを両立させることを目指していく対話です。
民主的なプロセスが必要
この対話のあるべき姿について例を挙げて考えてみましょう。
わかりやすいのがスポーツの世界です。
学校で行われる運動会や体育祭をイメージしてみましょう。
例えば、「体育祭であなたにとって何がいちばん大事ですか?」と質問すると、日本の学校の多くの子どもたちからは、すぐに「団結」「チームワーク」「協力」などという答えが返ってきます。
しかし、社会全体の価値観を共有するとき、自分の価値観を他者に押し付けてしまうことはできません。
誰一人取り残すことのない価値観を共有することが大切です。
人にはそれぞれ個性や発達特性があり、そもそも協力したりするのが苦手な子どもがいたりするからです。
対話をするときに大事なのは、一人ひとり異なる価値観を認めつつ、全員にとって何が一番大事なのか探していくこと。
そうすると、自分の価値観の中では「団結が大事だと思うよ」といった人も、「あいつは団結って言わないよな」「あいつは1人でいるのが好きだしな」「あいつは勝負にもこだわらないし」となるわけです。
そうなると、「全員がOK」というものはめったにないとわかります。
「運動楽しむ」ならどうでしょうか。
これならみんな否定しないのではないでしょうか。
スポーツは障害があってもなくても、運動が得意でも苦手でも楽しめるもの。生涯の友だちみたいなもの。自分の人生を豊かにしてくれるもの。
そんなことが粘り強く対話を続けていれば、必ず見つかってくるのだと私は思います。
そして「運動を楽しむ」ことを全員が共有する最上位の優先すべき目標だと合意ができれば、それを実現するための手段が的確に選択されていくのだと思います。
麹町中学校でのSDGsの教え方
麹町中学校では、SDGsという言葉を使っていませんが、SDGsの基本的な考え方を、体育祭と文化祭で教えています。
体育祭の最上位の目標は「全員を楽しませよう」。
生徒1人残らず楽しませるというミッションを与えるんです。
生徒1人残らずというのは、足に障害があって走れない子、集団行動が嫌いな子、運動が嫌いな子、そういった子もすべてを含めます。
逆に運動が得意な子や、目立つのが好きな子もいます。
「どんな生徒も楽しめる体育祭」というミッションを、子どもたちは対話をしながら解決していくわけです。
ブレストやKJ法、マインドマップなど話し合いの技術や、プレゼンのコツなどは教えますが、あとは子どもたちが考え、自由に決めていきます。
当日の運営もすべて子どもたち任せ。それを保護者も受け入れてくれています。
文化祭になるとさらに難しくなります。
「こんどは社会を広げるぞ。見に来てくれる人がいてなんぼだから、観客の皆さんを全員で楽しませよう!」と。
そうすると、地域のおじいちゃんおばあちゃん、小学生、家族、先生たち、全員を楽しませるわけですから、まさに多様な人を相手にしなければいけません。
難題ですが、子どもたちは真剣に取り組みます。
これらが、子どもたちがSDGsを学ぶための基盤になっています。
みんなが違っていいけど誰1人取り残さない
このように、目標を定めるための対話こそが大切ですが、この対話が今の日本の教育では、ほとんどなされていないように感じています。
結局、あらゆるところで大人の価値観を押し付けてしまっています。
相反することが起こった場合に、みんなが当事者となり、将来のことを考えて上位の目標で合意するには、痛みを分け合わなければいけません。
そのことの覚悟ができる対話がないのです。
スウェーデンでは小学生のころから、学校で来年度の予算について対話で決めるそうです。
子どもですから、当然、「あれ買いたい」「これ買いたい」となりますが、全員OKのもの見つけ出すことを目指し、安易に多数決をとることなく、話し合いを続けていくのです。
誰1人取り残さないようにする方向で徹底して対話をするこの経験が子どもたちの当事者意識を高めていくことにつながっていくのだと思います。
SDGsに興味を持つことは大事ですが、麹町中学校ではそもそもSDGsという言葉を使っていませんし、言葉を使わなくても、子どもたちの生活の場で、SDGsそのものの考え方、基本的な理念を体得させていくことが大切です。
民主的な考え方ができてこそSDGsの本当の意味を理解できる
これからの日本、そして地球には解決していかねばならないさまざまな問題が待ち受けています。
どの問題も人は自分のことを優先してしまうから、解決は容易くはありませんが、これを解決していく方法は粘り強い「対話」です。
利害の対立を乗り越え、持続可能な社会を目指して合意する。このことを繰り返していくしかないのです。
最も大切な究極の目標は平和ですが、私は生徒たちにこう言います。
「対話を通して持続可能な平和な世の中を作るという戦いに負けたら人類は滅びるんですよ」と。
先に、麹町中学校ではSDGsという言葉は使っていないと言いましたが、子どもたちは「あぁ、これがSDGsのことなんだ」と、たぶん本質的にわかると思います。
「みんなが違う意見を言えば対立が起こるものだよ」「その対立が起こったときに対話をして、みんながOKのものを探し出すことが大事だよ」ということは教えているからです。
まさに民主主義の考え方なのですが、日本の教育は、民主的な考え方を学ぶ教育が浸透していません。
それができてこそSDGsの本当の意味が理解できるのではないでしょうか。
子どもへの向き合い方
保護者がSDGsについて子どもにどう話せばいいか、それは難しいと思います。
そもそも、SDGsを説明することが大事ではありませんから。
例えばA君とB君がケンカをして、お互いに殴り合ったとします。
普通だったら頭ごなしに叱るか、どちらか一方を謝らせるか、2人に握手でもさせるでしょう。
麹町中学校では、そういうことを一切しません。
保護者を学校には呼びますが、「謝らないでください。ケンカなんて日常茶飯事です。でも今回みたいにケガをさせてしまったら大人の出番です。大切なのは、教員や保護者の支援により、このトラブルを彼らの将来に向けてどうプラスにできるか。殴った子も殴られた子も同じです。そのために作戦を練りましょう」と話しています。
子どもたちには、「なぜケンカになったの?」「なぜ殴ったの?」と聞きながら、現状を理解させます。
そのうえで、「どうしたいの?」「卒業までまだ2年あるけど、仲の悪いままでいいの?」「決めるのは君自身だよ」と続けると、真面目に考えるようになります。
当事者意識が芽生え、謝るリスクと謝らないリスクを頭の中で天秤にかけるのでしょう。
すると、SDGs的な考え方、つまり平和な方を選びます。自己決定により解決するわけです。
子どものころから日常で学んでいれば、感情のコントロールができるようになります。
つまり、SDGsというのは、感情をコントロールして、理性に向かって対話をして合意するという作業なんです。
日常での人間関係のトラブルの何から何までが、実はSDGsなんです。
このことを子どもに教える方が、SDGsという言葉を説明するよりずっと重要です。そのためには自己決定をさせてあげる子育てをしなければいけません。
麹町中学校のリハビリで使っている「どうしたの?」「君はどうしたいの?」「何を支援してほしいの?」というこの3つの言葉(前編参照)は、保護者もすぐに真似できると思います。
大人たちがSDGsの本質を理解していなければ、子どもにも伝わりにくいのは確かです。
生徒はもちろんですが、職員室、PTA活動の中で、まずは大人自身が対話を通して合意することができるようになる必要があります。
SDGsという言葉は便利で、ひとつの切り口としては使いやすいかもしれません。
でも、まずは自分たちの生活の場で、SDGsそのものの考え方、基本的な理念を体得することこそが大切だと思います。
(終)
工藤勇一(くどう・ゆういち)
学校法人堀井学園 理事/横浜創英中学校・高等学校 校長
1960年山形県鶴岡市生まれ。山形県の公立中で数学教諭として5年務めた後、東京都台東区の中学校に赴任。
その後、東京都と目黒区の教育委員会、新宿区教育委員会教育指導課長などを経て、2014年4月から東京都千代田区立麹町中学校の校長を務める。大胆な教育改革を実行し、話題を呼んだ。
2020年4月から、学校法人堀井学園 横浜創英中学校・高等学校の校長に就任。また、現在、内閣官房教育再生実行会議委員や経済産業省「EdTech」委員などの公職も務める。
著書に、10万部のベストセラーになった『学校の「当たり前」をやめた。―生徒も教師も変わる! 公立名門中学校長の改革―』(時事通信社)ほか多数ある。
JICA地球ひろば
独立行政法人 国際協力機構(JICA)が運営する施設。
世界が直面する様々な課題や、開発途上国と私たちとのつながりを体感できる場、そして、国際協力を行う団体向けサービスを提供する拠点となることを目指して設立された。
各種展示では、国連で採択された世界をより良くするための2030年までの目標「持続可能な開発目標 SDGs」などについて学ぶことができる。
〒162-8433 東京都新宿区市谷本村町10-5
電話 03-3269-2911
開館時間 平日10:30~18:00
土日祝10:30~18:00
休館日 毎月第1・3日曜日
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