「子どもの頃に出会った本がお守りに」私の世界を広げた2冊【児童文学作家 久米絵美里さん】
「言葉」をテーマにした壮大な物語『言葉屋』シリーズや、インターネットの世界に溢れる「嘘」をめぐる冒険を描いた『嘘吹き』シリーズなどを手がける児童文学作家の久米絵美里さん。
読書の魅力について丁寧に語っていただいた前回につづき、子どもの頃に読んだ忘れられない2冊の本と、そのエピソードについて伺いました。
「児童文学」は未知の世界につながる扉
幼い頃から、毎日のように読書を楽しんでいた久米さん。当時を改めて振り返ると、児童文学には読み手の世界を広げてくれる不思議な力があったと語ります。
「読書を通して、その舞台となっている海外に興味を持ったり、動植物を調べたくなったり、将来の夢を持ったり……。読み手の世界がぐんぐん広がる『学びの扉=きっかけ』がたくさんつまっているところが、本当にすてきだなと感じます。
児童文学には、親子や三世代で楽しめるような作品がたくさんあるので、時空を超えて人の心をつないでくれる『心の扉』にもなれるところもいいですよね」(久米さん)
子どもが読むものというイメージがある児童文学ですが、大人が読んでも色褪せない魅力があるのだとか。
「テキストの量や文体などが読みやすいだけでなく、心温まるやさしいストーリーが多いように思います。
今でもとても大好きで、よく読みますが、大人にとっては『童心に帰れる扉』にもなっているんじゃないかな。実際に読書を通してとても癒されています。
子どもとの共通の話題にもなりますし、親子で楽しめるところも児童文学の魅力のひとつではないでしょうか」(久米さん)
久米さんの世界を広げた2冊の本
ここからは、久米さんが小中学生の時に出会ったたくさんの本の中から、とくにお気に入りの2冊とエピソードについてご紹介していただきました。
海外への興味関心の入口になった『ひみつの花園』
久米さん自身が影響を受けた児童文学として、真っ先に名前があがったのがフランシス・ホジソン・バーネットの書いた『ひみつの花園』です。
「子どもの頃に出会った印象的な本を思い返してみると、不思議と海外作家さんのものが多いです。意識していたわけではないのですが、海外というまったく知らない世界に、より好奇心をくすぐられていたのかもしれません。
『ひみつの花園』は、美しい情景描写がすてきでワクワクした思い出があります。インドからイギリスに渡る物語の設定だったのですが、この本を通して自然あふれる異国へ行ってみたいと思うようになって。
英語を学ぶモチベーションにもなっていましたし、実際に高校生の時には、自然豊かなニュージーランドへの留学を叶えることができました」(久米さん)
また、最初はわがままな性格であった主人公のメアリーが、少しずつ周りの人を気遣う優しい少女に成長していく姿にも深く共感したと言います。
「最初から誰にでもやさしくて頑張り屋の主人公にも憧れますが、さまざまな試行錯誤を経て成長していくメアリーの姿に、『私も変わることができるかもしれない』という共感や勇気をたくさんもらいました。
今思うと、私が人生において『きっかけがあったら、とにかくなんでも体験してみよう』と思えるようになったのは、この物語のおかげかもしれません。
『扉』の向こうには、すてきな世界が待っているかもしれないと教えてくれたこの物語が、未知への不安を挑戦への勇気に変えてくれたのだと思います」(久米さん)
初めて死の向こう側について考えた『アルジャーノンに花束を』
そして、今でもいちばん好きな本として挙げるくらい思い入れの深い本として挙げてくれたのが、ダニエル・キイスの『アルジャーノンに花束を』です。
「小学6年生の頃に読み始め、物語の内容の難しさに何度か挫折しつつも、なんとか中1で読み終えることができた思い入れのある1冊です。
読み終わった時は、すさまじく感動してベッドで号泣して。『生命の死』以外の理由で涙し、生きることの難しさと切なさで頭の中がいっぱいになってしまったんです。
この本に出会うまでは、物語を読んで泣くのは、登場人物の死を悲んで……という理由がほとんどでしたから、今でも、当時の感覚をずっと抱えながら、答えの出ない問題を考え続けているような気がします」(久米さん)
ほかにも、主人公目線の日記調の物語の構成や、文章の『書き方』で主人公の変化を見せる執筆スタイルにも衝撃を受けたと語ります。
「文字だけでこれだけの情報を伝えることができるのかと思うと同時に、『ただ正確に詳細を書くこと』だけが小説ではないのだと、目から鱗が落ちました。
原書ではない日本語で表現できていることにも驚きましたし、翻訳という技術の素晴らしさにも感動して。
のちに原書も読んでみたのですが、不思議なことに、日本語で読んだ時と感動するポイントが違うのもすごく新鮮でした」(久米さん)
誰かの心のお守りになるような物語を書きたい
大好きな本に夢中になっていた幼少期を経て、児童文学作家としての夢を叶えた久米さん。物語を執筆する際は、必ず頭の片隅においていることがある、と教えてくれました。
「今まで出会った本に、勇気や知恵をたくさんいただいてきたので、物語を書く時にはいつも『誰かの心のお守りになるような物語にしたい』という意識があります。
読んでくださる人の心に少しでも寄り添ったり、何かに挑戦する時にそっと背中を押したりできるような存在になれたらいいな、と。読者のみなさんや本の世界に、少しでも恩返しが出来たらという想いで執筆する物語に向き合っています。
まだまだ答えが出ていない問題をテーマにすることもあるので、『子どもが読む本としては、少し難しすぎるのでは』とご指摘をいただくこともあるのですが……(笑)
『そういえばあの時読んだな』ってあとで何かを理解する助けになったり、逆に『面白そうだから自分でもっと調べてみよう』というきっかけになったり、皆さんの『学びの扉』を開くきっかけになってくれることを願っています」(久米さん)
取材・文/諸橋久美子 編集/石橋沙織 撮影/鈴木謙介