防災士に聞いた、親子で決めておく・準備する災害時の備え【井坂敦子の注目まなびスポット】
「花まる子育てカレッジ」ディレクター、音声配信Voicy『コソダテ・ラジオ』のパーソナリティとして活躍する井坂敦子さんによる、連載企画。知的好奇心を育む学びスポットや子育て関連施設を、井坂さんの視点からレポートします。
今回お話を聞いたのは
そなエリア東京 副センター長 澤 善裕さん
今回訪れた「そなエリア東京」の東京直下72h TOURでは、大地震発生後のリアルな街の様子や、72時間生き抜くためにどのような行動を取れば良いのかを体験することができました。
近い将来に起こるであろうと言われている、首都直下地震や南海トラフ地震。もしものために、日頃から準備しておくものや家族で決めておくべきこととは? そなエリア東京の副センター長で防災士でもある澤 善裕さんに、プロの視点から考える災害の備えについてお話を伺いました。
家族が当たり前に必要なものを最低限の備えに
ーまず、家庭の中で最低限、これを備えてほしいというのはありますか?
「食料と衛生系関係の品物の用意、つまりトイレです。意外と見落としがちなのがトイレの備えなんです。トイレの回数を1日1人平均5回と想定すると、3人家族になれば1日15回。10日間在宅避難をすれば、150回分のトイレの汚物が発生します。
トイレが流せない場合、在宅避難を諦めて避難所に切り替える人も多いのですが、そうするとプライバシーがなくなってしまいます。
自宅で過ごすなら、水が流せないので手洗いなどのために大量の消毒用アルコールが必要になります。流せない汚物をビニール袋に入れるのであれば、中身が見えないような黒いポリ袋が必要です」
ーたしかに。そう考えると、トイレに関するものだけでも多くの備えが必要になりますね。
「家族の人数によってもそろえるべきものは変わってきますから、個数や量を確認するのも大切です」
防災の備えを考えたときに、「プライバシー」というのが、大きなキーワードだなと初めて感じました。女性ならではの準備もそういう意味では考えておきたいですよね。
授乳や生理など、当たり前のことでも人目に触れさせたくないメンタルもありますから。公共の場でお化粧ができないということも、気持ちの上で負担になる方もいるはずですよね。
ー先ほどのツアーの中で、食料の備えはいつも食べている美味しいものを、というお話をされていました。
「災害が起こると、日常生活が突然ブツッと切れてしまうんです。関東大震災や東日本大震災のように都市が大きな被害を受けてしまうと、取り戻すのにとてつもない時間と抱え切れないほどのストレスを受けることなります。
そうならないための物資を自宅でも備えていただきたいです。
食料もカンパンではなく、好きな味のレトルト用品など、当たり前に家族や自分が必要なものをそろえましょう。自分の体を補助してくれる薬剤や道具の予備も重要です。例えばメガネは壊れたら見えませんし、自分にしか合わないもの。おじいちゃんおばあちゃんの入れ歯も、その人の顎の形に合わせたカスタマイズ用品です。
これがないと困るという唯一無二のものは、バックアップを用意しておきましょう」
ー身近な備えは、食べて出す、起きて寝るという人としての営みを守るもの。災害後も大切なんですね。
生死をかけた災害時とはいえ、生活のクオリティ(質)が極端に下がってしまうと、気持ちのダメージがさらに大きくなってしまいそうですよね。
好きな味のレトルト、衛生的に保てるための備えはもちろん、それぞれの人の身体の状態に合わせた入れ歯やメガネ、補聴器などの必需品や薬などを意識することも大切なんだと知りました。
小さな子どもがいる家庭はマザーバッグに+αを
ー保育園に通っていたり、抱っこが必要な赤ちゃんがいる家庭では、準備が変わってきますよね。備えておくべきものとは?
「赤ちゃんがいる家庭はある程度ストックがあると思います。特別こういうものを準備する、というのではなく、いつも持って出かけているものに、水分系や避難所という空間で楽に過ごせるものを用意しましょう。
避難所に赤ちゃん用のベッドがなければ、寝かせるためのシートやマットが必要になります。ウェットティッシュも携帯用ではなく、大きいパッケージを丸ごと入れた方が安心です。災害状況によっては、ベビーカーを放棄して歩かないといけない場合も。そういうときに抱っこ紐やさらしがあると便利です。赤ちゃん連れのご家庭では、ほぼいつもの準備のまま避難所生活に突入できます」
連絡先のメモ・写真・携帯用トイレをいつものバッグに!
ーもしものために、子どものランドセルや塾用のバッグなどに入れておくと良いものはありますか?
「まずは紙焼きの写真。災害時に子どもを探していますと急に言われても、知らない人は困惑してしまうでしょう。もしもの時に家族を探せるよう、家族分の紙焼きの写真を用意しましょう。
自宅の電話番号や両親の携帯番号も記入して、濡れないような袋に収めておくのも大切です。親戚のおじさんやおばさんなど、信頼のおける地域外の方の連絡先も合わせてメモしておきましょう。地域外の方を情報中継点とすれば、『お母さんから無事だと連絡があったよ』と安否の確認もできます」
ーキッズ携帯に連絡先を入れていても、バッテリーがなくなったら見ることができないですからね。なるほど!
「また、転びやすい場所を歩く場合、両手があいて足元を照らしやすいヘッドライトやネック式のライトがあるといいですね。アルミ製のブランケットも、寒さ対策として用意しておくと良いでしょう。あとはお子さんにもトイレキットを持たせていただきたいです。例えば地震でエレベーターが停止した場合、運が良ければ数分で開きますが、救助までに数時間かかってしまった事例も。首都直下地震が起きた場合、エレベーターの台数が多すぎて救出するまでにかなりの時間を要すると言われています。閉じ込められた場合、必ずトイレに行きたくなるはずなんです」
ー思春期を迎えたお子さんだと、狭く誰かがいる空間で排泄するというのは耐え難いことかもしれません。
「おもらししてしまうなんてあり得ないことだと思ってしまうだろうし、せめてその姿は見えないようにケアしなければいけません。姿が隠せるようなブランケットと携帯トイレは持っておいてほしいですね」
ーお話を聞いていると、災害時でのトイレの重要性を感じます。
「食事の備えをしているご家庭は多いのですが、トイレの方が将来の人生や命に関わるケアポイントだと思っています。自宅に備えるだけでなく、お子さんにも持たせていただきたいです。こんなもの本当に使うの?使うんだよ多分、でいいんです」
もしものために再会場所は3箇所を決めておこう
ー両親は職場で、子供は学校でと、離れた場所で震災が起こった場合、約束するべきことはありますか?
「学校、市区民センター、図書館、地域ごとの避難場所など、再会する場所を3か所決めておきましょう。というのも、一箇所だけに限定してしまうと、その場所が機能しなくなる恐れがあるからです。1つ目がダメなら2つ目、それもダメなら3つ目と決めて移動すれば、探す側も見つけやすくなりますよね」
住まいの地域のリスクを知り、避難方法を考えよう
ー大地震が起こっても、自宅に留まりたい、いや避難所にすぐ移動したい、事情は人それぞれ。何を基準にどう決めれば良いのでしょうか?
「避難のタイミングは、住んでいる地域の災害リスクに合わせて変わってきます。海沿いで津波の可能性があれば一刻も早い避難が必要です。都心で大規模火災が心配される木造家屋の密集地では都のハザードレベル4、5なら早めの避難が推奨されています。避難所である公園の入り口が渋滞して入れなくなり、その周りで起きた住宅街の火災に巻き込まれる恐れもあるからです。地震が起きたらまずは避難して3~6時間過ごし、何もなければ在宅避難もしくは避難所と、一歩踏み込んでどうするべきかを考えましょう」
ー自分の地域のリスクを知って行動することが大切なんですね。ペットがいるから避難所にはいけないという人もいます。
「ペットが外で散歩をするのは運動できるからと思っているので、他の方法で運動できれば家にいても問題ありません。それを今からトレーニングしておけば、在宅避難で大丈夫です」
ー避難時の移動手段はやはり徒歩が望ましいのでしょうか?
「そうですね。避難者の車両があると、消防や救急の緊急車両やそれに準ずる車両が走ることができず、救助に間に合わないことも考えられます。走行中なら左側に寄せて車両が通れる道を作り、車の鍵をつけたまま車検証を持って避難しましょう」
準備も防災も大切な人のためにする、それをモチベーションに
ー大地震は恐ろしいし備えは必要だ、と理解していても、なかなか意識を向けられない人もいます。
「大切な人のために何ができるかを考えてみましょう。自分事だけでは止まってしまうことも多いため、大切な人のために備える、大切な人の防災、というように意識を変えてみるのがいいかもしれません。もし離れ離れになったとしても、あの人を悲しませたくないから私は無事に帰る、これだけの準備をしてきたんだから3日間頑張ってほしいし私も頑張れる、というモチベーションにしてほしいです。災害後も人生は続きますし、決して諦めてほしくありません」
ーたしかに自分のためだと後回しになりがちなことも、子ども、親、ペット、大切な誰かのためなら意識が高まりますね。
「私は日本の未来のためにこの仕事をやっています。過去の地震を乗り越えた世代がいたから、今の繁栄があると言ってほしいんですね。子どもたちのために今大人ができることは、未来のために備えて被害を減らす努力をすることだと思っています。そこにつながるために、3日間がんばる姿勢を持っていただきたいんです」
ー今日は貴重なお話をありがとうございました!
澤さんのお話の中で特に心に残ったのが、「大切な人のために備えてほしい」ということ。もしものときに、子どもを失って自分だけ残っても、子どもだけが残されても悲しく耐え難いことですよね。いつかくるから地震に備えましょう、で終わりではなく、それは何のために?というその先を聞けたことが、大きな学びとなりました。地震や災害に見舞われても、大切な人と生き伸びるために、モノの準備だけでなく、想像しながら必要な確認事項を話しあう時間を持っていただきたいものです。「そなエリア東京」は、そんなきっかけになるスポットだと思います。
東京臨海広域防災公園 そなエリア東京
お見舞い文
この度の令和6年能登半島地震により、犠牲となられた方々のご冥福をお祈りするとともに、被災された全てのみなさまに心よりお見舞いを申し上げます。被災地域のみなさまの安全確保と被災されたみなさまの生活が一刻も早く平穏に暖かく復することをお祈り申し上げます。
井坂敦子
(2024年1月11日追記)