戦没者追悼式、高市総理は「反省」「不戦の誓い」ということばは使いませんでした

戦没者追悼式、高市総理は「反省」「不戦の誓い」ということばは使いませんでした
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8月がつ15日にち(土曜日どようび)、日本にっぽんは終戦しゅうせんの日ひを迎むかえました。東京とうきょう都との日本にっぽん武道館ぶどうかんで政府せいふ主催しゅさいの全国ぜんこく戦没せんぼつ者しゃ追悼ついとう式しきが開ひらかれました。高市早苗たかいちさなえ総理そうり大臣だいじんは総理そうりになってからはじめて参列さんれつしました。「戦争せんそうの惨禍さんかを、二度にどと繰くり返かえさせない。この決然けつぜんたる誓ちかいを世代せだいを超こえて継承けいしょうし、貫つらぬいてまいります」などとあいさつしました。

全国ぜんこく戦没せんぼつ者しゃ追悼ついとう式しきの総理そうり大臣だいじんのあいさつでは、1993年ねんに細川護熙ほそかわもりひろ総理そうりが戦争せんそうの加害かがい責任せきにんについてアジアの諸国しょこくに「哀悼あいとうの意い」を表あらわしました。1994年ねんの村山むらやま富市とみいち総理そうりが「深ふかい反省はんせい」「不戦ふせんの決意けつい」ということばを使つかいました。その後ご、自民党じみんとうの歴代れきだいの総理そうりも「反省はんせい」や「不戦ふせんの誓ちかい」ということばを使つかってきました。

しかし、安倍あべ晋三しんぞう総理そうりは2013年ねんから「反省はんせい」「不戦ふせんの誓ちかい」ということばを使つかわなくなりました。戦後せんご70年ねんの2015年ねんに「戦争せんそうの惨禍さんかを繰くり返かえさない」ということばを使つかいました。続つづく菅義偉すがよしひで総理そうりと、岸田きしだ文雄ふみお総理そうりは、安倍あべ総理そうりと同おなじことばを使つかいました。

石破いしば茂しげる総理そうりは2025年ねん、13年ねんぶりに「反省はんせい」「不戦ふせんの誓ちかい」ということばを使つかいました。

しかし、今回こんかい、高市たかいち総理そうりは「反省はんせい」「不戦ふせんの誓ちかい」ということばは使つかわず、安倍あべ総理そうりの表現ひょうげんに戻もどしました。また、「日本にっぽんは、各国かっこくが直面ちょくめんしている様々さまざまな課題かだいの解決かいけつに向むけ、重要じゅうような役割やくわりを果はたせます。インド太平洋たいへいようの輝かがやく灯台とうだいとして、頼たよりにされる国くにになれます」と話はなしました。

朝日新聞あさひしんぶんの記事きじをやさしい日本語にほんごに言いい換かえた記事きじです。

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